第5話 魔法初体験と月

 個人客が部屋に戻ったので、そのまま食堂で従業員の夕食時間となった。カウンター席に俺を挟むようにして3人で座る。……なんか取り調べが始まりそうで怖いな。


「そういえばヒビトは15になったんだよね? もしかして、もう魔法が使えるんじゃないの?」


 先ほどの客にも出した肉を食べていると(牛肉の味だが何の肉かは聞かなかった)思い出したようにポッチが話しかけてきた。


「俺も使えるようになったのは、それくらいの時だったなぁ。魔法を使ってた記憶はあるかい?」


「いえ……たぶん使ったことないと思います。今もどうやったら使えるのか全くピンとこないので」


 神様は生物として成熟したら使えると言ってたけど、具体的な時期も方法も聞いてなかったな。


「じゃあさ、じゃあさ! 今できるかやってみようよ! 俺まだできないから、魔法使ってるとこ見るの好きなんだ!」


 なるほど、ポッチはまだ生物として未熟らしい。ぶんぶん振ってるしっぽを見て、ずっとこのままでいいのにと思っていると、ガイアさんが俺たちに見えるように右手をカウンターに差し出した。


「俺が一度やって見せようか。使いたい理由を明確に思い浮かべるのが肝心なんだ。そして出したい場所に意識を集中させれば……」


「わっ! すごっ!」


 ボッ! という音と共に、ガイアさんの手の平の上に小さな炎が浮かび上がった。話には聞いていたが、実際生で見ると感動する!


「基本見えている範囲じゃないと使えないし、使う場所が自分の体から離れれば離れるほどエネルギーを多く消耗する。腹減ってるときに長時間使ってぶっ倒れたって話も聞くし、使用時の体調面にも注意が必要だな」


 神様の説明の時、自身のエネルギーって何だ? MPが設定されてるのか? と思っていたが、どうも体のカロリーを消費してそうだ。脂肪だけ減らしてくれるなら、ダイエットにはよさそう。


「飯も食ったし、早速試してみるか? 最初は目標物があったほうがいいな」


 そう言うと、ガイアさんは近くの壁に掛けてあったランプの1つを取りに行った。ちなみに、この宿屋には電気も通ってないっぽい。


「これに火をつけるイメージで、意識を集中してごらん」


「早く、早く! やってみようよ!」


 カバーを取って火の消されたランプを目の前に置かれると、両側から期待のこもった目で見つめられた。大きく深呼吸して、今まで火がついていたランプの芯に指を近づける。


 ここに火をつけたい、ここに火をつけたい、ここに火を……。心の中で唱えいていると、ジュッと音を立て、芯に火が灯った。


「っ! できた! 俺にも使えましたよ!」


 あれだけ魔法の世界を怖がってたくせに、いざ自分が使えるとなると興奮するなんて現金なものだ。とはいえ、やはり嬉しい!


「いいなぁー。俺も早く使えるようになりたいよ」


「火、水、風の基本魔法は、成人すれば誰でも使えるようになる技術だ。これでヒビトも一人前と証明されたな」


 うらやましがるポッチに苦笑しつつ、ガイアさんの言葉にふと疑問が浮かぶ。


「使える魔法って今言った3つだけなんですか? それに火や水はなんとなく分かるけど、なんで風が基本魔法なんでしょう?」


 火は生肉調理等の殺菌や体の保温とかで必要だろうし、水は言わずもがなだけど……。風は? あってもなくても生活にそれほど支障をきたすとは思えない。


「ヒビトは教会に行ったことないの? 神話に出てきてね……」


「ポッチ、ヒビトは今までの生活のことをほとんど覚えてないんだぞ。それにヒビトがもしパンジャル出身なら、教会でまともな神の教えを受けられたとも思えん」


 ポッチが自慢したそうにするのを、ガイアさんがたしなめた。ついでにパンジャルの批判が出たが、王女暗殺の件といい、なんかきな臭そうな国だな……。猿の獣人が多い国家らしいのに、最初に転移されなかった理由が垣間見える気がする。


「明日服屋のついでに教会にも寄ってみようか。どうせなら教会関係者から直接説明を聞いたほうが、正確に理解できるだろうし」


「そうですね、行ってみたいです」


 正直、この世界の神様についてはこの2人より理解している気もしたが(会話までしてるし)先ほどの教会の教えを含め、住民がどこまでのことを知っているのかは興味があった。

 俺に説明がしたかったポッチは不満そうにほっぺたを膨らませているが。あぁ、両側から同時に指でつついてみたい……。


「風魔法のことは教会で聞くまでもないが、そうだな……。実際にあった話でいえば、5年くらい前、この近所で下水道の工事をしていた時だが……」


「下水道、通ってるんですかっ⁈」


「おおうっ⁈ どうしたいきなり? 店の裏通りの地下を通っていて、確か川の下流にある処理場まで繋がってるが……」


「あ……ごめんなさい、続けてください……」


 トイレに希望が見えて、今度は俺がガイアさんの説明を遮ってしまった。そういえば洗い場には排水口があったな。よかった、下水道は整備されてるみたいだ。気を落ち着けて先を促す。


「えーっと、どこまで言ったかな? ……そう、その工事の時に落盤事故が起きて、1人の作業員が窪みに閉じ込められてね。彼がいた場所まで掘り起こすのに数時間かかったんだが、彼は無事一命をとりとめたんだ。なぜだか分かるかい?」


「……そうか、魔法で風、つまり空気を自分に送り続けたんですね」


「そのとおり。当然魔法の長時間使用で見つかった時はかなり衰弱していて、すぐ教会に運び込まれて治療を受けたらしいがな」


 そう言ってガイアさんが俺に指を向けると、微かな風が俺の前髪を吹き上げた。風魔法とは、酸素を含む生物の呼吸に必要な空気を作り出すものだったのか。


 そういえば犬の神様が、魔法でできるのは生きるために必要なことだけだと言ってたっけ。俺の睡眠魔法も、その範囲内で使えるようにしてくれたんだろう。


 ……今日寝る時にポッチに試してみるのは、道徳的にダメだろうか……?


 その後、水魔法も見せてもらっている最中に、外出していた家族客が戻って来たので、ガイアさんはその対応へ、俺とポッチは後片付けで厨房に行き、初の魔法講座はお開きとなった。





 夕食の後片付けが終わると、ポッチと一緒にカウンター席横の勝手口から店の外に出た。空を見上げると今日は満月のようで、夜でも周りが見えるほどには明るい。

 

 シャツ1枚だと少し肌寒く感じ、先ほどトイレに行ったばかりなのに、また行きたくなった。

 ちなみに食堂のすぐ横がトイレになっており、使用後は中に置いてある水瓶から水を汲んで、十分な量の水を流すことを厳重に注意された。一応水洗トイレということになるんだろうか?


「ラオにある俺の実家では畑の肥料に使ってたけどねー。よく育つんだよ! この宿の野菜も、大半はうちから仕入れてるんだ。おいしかったでしょ?」


 ……今日飲んだスープのやつがそうか。いや、確かにうまかったけど。……あまり深く考えるのはやめよう。

 ラオとはこの国の地名だろうか? ここから遠いのかな?


「うん、おいしかったよ。じゃあ、ポッチはその縁でここで働くことになったんだね。その歳で家族から離れて寂しくない?」


「実家は兄ちゃんが継ぐだろうし、早く田舎から出て街で暮らしたかったんだよね。もう12だし別に寂しくない……って言ったら嘘になっちゃうけど。でも、ガイアさんは優しいし、仕入れの時には父ちゃんや母ちゃんに会えるからね。それに今日からはヒビトも一緒だから全然平気!」


 そう言って無邪気に笑うポッチ。手がプルプルする。抱きしめちゃだめだ、抱きしめちゃだめだ……。


 宿の裏の細い道を2人並んで歩く。ポッチはここが街だと言っていたが……日本にいた頃のじいちゃんちの近所(かなり田舎)に雰囲気が似てる。別世界感があまりないけど、暗いせいかな。昼間だとまた印象が変わるんだろうか?

 そのうち中央に噴水がある開けた場所に出た。いや、噴水じゃなく蛇口みたいなのが付いてるだけで、水は出てないな。


「ここがこの辺り一帯の水汲み場だよ。ここを回せば水が出るから、桶にためて宿まで持って行くんだ。今までは俺とガイアさんでやってたけど、ヒビトも明日は手伝ってね」


 そう言ってポッチが蛇口の上の取っ手をひねると水が流れ出した。ここまでは水道が通っていて、個別にはまだといったところみたいだな。


「無駄遣いや閉め忘れには注意するようにな」


 いつの間について来ていたのか、ガイアさんが後ろから声をかけてきて、ポッチは慌てて水を止めた。


「飲料用や料理用で使うときは、浄化するか沸かしたほうが無難だな。そのまま飲んで腹を壊したっていう話をたまに聞くから。どうしてものどが乾いたら、さっき使った水魔法で水分補給したほうがいいぞ」


「服や食器を洗ったり、体の汚れを拭いたり、トイレで流すのに使ったり……それに加えてうちは宿屋だから、シーツや枕カバーを洗う分も多く必要でしょ? 毎日ここまで汲みに来るのが大変だよ」


 俺より小さいポッチの体格じゃ、なかなかの重労働だろうな。明日からはなるべく俺が率先して汲みに行こう。分かりやすい仕事だし。それにしても……やっぱり風呂はなさそうだ。体拭くだけでさっぱりできるかな……。


 それから3人で月明かりの下、来た道を引き返す。


「今夜は満月がよく見えますね」


 何気なく前を歩く2人に声をかけると、きょとんとした顔で振り返った。


「何のことだ? マンゲツ?」


「え? ほら、欠けてない綺麗な丸だなぁと……」


「月はいつも丸いでしょ? ヒビトが住んでた所は月が違う形の日があるの?」


「あ……いや、俺の勘違いだったかも。まだ記憶が混乱してるのかな。ハハハ……」


 不思議そうに見つめる2人に笑ってごまかしながら、早速ぼろが出そうになったことに冷や汗をかいた。

 地球と同じような月と星(たぶん太陽も)だから油断した。この世界では月が欠けて見えることはなく常に丸い状態なんだと思われる。


 というか、そもそもこの世界に宇宙は存在するのだろうか?


 実験的に創った世界って言ってたし、不必要なものは創らないよな……。太陽も月も単に昼と夜を区別するためだけに、星に至っては……ただの夜空の装飾のためだけに、空に(しかも宇宙空間に比べだいぶ近くに)浮かべているのではなかろうか。


 今になって、ほかにも地球と同じ基準で考えているものが多数あることに気が付いた。一年の日数は? 四季や曜日はあるのか? 長さや重さなどの単位は、会話能力で翻訳されても同じ量で伝わってるのか? ……だめだ、きりがない。


 とりあえず従業員部屋に入ったら、思いつくだけポッチから聞こう。ガイアさんに聞かれると、いくら記憶がないからと言っても絶対怪しまれそう。


「あの向こうは管理者の庭に続いてるのかな……?」


 丸く輝く月を見上げ、小声でそっとつぶやいた。

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