第9話 女神と神狼
昼食も終わり一息ついた後、バーグ広場奥の、本日最後の目的地である教会前に来た。通り沿いで見た多くの茶色い建造物とは違い、真っ白で縦にも横にもでかい。裏手は共同墓地になっていて敷地面積も広そうだ。
「立派な建物ですね」
宿までよく聞こえていた先端にある鐘から視線を下ろし、俺の3倍はありそうな高さの玄関を見つめる。……まさかそんな身長の獣人はいないよな?
「怪我や病気の治療の時はいくらか料金がかかるが、基本入場は無料なんだ。太陽の日は司祭様の講話があるから参拝客で多いが、今日は空いてそうだな」
なるほど、下水道事故の話の時も思ったが、この国では教会が病院の役割も果たしているんだな。
「早く入ろうよ! 俺ここ来るの久しぶりだな」
ポッチを先頭に、開け放たれた玄関扉をくぐり抜ける。なるほど、自由に出入りできるようになってるみたいだ。
「ようこそお越しくださいました。私はここの神官をしておりますサイツと申します。本日はどのようなご用件でしょうか?」
と思ったら、横から犬の獣人の男性に声をかけられた。おぉ、シェパードだ! 紺色のゆったりとした服を着て、凛々しい目をこちらに向けている。
「神話について教会の方から直接お話を聞きたくて参ったんですが、どなたかお手すきでしょうか?」
「司祭様はちょうど病室へ診察に行かれてるので、私で構わなければ喜んでさせていただきますが……その前に少し質問してもよろしいでしょうか?」
サイツさんはいったん言葉を切ると、ガイアさんに向けていた目を俺の方に移した。
「……あなたは、パンジャルの出身ですか?」
「えっ? あっと、その……」
いきなり質問をされ言い淀んでしまう。今朝決めた設定を思い出せ! 俺はラオで暮らしていて、15になったのを機にガイアさんの宿で社会勉強を……。
「質問を変えます。あなたはこの世界が、ひいては自分自身が誰によって創られたものと認識していますか? ……すみません、お連れの方は少し黙っていてください」
口を挟もうとしたガイアさんを制し、サイツさんは真っすぐ俺と目を合わせた。急に空気が重くなった気がする。……何だこれ、尋問が始まったのか……?
ちらりとガイアさんを見ると『しまった、言っとくんだった!』みたいな顔をしてたので、答え方を間違えるとやばいことになりそうな予感……。
知りません、記憶にございませんが無難そうだが、なぜかサイツさんの目に見つめられると、どんな嘘も見抜かれてしまう気になってしまう。サイツさんの犬種も相まって……着ている服が段々と警察官の制服に見えてきた。
「……教会に連れて行ってもらった記憶がないのでよく知らないのですが……確か女性の姿の神様と犬の姿の神様によって、この世界は管理されていると……聞いたことがあります」
ものすごいプレッシャーの中、嘘をつかず、自分が答えても不自然じゃなさそうな返事を絞り出す。
「……正確には狼、神狼様ですね。いいでしょう、パンジャルの思想教育を受けているわけではなさそうです。すみません、あなたにしっぽが無かったので、つい試すようなマネをしてしまいました」
サイツさんがそう言って微笑むと、先ほどまでかかっていた重圧がふと軽くなるような気がした。……まさか魔法でもかけられてたんじゃないだろうな?
「ここで立ち話もなんですから、祭壇の間までどうぞ。教会が初めてなら、先に女神様と神狼様にご挨拶されるのがよいと思います」
そう言って歩き出したサイツさんに、少し距離をおいて3人でついていく。
「よかったね、ヒビト。俺、追い出されちゃうかと思ったよ」
「しかし神狼様の存在を知っていたとなると……ヒビトはパンジャルから追放された可能性が濃厚になってきたな」
どうやらさっきのサイツさんの質問は、俺があの犬の神様の存在を認めるか否かを見極めるものだったらしい。
「パンジャルでは神狼様が信仰されていないんですか?」
「パンジャルに住む猿の獣人の多くが、自分は女神様の直系の子孫で、世界も自分の体もすべて女神様からのみ創られたと信じてるんだ。ヒビトも今朝、宿泊客から言われていたが、猿の獣人は女神様によく似てるんだよ。裕福な家庭は産まれた子にしっぽの切除術も行うらしい。よっぽど獣として見られるのが嫌なんだろう」
たぶん、本来ならしっぽも退化して人間そっくりに産まれてくるんだろうけど、犬の神様が、しっぽを強制的に生えさせてるって言ってたような……。自分を信仰しない腹いせだったのか?
「それで神狼様を信仰したら追放されちゃうの? ひどい国だね!」
「なるほど……また何か質問された場合は、気を付けるようにしますね」
3人でコソコソ話しながらサイツさんが入っていった扉を抜けると、結婚式のシーンでよく見る部屋になっていた。左右均等に並べられた長椅子の間にある通路を、奥の祭壇へと進む。
おぉ、これがバージンロードというやつか。……男3人で歩いてるけど。
「ヒビト、あれが女神様と神狼様だ」
祭壇奥の壁に、白いローブを着た女性と黒い狼の像が飾られている。実物より大人びた印象を受けるが、サイズも同じくらいだし、やはりこの世界にも神様たちの姿を見た人がいるらしい。
祭壇の一番手前の椅子に座るとサイツさんによる講話が始まった。それによると、この世界の全ての動物は犬の神様(神狼様って言わなきゃダメかな?)が創り出したことになっているらしい。
そして世界の発展を願い、一部の動物に対し知恵と魔法を授けたのが女神様だそうだ。知恵を与えられた動物が女神様のような二足歩行の姿に変わり、獣人の祖先が生まれたとのこと。
俺が神様たちから聞いた世界の成り立ちと違うが、わざわざ訂正して墓穴を掘らなくてもいいか。
とりあえず、この機会に聞きたいことは全部聞いておこう。
「魔法で創れるものは火、水、風の3つだけなんでしょうか?」
「基本はそうですね。使えるようになる時期には多少バラつきがありますが、肉体的精神的に成人したとみなされる15歳前後が多いです。稀にですが、自身の強い願いに女神様が答え、特別な力を授かる者もいます。ここの司祭であるライリー様は、傷ついた人々を助けたいという信念、それに基づく日々の活動が認められ、治癒魔法が使えるようになりました」
……俺は睡眠にそんなに強い信念を抱いていたのだろうか? あの時は、流れでただ適当に授けられただけだよな……。
「……人に害を与えるような魔法はないですよね?」
「薬も量をとりすぎると毒になるように、治癒魔法も健康な人に使い続けると体調を崩すそうです。魔法の善悪を決めるのは、結局のところ、使用する側される側の気持ち次第だと思いますね」
睡眠自体は良いことなんだろうけど、寝過ぎも体に毒っていうしな。
「……ちなみになんですが、サイツさん、先ほどの質問の時に魔法使ってました?」
「……っ!」
「えっ! ほんとに⁈」
「何かされていたのか⁈ 体の具合は⁈」
3人から驚愕の目を向けられる。あれ……? ガイアさんやポッチは気付かなかったのか?
「あの、質問の最中、なんか重苦しい空気がへばりついている感じがしたんで……。気のせいかもしれないですが、一応聞いておこうかと……」
「……よく分かりましたね。知られたのはライリー様以来です」
うわ、やっぱり使われてた。そして気付かないふりをするべきことだった。
「……私は3年ほど前まで、ダナガンの警備隊に所属しておりました。仕事は主に犯罪者の尋問ですね。長年犯罪者の虚言に付き合わされる日々を送っていたある日、突然相手の話を聞いていると視界が暗くなったのです。……それが、相手が嘘をついている際に必ず起こることは、すぐに分かりました」
サイツさんの真実を知りたいという思いに、神様たちが答えたわけか。取調官に嘘発見魔法って、ある意味最強の組み合わせだよな。
「……あれ? でも、なんでサイツさんは警備隊をやめて神官になられたんですか? そんな魔法が使えるなら警備隊で活躍できそうなのに」
「私があまりに嘘を見抜くものだから、警備隊の同僚に気味悪がられたことが一番の理由ですかね……。誰だって隠したいことがあるから当然です。集中して魔法を使わない限り、普段の会話で嘘が分かるわけではないのですが……。そのうち職場で孤立し居づらくなったので、自主的に退職しました」
「女神様の祝福が仇になってしまったわけか……」
ガイアさんが同情するようにつぶやいた。
「しばらくはこの能力を呪いましたよ。精神的に少し病んでいたところ、ライリー様に出会い、私に授けられた力は誰もが与えられるものじゃない特別な力で、神に愛されている証拠なんだと諭されました。そして、共に教会で人々の役に立とうと、神官になることを勧められたのです」
「かなり苦労されたんですね。あ……すみません、能力をばらすようなことになっちゃって……」
「あなたが謝る必要は一切ありません。むしろ私のほうこそ黙って使用し申し訳ございませんでした。……以前パンジャルから来た貴族の方と、少々もめたことがありまして……」
少々ではなさそうな渋い顔をしてサイツさんは苦笑いをした。
「さて、ほかに何か聞きたいことはございませんか? 魔法の繋がりでいえば、神の力が宿っているといわれる魔石の話はどうです? これも魔法と同じく大まかに分けて3種類あり……」
「おお、サイツ! ここにいたのか!」
興味深い話題を途中でぶった切る大声が、後ろから聞こえてきた。
「昼前に担ぎ込まれた患者の住所を知らないか? 治療は済んだが、すっかり熟睡してしまって起きないんだ。お前が荷物を預かったと聞いたもんでな!」
「知ってますが、その前に……いつも申しておりますが、講話以外で、そのように大声を張り上げないでください。お客様が驚かれております」
いや……ガイアさんとポッチはそうだろうが、俺は彼の容姿に目が点になった。
この世界で初めて会う猿の獣人だった。神狼様が言っていたとおり、霊長類の獣人は人間に近い進化をしたらしく、この人は地球にいても違和感がないと思う。
ただ……元になった動物がどう考えてもゴリラだった。黒い服を着ているせいで、さらにゴリラ感が増している。
「地声が大きくてすみませんな! この教会の司祭をしておりますライリーと申します。本日はようこそおいでくださいました!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます