【013】視力を失った戦士
あいつ今、自分と同じくらいの強さの奴隷と言ったか?
いや、確かにそのくらいの人材が居れば好ましいが、それは酷というものだろう。
見かけはただの三歳児であるアルスだが、既に我が息子の戦闘力は大国の騎士団の大隊長と同じかちょっと弱いくらいのところまで来ている。
それがどのくらい強いかというと、相打ち覚悟であれば小さな町を単独で滅ぼせるレベルだ。
冒険者のクラスで言うと、S・A・B・C・D・E・Fと頭から順に強い条件の中、Aに近いBといったくらいの強さである。
開拓村の元A級冒険者の爺さんが衰えによりC級、聖騎士小隊の隊長がB級と考えると、どれだけ異次元の存在かよく分かるであろう。
そう、アルスは既に開拓村を蹂躙したあの聖騎士小隊長よりも、単独戦闘においてその上を行くのである。
魔力という地球にはなかった力があるからこそ、個々の力の格差が大きく開いているこの世界で、A級というのはそれこそ準英雄クラスといって差し支えのない強さなのだ。
その準英雄クラスと同格か、それよりもうちょっと弱いくらいの奴隷などそれこそエルザを用意しろということになってしまう。
エルザはSに近いA級なので、英雄に片足突っ込んだ準英雄といったところだろう。
そんな奴隷、そうホイホイいる訳がない。
と、そんなことを思っていた時期も、俺にはありました。
「ええ、宜しいでしょう。わたくしに戦いのことはよく分かりませんが、アルス様のお眼鏡に適う中で、なによりカキュー様に仕えることのできるレベルの奴隷となれば、あの者しかおらぬでしょうな」
「いるのですね! ぜひっ! 紹介してくださいっ!」
「畏まりました。それでは少々お待ちくださいませ。おい、君。例の者をここに連れてきなさい」
「えっ!? あの奴隷ですか!? い、いえ! すぐに準備いたします!」
って、いるんかーーーーい!
そう叫びたくなる程にすんなりと話がまとまってしまった。
最初から凄腕の商人だとは思っていたが、まさかこんなに都合よく人材を用意できるとは、さすがの俺にも予想できなかった。
これは商人であるセバス氏の功績が大きいのか、それともアルスがやたらめったら豪運なのか。
たぶん、後者だろうなあ……。
俺が赤子時代のアルスを拾ったことも含め、昔からやけに運がいいのである。
まるで世界そのものに愛されているかのような、そんな強制力を持った運気を感じさせる。
そうして店主であるセバス氏が店員を呼びつけしばらくすると、アルスの前に一人の奴隷が連れてこられた。
以前のように個室へ案内しVIP待遇にしないのは、三歳児のアルスに状態の悪い奴隷を見させないようにする配慮と、エルザのように経歴が危険な者ではないという、二重の意味からくるのだろう。
どんなに腕の良い商人とはいえ、奴隷商である以上は四肢が欠損した奴隷、絶望し生きる気力の無い奴隷、躾けがなっていない危険な奴隷と、色々内包しているだろうからね。
まだあの店の中を直接案内するには、アルスには刺激が強すぎるだろう。
まったく、気の利くおっさんだ。
「こちらが我が商店における、現在で用意できる最高峰の奴隷となります。どうでしょう、アルス様」
「ふわあ……。すごい大きな方ですね! ムキムキです! ムキムキ!」
「…………」
現れたのは身長二メートルを優に超える大男。
鍛え抜かれた鋼の肉体と、リラックスした状態ですら隙の無いその出で立ち。
間違いなく戦士として最上級であろうツワモノであった。
ただし、今も失ったままであろう、その視力のことがなければ、だが。
「はっはっは。そう、ムキムキでございます、アルス様。彼はとても強い。それこそ冒険者の基準に収めれば、軽くA級は堅いでしょう。もしかしたらSにすら届くやもしれませぬ」
「すごいですね! きっとこの方は、僕よりも強いです!」
「そうですか、そうですか。それはお眼鏡に適い、わたくしも嬉しく存じます。ただし────」
────彼は過去に受けた呪いが原因で、その視力を失っているのですよ。
最後にそう付け加え、笑顔で細められた目の隙間から、油断なくアルスを見据えるセバス氏。
……なるほどね。
セバス氏はたぶん、アルスのことを試しているのだろう。
まず前提として、俺の力なら彼の視力をなんとかすることができる。
そうでなくとも、これ程のツワモノを前に見逃すなどありえない。
たとえ呪いとやらが思いの外に厄介であったとしても、即決で購入するに決まっている。
だが、そんな事情を知らないアルスはどうだろうか。
もしかしたら躊躇するかもしれない。
もちろん、それも正しい反応だ。
そして、この奴隷を買わないというのも正しい選択の一つだ。
決定権はお遣いを頼まれ、実際に交渉したアルスに委ねられている。
この取引に、失敗はそもそもないのだ。
だが……。
「もちろん買います! おいくらですか? それに、お父さんとお母さま以外で、僕より圧倒的に強い人を初めて見ました! やっぱり、僕なんかまだまだなんですね! 世界にはすごい人が沢山いるって、お父さんの言っていたとおりだ……!」
「ほう……。即決でございますか」
「…………ッ!」
説明を受けてなお一点の曇りもない歓喜と憧憬に、セバス氏は深く頷き、奴隷の戦士は内心で動揺する。
まあ、こうなるだろうとは思っていた。
「ふふふ、さすが俺の息子だ。やはりこの子は天才だっ!」
「何を仰っているのですか旦那様。それでは親バカが過ぎます。気を引き締めてくださいませ」
いや、そういうエルザこそ興奮してガッツポーズ隠せてないじゃん。
腕、ぶんぶん回してるじゃん……。
あと、ちゃんと話は聞いてるから、無意識に俺の耳をひっぱるのやめてください、痛いです……。
「エルザさん、ちょっと痛いです」
「アルス! 私のアルス! さすがです、母は信じてましたっ!」
「聞こえてないなこりゃ」
まあいい。
なにはともあれ、あのアルスである。
俺が鍛え、エルザの教育を受けつつも、平然とそれをこなす三歳児だ。
この程度の試練、アルスにとっては試練にすらならないだろう。
あまり、うちの息子を舐めないでくれよ、セバス氏。
俺の息子はそちらが思っている以上に、規格外だぞ。
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