【012】凄腕商人セバスの慧眼



「こんにちは。ここはセバスター奴隷商店ですか?」


 アルスがセバスター奴隷商店へと訪問すると、さっそく店員らしき男をみかけ声をかけた。

 こんな裏路地に構えた店に対して、全く物怖じしない我が息子にさすがと言えばいいのか、何と言えばいいのか判断に悩むところだな。


 ただ、やはりというべきか見た目三歳の幼児が訪れた事に店員の男は困惑し、怪訝な表情で状況を思案している。


 まあ、そりゃそうだ。

 普通だったらこんな場所に身なりの良い子供が一人でいるなんて、迷子とか子供の悪戯とかだと思うだろう。


「……ん? ……なんだろうこの子供は? いいかい、ここは子供が来るような場所じゃ────」

「────待ちなさい君。その子の相手は君では荷が重い、私が代わろう」


 すると案の定、男に門前払いになりかけたアルスであったが、どうやら店舗の奥で様子を窺っていたらしいセバス氏がわざわざ店員を押しのけてやってきた。

 おお、まさか店主本人であるセバス氏がわざわざ対応するとは、やはり彼は有能である。


 この不自然な状況に商人としての勘が働き、只事ではないと乗り出してきたのだろう。

 見る目があるな。


「こんにちは、おじさん。ここはセバスター奴隷商店ですか?」

「そうですとも、小さなお客様。いやはや、先ほどは店の者が失礼を致しました。して、何か御用ですかな?」

「はい。奴隷を買いに来ました」


 屈託のない笑みで奴隷を買いに来たと断言する三歳児。

 いやー、異世界って怖いわ。

 これがこっちの世界の文化とはいえ、……いや、こっちの世界の文化でもこのシチュエーションはかなりレアだな。


 うん、怖いのはこの状況になんの違和感も感じていないアルスと、それに自然に対応できているセバス氏の方だった。


「ほう、奴隷を……」

「はい。城の使用人として働いてくれる奴隷を購入するように、お遣いを頼まれたんです。お母さまからは、ここの店主は有能だから優先的に訪れなさいと言われています」


 セバス氏はまず、城の使用人という言葉に強く反応した。

 この身なりの良い三歳児の口から飛び出した城という単語から、おそらく高位貴族の身内だとでも思ったのだろう。


 だが、そうであるなら護衛すら連れていないこの状況はどうなのか。

 そう考えた彼は次に、お母さまからは、というキーワードを思案する。


 ここからはただの予想だが、恐らく自分の知り合いになるであろう女性の中で、この状況下で自らの子供を寄こし、城という単語に関連付けた人物を頭の中で検索をかけているに違いない。


「ふむ……。ふむ……。まさか、いや、そのような事が? ですが、しかし……。だが、それしか考えられない……」

「あの、どうしましたか?」


 セバス氏は思い当たる節があるのか、アルスに向けて驚愕とも、畏怖ともとれる表情を向けた。

 いや、表面上はそうだが、この感情の揺らぎ方はどちらかというと、その背後にいるであろう人物に向けて恐れを抱いている、というのが近いか?

 また、同時にここが商機だとも考えているようだ。


 どうやら彼は、アルスを差し向けた人物のことを知っているらしい。

 いやー、ほんとうに、だれなんだろうなー。


 ……冗談はやめよう。

 いやはや、さすが俺の見込んだ商人だ。

 このやりとりだけで背後に居る人物に当たりをつけ、目の前の子供が何者であるか理解するなど並大抵のことではない。


 この事態を仕組んだ親として、悪魔として、その智謀に賞賛を贈ろうではないか。


「おっと、これは申し訳ありませんお客様。少し思い出に耽っておりました、いやはやお恥ずかしい。しかし大きくなられましたな、アルス様。カキュー様とエルザ様はお元気にしておられますかな?」

「えっ! どうして、お父さんとお母さまのことを?」


 ドンピシャで家族の事を言い当てられ動揺し、そして父と母の知り合いであるらしいことが分かり目を輝かせる。

 アルスは父である俺には絶対の信頼を置き、母であるエルザには尊敬の念を抱いている。


 自分でいうのもなんだが、そんな大好きで偉大な家族と知り合いだった大人ということで、きっと楽しくなってしまったのだろう。


「ふっ、照れるな。しかし、やはり彼は有能だ」

「当然の結果でございます旦那様。この程度を推察できないようであれば、あの男とアルスの縁を取り持つつもりなどありえませんでした。ですが、最低限の働きをしたと見るべきでしょう」


 おおう、相変わらず手厳しいねエルザは。

 だがこれで分かった。

 やはりこの凄腕の商人とは今後も付き合っていくべきである。


「ええ、知っていますとも。お客様……、いいえ、アルス様が生まれたばかりの赤ん坊だった頃からの縁でございます故。たしか一年程前にもエルザ様とはお会いしましたが、やはりわたくしの勘は間違っていなかったようですな」


 一年程前にエルザが奴隷契約の解除を申し出た時のことを言っているのだろう。

 まあ、最初からセバス氏には二年契約であると内密に告げていたので、すんなりと契約解除は済んだようだけどね。


 安易に奴隷を手放すという、その時のありえない状況のことも含めて彼は俺のことを過大評価している節がある。

 そこらへんは何を想像しているのか全く分からんが、実際は俺の個人的な都合によるものなんだけどなあ。


 まあ、いいか。


「して、この度はどのような奴隷をお求めで? ご両親には大変お世話になっておりますから、最大限の対応をさせていただきます」

「はい。えっと、実は────」


 ────僕と同じぐらい強い奴隷さんを、選んでくださいませんか?



 そしてアルスは、とんでもないことを言い出した。




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