第4話 宿のお手伝い

「とりあえず今日はこの部屋でゆっくり体を休めるといい。まだお腹が空いてるようなら、何か持ってこようか?」


「いえ、もう大丈夫です! というか相部屋の人がよければ、今からでもその従業員用の部屋に移って構わないですよ? 疲れも取れたみたいなんで、お手伝いできることがあればやらせてください」


 衣食住、全てお世話になってる状態なので、早めに恩は返しておきたいところ。


「今日くらい無理しなくてもいいんだが……まぁ確かに元気そうだな! 食べ終わった食器を食堂まで運んで、洗い物の手伝いをしてもらおうか。この部屋の掃除は仕事の勉強がてら、明日ポッチに教わりながらしてもらうとして……ん?」


「どうかしました?」


 急にベッドから立ち上がり、足音もなく扉の方に行くガイアさんに、慌てて空になった皿を持ってついていく。ポッチが先輩従業員の名前かな? 朝方、部屋の外で聞こえた男の子の声がそうだろうか?


「うわっ!」


 と考えていたら、その声がガイアさんが勢いよく開けた扉の先から聞こえた。どうやら部屋の前で聞き耳を立てていたらしい。


「……食堂の準備を任せていただろ? 何をやってるんだ、ポッチ……」


「お客さんが待ってるから呼びに来たんだよ! ていうか俺も早く話がしたかったのに、起こしたなら呼んでよ! 俺が最初に見つけたのに! ……で、俺の後輩になるんだよね? 宿の案内は俺がしていい?」


 怒るというよりは呆れた口調のガイアさんと、盗み聞きの反省をする様子のないポッチの声を聞きながら、一体何の獣人なんだろうと、でかすぎるガイアさんの横から部屋の外を覗く。


「はわ……!」


 柴犬がエプロン着てる!


 思わず変な声が出て、慌てて口を押えた。クリクリの目をキラキラさせてこっちを見上げながら、ズボンの後ろから出た茶色いふさふさのしっぽをブンブン振っている。何この愛くるしい生き物!


「よろしく、ヒビト! だいたい話は聞いてたよ! 俺はポッチっていうんだ。俺のほうが年下だけど、ここでは先輩だからちゃんと頼ってよ!」


 ポチ、間違えた、ポッチはそう言うと誇らしげに小さな手で胸を叩いた。……思い切り頭をなでまわして、柔らかそうなほっぺたを引っ張ってみたいが……ダメだろうか? これは同性でもセクハラになるのかな?


「……まぁ、自己紹介の手間が省けたと思えばいいか。ヒビト、この子が相部屋になってもらうポッチだ。うちに住み込みで働いてもらってる。今年で12になったんだよな? まだ生意気なところがあるが我慢してくれ」


「食器を洗うんでしょ? 食堂まで案内するからついてきてよ!」


 盗み聞きしたことがまだ不服そうなガイアさんをよそに、ポッチはさっさと廊下を歩きだしだ。なかなかのマイペースだが、普段からガイアさんとはこんなやり取りをしてるんだろうか?


 この宿屋は木造2階建てになっており、客室はすべて2階にあるそうだ。片側に個人客用が3部屋、廊下を挟んでもう片側に家族・団体客用1部屋の構成で、俺は個人客用の一室を使っていたらしい。

 俺のせいで断ったお客さんがいるんじゃないですか、と聞いたら、気にしなくていいと笑われた。……どんどん借りが増えていく。


「ここが従業員部屋だよ。ベッドは1つで、物置も兼ねてるからちょっと狭いけど、布団を敷いてもう1人寝るスペースは十分あるかな。隣は客室になってるから夜は静かにね?」


 階段前の部屋でポッチが振り返り、口の前で人差し指を立てた。この世界でも同じジェスチャーなんだ……というか、いちいちしぐさが可愛い。


 階段を下りてすぐ目の前にあるガイアさんの部屋に寄り、サンダルを貸してもらった。裸足よりはましだろう、と渡されたそれは、足の親指と人差し指に力を入れて挟んでいないと脱げ落ちるサイズだった。

 足がつるリスクを考えると、裸足のほうがましだろう、と思わなくもなかったが、せっかくの厚意なので引きずるようにして使う。


「明日は店休日だから、部屋の掃除が終わったら服と靴を買いに行こうな」


「俺もついていきたい! ガイアさん色の服、嫌でしょ? 俺が選んであげるよ!」


 ……ポッチが雇い主に対して結構きつい。こういうとこが生意気といわれる理由だろうが、まだ12歳なのに親元を離れて働いてるんだもんなぁ……。ポッチにとってガイアさんは父親みたいな存在なのかもしれない。


 あれ? そういえば犬や猫って、人間に比べ色をはっきり認識してないんじゃなかったっけ。でも今のポッチの発言からするに、獣人の色覚も五感と同様、人間と変わらないように見えているみたいだ。


「何で体毛と同じ色ばっか、買っちゃうのかなぁ……」


「服なんか着られれば、色なんてどうでもいいだろ!」


 2人の言い合いを聞きながら、宿の受付カウンターを横切り食堂に入る。中央の6人掛けのテーブルは無人で、奥の厨房らしき場所の手前にあるカウンター席に、個人客と思われる犬の顔をした獣人が2名、距離をおいて座っていた。

 犬の獣人といってもいろんな犬種があるようで、ポッチとは違う顔(ブルドックと……あれはシュナウザーだったかな?)をしていた。


「おい、料理はまだか? スープ飲んだきり、ずっと待たされてるぞ!」


「時間かかるようなら夕食代返してよ。外で食べてくるから!」


 カウンター席よりイライラした声が飛んでくる。


「すみません、すぐに……」


「ごめんなさい! 僕が肉焼いちゃうとすぐ焦がしちゃうから……。仕事中の店長を探してたら時間かかっちゃって……。もうちょっとだけ待ってもらっていい?」


 謝罪しかけたガイアさんを遮り、ポッチがウルウルした上目遣いでカウンター席に駆け寄った。さっきと一人称が違う気がしたが……俺の会話能力の誤作動だろうか?


「ま、まぁもう少しだけなら」


「……なるべく早くお願いね」


「ありがとう! 僕もお手伝いして、すぐ持ってくるね!」


 そう言ってこちらに戻ってくると、俺とガイアさんにだけ見えるように片目をつぶってにやりと笑って見せた。……いや、あざとすぎだろ。成功してるが。


 ガイアさんはさっさと厨房に入ると、熾火になっていたかまどの火を強くし、そばに置いてあった箱から厚めの肉を取り出して鉄板で焼き始めた。ガイアさんに隠れるようにして厨房に入った俺は、とりあえず食器を洗おうと周りを見回した。


「そこの流しにお皿置いたら、こっちに来て。この樽から洗い物に使う分だけ水を汲むんだよ」


 水道は通ってないらしい。となると風呂やトイレは……。


「カウンター席の先にある勝手口から水汲み場まですぐに行けるから、後で案内するよ。じゃ、まずはこれにお皿を入れて洗ってね。ひどい汚れがあれば、隅に置いてある石鹸を使えば落ちやすいよ。水が汚れたら流しに捨てて、また樽から汲んでね」


 ポッチはいくつか重ねて置いてあった桶の1つをつかむと、樽から水を汲んで俺に手渡し、ガイアさんを手伝いに行った。

 

 洗い場に戻って、自分の分とカウンター席の客が食べ終わったものと思われる数枚の皿を、桶に入れて洗う。すすぎ用にもう1つ桶がいるな。

 

 洗い場の横の台に水を切った皿を重ねていると、焼きあがったステーキのような肉料理をポッチが運んでいた。一体あれは何肉だろうか? 野菜は今のところ同じだから、肉もメジャーどころが使われてると思うけど……。


 あ、しまったっ! 神様たちにモンスターの存在の有無を聞いておくべきだった! あの時は獣人に動揺して、それ以上に危険な存在が頭から抜けていた。

 ……いや、聞いたところで『創るにきまっとるじゃろ!』という返事が容易に想像できるのだが。


 どうか牛肉でありますように……と、客がおいしそうに食べている何かを見つめ、誰に向けてか分からないお祈りをした。

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