【007】最高級の戦闘奴隷



 奴隷の購入を決意した翌日。

 善は急げということで、さっそく南大陸随一の大国とよばれる国の首都に来ていた。


 だがやはりというべきか、とにかく治安が悪い。

 取引相手になるだろう商人に舐められないために少しオシャレな恰好で出かけたのだが、おそらくこれがいけなかったのだろう。


 貴族服らしきものを着用した全く強そうに見えないモヤシ野郎が護衛も連れず、なおかつ赤子と言う弱点を抱いて裏路地をうろちょろしているのだ。

 その手のゴロツキや闇ギルドの連中からは、まさにカモがネギをしょって歩いているように見えたことだろう。


「くそっ! あの優男どこへ行きやがった! おい、必ず探し出せ!」

「へいっ!」


 今も俺を探すこの都市の暴漢らが駆けずり回るが、次から次へと本当に懲りない連中だ。

 追いかけてくる相手の気配を探り、意識の隙間を縫って行動しているためもう二度と見つかることはないだろうが、面倒なものは面倒なのである。


 もういっそのこと、遮音結界を展開しながらダッシュで奴隷商店まで駆け抜けるか?


「アウ~? ウキャッ!」

「まあ、唯一の救いはお前がこの状況を楽しんでいることだな、アルス。赤子のくせに、本当に胆力のあるやつだ」


 アルスは俺のことを絶対的に信頼しているのか、なぜか強面こわもてなゴロツキ連中を見ても泣かないし、怯えない。

 むしろ彼ら相手に立ち回る俺の動きを見て、ウキャウキャと喜んでいるくらいだ。


 もしこれでアルスが泣いてしまうようであれば、俺は躊躇なく面倒なやつらを殴り飛ばしていた事だろう。

 ああいう連中は、一度力の差を理解すればおとなしくなるのである。

 まあ、これは最終手段なので今のところそのつもりはないけどね。


 ちなみになぜ奴隷商店へ行くのに裏路地を通らなければならないのかというと、基本的に表通りにはそういった関連の店は無いからだ。

 奴隷は立場が低く汚らわしいと思う人間も多いし、都市の景観的に配慮して欲しいという同調圧力がある。


 なので娼館、奴隷商店、といった店は一通りまとめて道を外れた場所にあるのである。


「で、やっとついたって訳か」

「おや、これはこれは高貴なお客様、いらっしゃいませ。わたくし、セバスター商会のセバスと申します。さっそくですが奴隷をお求めでしょうか? 見たところ護衛はお連れでないご様子。戦闘奴隷ならとっておきがございますので、ぜひともご覧いただければと。赤子にも配慮できる有能な人材を取り揃えております」


 そうして辿り着いたのはこの大国でもそれなりに大きめの商会が経営する、セバスター奴隷商館である。

 舐められないように高級服に身を包んだため、向こうはしょっぱなからセールストーク全開だ。


 たぶん領地を継ぐ前の貴族のバカ息子がお忍びで来ているとでも思っているのだろう。

 赤子とか連れているし、平民に産ませ都合が悪くなった赤子を売りに来たのかとも思っていそうだ。


 しかしそうは思っていても、赤子が万が一にも継承権を持っていた時のことを考えて、それは口にしていない。

 なかなか見どころのある商人である。


 名はセバスとか言ったか。

 覚えておこう。


「そうだな、赤子に配慮できる人材が揃っているのは好ましい。目的は戦闘奴隷ではないが、さっそく店の中を見学させてもらっても良いだろうか?」

「仰せのままに。ささ、こちらでございます」


 恰幅の良いセバスさんに案内され、一通り奴隷たちを見て回る。

 うんうん、なかなか多種多様な人材を取り揃えてるね。

 有能な人材を用意しているというのは本当のことのようだ。


 だがそれでも、俺が求めている水準には今一つ届かない。

 中年の女性エルフはいるし、エルフでなくとも赤子を連れた俺に偏見のない瞳を向ける竜人もいる。


 だが惜しい、あとわずかに能力が物足りない。

 もちろん性格を重要視するのは当初の目的通り当然のことなのだが、能力だって重要なのだ。


 なにせアルスは世界最高の男に育て上げるつもりなのだから、お世話係にだってそれなりの力が求められる。

 品性と戦闘力、そのどちらも一定の水準がなければ、俺は満足できないのである。


 うーん、これは困ったな。

 しかしここで妥協はできない。

 アルスには最高の環境を用意してやりたいからだ。


「お決まりになりませんかな?」

「いや、決して悪くはないんだよ。悪くは。ただもう一歩、戦闘技術のある者が見たいな。あるのだろう、とっておきが。それを見せてくれないか?」


 さっきは戦闘奴隷はいらないと言ったが、ここまで来たらそのとっておきとやらも見ておこうと思う。

 金ならいくらでも積むし、それで目的のお世話係が見つかれば儲け物だ。


 向こうだって既に俺が金を持っているのは知っているはず。

 見せるのが嫌とは言うまい。


「畏まりました。ただし、一つだけ同意してもらわねばならぬ事があります」

「具体的には?」

「いえ、決してお客様にお見せするのが嫌だという訳ではありません。ただ、少しその奴隷の経歴が問題でして。購入しなかった場合、その奴隷が店にいたことは他言無用でお願いしたいのです」


 なんだ、そんな事か。

 この有能なセバス氏が商人としてとびっきりと言えるくらいの奴隷だ。

 そんな者がこんな場所にいるのだから、そりゃあそれくらいの事情があっても不思議ではない。


 たぶんセバス氏がこう言うのも、自分に危険が及ぶからではなく、上客になり得そうな俺に危険が及ぶのを防ぐためだと思われる。


「構わないよ。案内してくれ」

「……私ごとき商人にここまで言われて、全く動揺も無いとは。おみそれいたしました。では、どうぞこちらへ」


 俺の態度を自信の表れか、もしくは器の大きさと捉えたのか、より御眼鏡に適ったようでなによりだ。

 普通の貴族だったら、商人に釘を刺されるなんて許容できないだろうから、その辺を誤解しているのだろう。


 そしてこの商店でもVIP専用だろうと思われる個室に案内され、セバスター商会とっておきと太鼓判を押された奴隷を拝見した。


「……これは」

「どうでしょうかお客様。我が商会、最高の戦闘奴隷でございます。経歴は────」

「いや、言わなくていい。凡そ察したし、細かいところは直接聞くことにしよう」


 そこに佇んでいたのは、艶やかな銀髪をショートボブにした小麦色の肌を持ったエルフ。

 いや、ダークエルフであった。


 そしてこのダークエルフ、俺の目から見ても相当高位のだ。

 


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