わらしべ長者
空木 種
第1話:奇妙な通報
世の中は不平等だ。誰も近寄らない神社の縁の下から、歩く人々の足を見ていると、そう思う。富める者はますます富み、飢える者はますます飢える。富める者の中には、飢える者に施しを与える者もいるがしかし、「じゃあ貴様の金も地位も、俺と全部交換してくれ」と言ったって、誰もこたえてくれやしない。みんな結局、自分がかわいいのだ。
「ああ、とっかえてくれねえかな」
前を通った高級そうなヒールを見て、そうぼやいた。でも、誰もこたえてくれない。もっと大きい声の方がいいか。
「誰か、とっかえてくれねえかな!」
言うと、次に前を通った革靴がピタリと止まった。見たところ、男の足だ。縁の下にいる俺の存在には気がついてないようだが、声がした方をさがしている。足の向きでわかるのだ。
もう一回。今度は、下手に出てみよう。
「あんた、俺と人生、とっかえてくださいな」
俺の管轄する地域で、妙な通報が増え始めたのは、九月中旬、肌にまとわりつくようなじめっとした暑さが、まだ残っている頃だった。
「今週だけで、六件だ」
同じ地域を管轄する先輩の佐藤は、そう言ってデスクに書類を投げ出した。腕を組み、激しく貧乏揺すりをしている。
「これ、イタズラだと思うか」
「さあ、ふつうに考えればイタズラでしょうが」
俺は、投げ出された書類のうち、一枚を手に取った。
事件の分類は、窃盗事件。しかし、何を盗まれたか、それが問題だった。
「そうだよな。自分自身を盗まれたなんて、デタラメもいいところだ」
佐藤は吐き捨てた。俺は手に取った書類を、黙って読み進める。
夜、一人で歩いていると、見知らぬ人間に声をかけられる。そして、そいつは何度も口にするという。
とっかえてくださいな。とっかえてくださいな。
最初は気味が悪いと、みな応答しない。黙って、その横を通り過ぎようとする。
しかし、そいつはしつこい。
とっかえてくださいな。とっかえてくださいな。
そう口にして、追ってくるのだ。中には、肩を掴まれたという者もいる。
そしてついに、あまりのしつこさに声を出して応答してしまう。
「うるせえな」「警察呼びますよ」「なんなんですか」
言葉を放ったら最後、被害者は一瞬のうちに、気を失うのだ。なんの前触れもなく、ぶつん、と意識が途絶えるらしい。
次に目が覚めるのは、夜が明けて空が白む頃。声をかけられた場所で、仰向けになって倒れているらしい。そして、みな身体に違和感を覚える。そこで、気がつくのだ。
自分が、自分ではなくなっている、声を掛けてきた人間と、入れ替わっていることに。
「でも、いたずらにしては、手がこみすぎてませんか」
俺は書類から顔をあげ、佐藤の顔を見た。「まあな」という曖昧な返事とともに、佐藤は天井を仰ぐ。
「それに、ひとつ前の被害者の本来の体が、次の被害者っていうのも、できすぎてます。犯人は、次々と体を奪っては乗り換えを繰り返しているということですよね」
俺が言うと、佐藤はふうっと長いため息をついた。
「SNSか何かで、裏で繋がってんじゃねえのか」
佐藤から出たのは、そんな推測だった。
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