第2話:まさか
帰り道、俺は一人だった。あんな話をした後だから、俺は妙に気を張ってしまい、常に周囲を警戒して歩いた。
バスを降り、住宅街に入る。公園の傍にある長い階段を登れば、我が家が見える。
その階段の、煌々と光る背の高い灯りの下に、俺は人影を認めた。
俺は階段の下で思わず足を止め、その人影に目を凝らした。
見たところ、女性だ。若緑色のロングスカートに、白のタンクトップを着合わせている。
まさか。
その姿を見て、俺ははっとした。一番最近の被害者が主張していた、自身の本来の姿に一致していたのだ。であれば、あの女の体に、いま犯人が乗り移っていることになる。
俺は、心臓がドクドクと打つのを感じた。
どうする。引き返すか。しかし、ここをのぼらなければ、かなりの遠回りになる。それに、あんな通報を信じること自体、馬鹿馬鹿しい。
よし。
俺は、意を決して、階段を上り始めた。一段、また一段と上がっていくごとに、鼓動が速く強くなるのを感じる。
あともう少しだ。あともう少しで、すれ違う。
近づくと、女はスマホを見ているのがわかった。
誰かと待ち合わせしているだけだ。絶対に。
俺はそう願いながら、女と同じ段に踏み出した。そして、
やっぱり、なんでもなかった。
女は、横を通り過ぎる俺のことなんか気にする様子もなく、スマホをいじり続けていた。ちらりと後ろを見やったが、追ってくる様子もない。
俺は肩を撫で下ろした。
「ねえ」
風呂上がり。夕食を食べていると、妻が前の席に座った。
「なんだ」
俺は缶ビールのプルを引く。
「金魚のフィルターが、壊れたみたい」
「え」
「なんか、大きめの水草が、詰まったっぽい」
「そうか。じゃあ、明日見てみるよ」
「うん。なんか、水も汚れてるみたい」
「そうか」
「うん、だから」
「うん」
「とっかえてくださいな」
わらしべ長者 空木 種 @sorakitAne2020124
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます