第4話
荷物を任せるとだけ告げ足早に教室を後にしたクラウスを見送り、僕は周囲に気付かれないよう小さく溜息をついた。
(やっぱり、引き留めておいた方が良かったかな…)
恐らくこれは、ほとんどの人がまだ気づいていないことだろうが…。
僕の友人…いや、親友であるクラウスはノエルさんの事が好きだ。
高等部に上がってすぐの事、彼が密かに僕にそう教えてくれた。
なんでも、初恋らしい。
(まあ、彼ならこうするだろうと思って話をしたわけだし…想定通りではある。 あとは――)
「ちょっとランディ! どうして彼がいないのよっ! 今日は何としても捕まえておくようにって約束しておいたじゃないっ、もうっ」
(彼女をどうなだめるか、だ)
「ははは…。 ごめん、ロゼッタ。 急用があるとかで止める間もなく出て行ってしまったんだよ」
ロゼッタ・ミッシェル。
綺麗に巻かれた薔薇のように赤い髪を揺らし、小さな体を精一杯動かしてぷりぷりと怒る彼女とは物心ついた時からの付き合いで…。
所謂、幼馴染ってやつだ。
「止める間もなくって…なにしてるのよっ! 馬鹿ランディ! あんたのせいで彼とパートナーになれなかったら、どう責任取ってくれるわけっ」
ぐっ、と。
息が詰まるような感覚。
(ずっと前から分かってはいるが…こればっかりは慣れないね)
僕は努めて、平然とした様子で。
前々から準備していた言葉を告げる。
「その時は僕が、君の騎士になるよ」
声、震えてなかったかな。
なんて、らしくもない事を考えてしまう。
「はぁ? 何言ってるのよ」
(はぁ…って…。 これでも僕、なかなかの優良物件だと思うんだけどなぁ…)
黄金の獅子。
僕には過ぎた異名だと思うけど、自身がそれくらい評価され学生たちからそれなりに人気な聖騎士であるということは自覚している。
「あんたがあたしの騎士になるのなんて当り前じゃないっ。 今更何を言ってるのよ、もうっ」
「えっ…」
予想外の言葉。
思っていた最悪な返しとは違うけど、冷静になって考えると幼馴染とはいえあまりにもあんまりな物言いである。
だけど…。
「えっ、じゃないわよ。 なに? 不満なわけ? 」
「不満なんて、そんな。 紅瞳の薔薇姫様にそう言っていただけるなんて光栄ですよ、ええ」
だけど…その言葉でこんなにも嬉しくなってしまってる時点で。
「ホントにぃ~?? 」
「ははは…本当ですって」
「何よその乾いた笑いはっ!? 」
(ほんと…彼女には敵わないな)
初恋は叶わないものだという。
「戻ってきて早々、何やら騒がしいと思えば…。 相変わらず、仲がいいなお前たちは」
「あっ! クラウスっ」
後ろから聞こえてきた彼の声に、ロゼッタの顔が花咲くように綻んだ。
「おかえりクラウス、思っていたよりも早かったね」
「ああ、用件はもう済んだ。 それと――」
「それと? 」
「ありがとう。 お前が教えてくれたから、迅速に行動できた」
「ちょ、ちょっと、なんの話? 」
「別に、何でもない。 ただ良い友を持ったと思ってな」
「ふふっ、そうだね」
「二人して…なんなのよ、もうっ」
席に着いたクラウスと、僕が目配せして笑いあえば。
僕たちの、今朝のやりとりを知らないロゼッタは不満そうに口を尖らせた。
(ああ、ほんと)
願わくば…そう。
君の初恋が、叶いますように。
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