第8話 バーグ広場にて

 俺の設定も無事に決まり、3人で軽く朝食を取った後、客室の掃除をすることになった。

 

 各部屋を箒で掃いて、ベッドのシーツと枕カバーを取り替えていく。使用済み分は自分たちの着替えた服とまとめて外に持っていき、大きめのタライに入れて水洗いする。ひどい汚れのところは石鹸もつけて念入りに。

 水色の石がタライの底に入っているが、これは日本にもあった『水道水をきれいにする石』だろうか? 友達の家で水差しに入っていたのを見たことあるな。


 洗い終わったら再び2階に持って上がり、廊下突き当りのドアからテラスのような場所に出て、隅に置いていた物干し台を広げ洗濯物をかけていった。


「ふー、これでひとまず終了だな。お疲れ様!」


「いつもこの作業を2人でやってるんですか? 大変ですね」


「昨日はヒビトが寝てた客室も入れて満室だったもんね。月の日にしては珍しく家族連れが泊ってたし」


 月の日とはこの世界の曜日の1つだ。昨夜ポッチに聞いたところによると、太陽の日、月の日、星の日、雲の日、虹の日の週5日で構成されている。どうやら空に現れるものを曜日に充てているらしい。

 太陽の日が休日、それ以外が平日という感じで、この宿屋は宿泊希望の多い虹の日・太陽の日を避けて、星の日を店休日にしているそうだ。


 テラスの手すりに腕をのせ景色を眺める。昨夜と違って明るい場所で見る街並みに……ここは日本と違う世界なんだなぁと改めて実感した。

 あまり高い建物はなく、木造やレンガ造りの家が多い。電柱や電線がないので、やはり電気は通ってないっぽい。

 参考にした本やゲームが察せられるこの古風な街並みにするため、神様たちが必要な技術だけをうまく伝えていったんだろうな。……正直、電化製品は普及させておいてほしかった。


 天気が良く、気持ちのいい風を頬に受けていると、ガイアさんとポッチが両隣にやって来て観光案内を始めた。


「今日は晴れてるからお城がよく見えるね! あそこが王都だよ!」


「ディシンが正式名称だが、単に王都と呼ばれることが多いな。ここから入り口の城門まで馬車で1時間といったところか。奥に見える山、リデナ山というんだが、そこから流れる川が二手に分かれるところに位置してるんだ」


「ここからじゃ反対側で見えないけど、宿の前の通りをずっと下って行くと、俺の実家があるラオに着くよ」


 なるほど、川の三角州に国を造ったわけか。この国全体が川を堀として利用してるんだろうな。昨夜の予習の効果もあり、地名や地形がなんとなく把握できた。


 俺がこの世界で最初に転移することになったメガリアは、山側から順番に、高い城壁に囲まれた政治の中心である王都ディシン、商工業が中心の今いるダナガン、農林水産業が中心のラオで構成されている国のようだ。

 

 宿の前の大通りは王城から海に向かって真っすぐ繋がっており、各町へ馬車や徒歩で行き来する際のメインストリートになっているらしい。


「うちの宿はこの大通りに面してるから、平日でもそれなりに客が入るんだ。立地がいい分、購入時はかなりギルドに支払ったけどな」


 ギルドでは土地や建物の管理もやってるのか。起業時の登録や仕事の仲介もしてるらしいし、いろんな役割を兼ね備えた施設なんだな。


「そういえば……パンジャルやリフラといった国は、どこにあるんですか?」


 一応、先ほど俺の出生地候補になった国は、大体の位置くらい知っておきたい。


「パンジャルはラオ側の海を挟んだ場所にある島国だ。食文化が独特で、たまに市場に珍しい食材が輸入されてきてるな。リフラはリデナ山を越えた先の砂漠の中にある国だよ。地続きとはいえ、陸路より海路での交易のほうが多いかな」


「港で一度リフラの王族を見たことあるけど、ラクダっていうメガリアにはいない珍しい動物に乗ってたよ!」


 馬はさっきから通りを行き交っているが、ラクダまでいるのか。犬の神様が四足歩行の普通の動物もいるって言ってたしな。


「さて、遅くなる前にそろそろ買い物に行くか。この通り沿いに服屋と靴屋が並びであるから、まとめて買ってしまおうな。昼は何が食べたい?」


「わぁ、ガイアさんのおごり⁈ じゃあさ、バーグ広場の屋台を食べ歩きしようよ! 今日は星の日だしそんなに混んでないと思うんだよね」


「買った服とか持ち歩くんだから、どこか落ち着いて座れるとこがよくないか?」


「教会にも寄るつもりなんでしょ? 広場のすぐ横だし、ちょうどいいじゃない!」


「それもそうだが……。誰に荷物を持たせるつもり……」


「じゃあヒビト、出かける準備しにいこう! 俺も久しぶりに自分の服買おっと!」


 ガイアさんのつぶやきを遮り、ポッチが俺の手を引いて宿に戻る。後ろから盛大なため息が聞こえた……。





 ……で、結局、荷物持ちはガイアさんになった。買ったばかりの服や借りていた服とサンダルを、布地の手さげ袋に入れて肩からぶら下げている。


「やっぱり俺が持ちますよ。お金まで払ってもらってるのに悪いです」


「全然気にしなくていい。それより替えの靴は本当によかったのか? 雨の日とか、靴が汚れたときに困るぞ?」


 俺の足元を見ながらガイアさんが聞いてきた。革のブーツなんて初めてだったが、さっきまでの大きすぎるサンダルに比べて断然履き心地がいい。


「そのときは乾くまでガイアさんのサンダルを借りたらいいよ。俺はむしろ服をもっと買ってもよかったと思うけど。2着だけじゃ少なくない?」


「洗ってる間の着替えがあれば十分だよ。誰かに見てもらいたいわけでもないし」


 ただでさえ他人のお金を使ってるのに、何枚も買うほど厚かましくなれない。


「俺ももう何枚か買ってもよかったと思うが、ヒビトの意見には賛成だな。服なんか着られればいいんだ。他人の目を気にする必要はない」


「そんなこと言ってぇ~、俺とヒビトがお揃いの選んだら、負けじと同じ色のシャツ買ったじゃない。俺が昨日言ったこと気にしてるんでしょ?」


「べ、別に、たまには違う色の服を着たくなっただけだ!」


 ……そう、俺たちは今お揃いの水色のシャツを着て大通りを歩いている。たまにすれ違う人や馬車から視線を感じるが、これ傍から見たらどんなグループに見えてるんだろう? 種族が違うから家族には見えないだろうし、年もバラバラだから友達にも見えないだろうな……。

 謎の仲良し男三人組……。


「ん? どうかしたか?」


「いえ! そういえば店では思ったより俺のこと注目されなかったですね。身構えていたのに、拍子抜けでした」


「まぁ、向こうも仕事だし、客が不快になるようなマネは普通しないか」


「しっぽが無いのは不思議そうに見てたけどね。穴あけ代、ズボンとパンツ2着ずつだから、4ガル分は浮いたんじゃない? あの工程は時間取るから、ヒビトの服は早く買えて安上がりでいいなー」


 しっぽは種族によって大きさや位置が違うため、ズボン類を買う際、着る人に合わせた穴あけ工程が入るらしい。自分で裁縫が出来る人はそのまま買って、穴あけ代を節約するそうだ。


 ちなみにガルとはこの国の通貨の単位だ。お金にはファンタジーらしい金属貨幣が使われており、1ガルで銅貨1枚、10ガルで銀貨1枚、100ガルで金貨1枚になる。


 昨夜ポッチに確認したところ、距離や重さ、時間の単位は日本で使われていたメジャーなもので通じたのに(量の感覚も同じくらいだった)お金の単位だけは何回聞いても、この動物の唸り声のような謎の単位にしか聞き取れなかった。

 ファンタジー感を出すための、神様たちのこだわりなのか?


「あ、ここを曲がった先がバーグ広場だよ」


 ポッチが先頭に立って十字路を左に曲がると、街路樹の並ぶ石畳の先に、噴水がある大きな広場があった。遠目にも結構人が集まって見える。


「やっぱり昼時はそこそこ多いね。でもあれくらいなら並ばずにすぐ買えるよ」


「ヒビト、あの広場の奥に見える白い建物がダナガンの教会だ。お、ちょうど鐘が鳴りだしたな」


 今朝も聞いた鐘の音が、近くにいるからか鮮明に響き渡った。朝6時、正午、夕方18時の計3回、一日(24時間で一緒だった)に鳴らすそうだ。

 王都の住民以外は一家に一台置時計があればいいほうで、この鐘の音で日中の生活リズムを決めている人も多いとのこと。


 鐘の音が鳴り終わるのと同じくらいにバーグ広場に着いた。円形の広場の外側に沿うように、屋台が所狭しと並んでいる。中央にはこの国の城をかたどった物と思われる白いオブジェの噴水があり、それを取り囲むように観光客と思われる人たちが、食べ物を片手に水が噴き出すのを眺めていた。


 こうしてみると、犬や猫の獣人が多い。少数派でいえば、狐っぽい獣人やアライグマらしき獣人もいたが、猿の獣人は見当たらなかった。どうりで犬の神様が俺の肉体を作る時に気にしてたわけだ。


 そういえば草食動物の獣人も見かけてないな。草食動物って目が横向きについてるし、角が生えてるのもいるから、人間の顔のつくりと掛け合わせるのが難しかったんだろうか?

 ……まぁ、草食動物の顔で肉を食べてる姿は……あまり見たくないけど。


「さて、何食べる? 俺はそこの焼き鳥の屋台がお勧めだな」


「宿じゃあまりしない揚げ物にしようよ! 俺はあそこの牛肉のコロッケがいいな! ヒビトは何がいい?」


「あ……食べられる肉なら何でも……」


 昨日はうやむやにしてたが、鳥って鶏のことだよな? 牛肉は文字通り牛だよな?


 それぞれの屋台で2人お勧めの品を買うと、噴水の淵に腰かけて出来立てを頬張った。……うん、匂いといい味といい、間違いなく同じやつだ。


「おいしい……。よかった……」


 ゆっくり噛みしめながら食べていると、すでに食べ終わったガイアさんとポッチが立ち上がって辺りを見回した。


「ここで売られてるのは1ガルくらいで買えるのがほとんどだからな。ほかにも食べたい物があれば買っていいぞ」


「俺、そこのぶどうジュースが飲みたいな。搾りたては秋の月の今くらいしか飲めないんだよ」


 ポッチの指差す屋台を見ると、店員が箱からボトルを取り出し、コップへと紫色の液体を注いでいるところだった。あの箱に似たようなやつ、宿の厨房にもあったな。クーラーボックスみたいな物なんだろうか。


「ワインも販売してるみたいだな。ヒビトはもう15だけど……まだジュースでいいか? ちょっと買ってくるから食べながら待っててくれ」


「昼間からお酒飲むの? 悪い大人だねー」


「今日は休みだからいいんだ。ほら、行くぞ」


 仲良く言い合いをしながら屋台へ行く2人。

 この国は何歳からお酒が飲めるのだろうか? ガイアさんは俺がもう飲んでもいいような言い方だったけど、さすがにお酒を飲むのは罪悪感があるな。合法でも5年、いや、せめてあと3年は我慢しておきたいところ。


 ……そんな先のことなんか、まだ想像もつかないが……。


 衣食住をガイアさんに頼っている今の状況から……いつか離れることになったとき、まともに生活していける自信が俺にはない。ポッチにはまだ帰れる場所があるが、俺は自分でそれを探さないといけない……。


 噴水の音を聞きながら、少しブルーな気分で空を眺める。


「……天高く馬肥ゆる秋、か……」


 この国にも馬はいたし……そういえば四季もあったな。一年は360日周期らしく、それを90日ずつで春の月、夏の月、秋の月、冬の月と区切っているらしい。


 転移したのが冬の月だったら、ポッチに発見される前に凍死してたんじゃなかろうか? 昨日も夜は少し寒かったし、早いとこ厚めの冬服も買っておかないとな。

 ただそのためには、お金を稼ぐ仕事が必要になるわけで……。


 宿の収入がどれくらいかは知らないが、今まで従業員はポッチ1人でも回っていたのだし、それ以前はガイアさん1人で切り盛りしていたのだ。今さら俺を正式に雇って、余計な給料を支払う必要なんてない。

 このまま記憶が戻らないふりをして……ガイアさんの善意に付け込んで、宿に住み続けるわけにもいかないよな……。


「ヒビトー! 買ってきたよー!」


「ワインもなかなかいけるぞ! やっぱりヒビトもこっちがよかったか?」


「……いえ、お酒はまだ当分大丈夫です」


 いつまで一緒にいられるだろうか……という不安な気持ちを押さえつけ、戻ってきた2人に笑顔を向けそう答えた。

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