【006】母親選び


「バブー! バブー!」

「おお、よしよし。お腹がすいたのか? ちょっと待ってろアルス。いま父ちゃんがおいしいご飯を作ってやるからな」


 人跡未踏の土地、東大陸の拠点で俺は息子となった赤子のために魔法を行使する。

 もちろん赤子のご飯と言えば母の乳だが、当然俺にそんな機能はないので魔法で疑似的に同じ成分の魔法液を用意し、哺乳瓶に入れて飲ませているところだ。


 下手な乳母よりも俺が用意した物のほうが発育には良い最高級仕様のご飯である。

 俺はアルスと名付けたこの子を人類最高の男にすると決めているので、生まれたてだろうとその英才教育には余念がない。


「バブアーー!」

「ふふふふ……。そうか、ご飯は美味いかアルスよ。そうだろうそうだろう。はーーーはっはっはっは!」


 ちなみにこのアルス専用魔法液にはバランスの取れた栄養だけでなく、魔力増大・才能開花・知能向上といった魔法的な永続効果まで付与されている。

 これを仮にこの世界の王族が手に入れようと思ったら、それこそ宝物庫に死蔵されているであろうエリクサーとの等価交換になるだろう。


 それくらいの価値が、この魔法液には存在する。

 材料にドラゴンの血とか、世界樹の雫とかが必要になるから、まあ妥当な価値ではあるのだけど。


 いやはや、完璧な育成計画だ。

 これぞまさに悪魔的英才教育といっていいだろう。



「しかし、能力の向上はこれでいいとして、さすがに俺一人でこのまま育てるという訳にもいかないな……。さて、どうしたものかな~」


 滅びてしまった開拓村でアルスを拾ってから一週間程が経つが、未だ解決策は思い浮かばない。

 というのも、アルスをあくまでも人間として育てるためには、悪魔的教育とはまた別方向からのアプローチが必要になってくるからだ。


 ご存じの通り、そもそも赤子なんて育てた事など一度も無い。

 その上でアルスの人間としての感受性を豊かにするためには、様々な人とのコミュニケーションや、友達との喧嘩、母の愛情、そして俺が留守にしている間のお世話係なんてものが必須だろう。


 そう考えると、やはり俺一人で育てるというのには無理があると判断した。


「う~ん。俺の異常性を受け入れられて、アルスを裏切らず、母としてお世話係として仕事をしてくれる、都合の良い人材か……」

「バブゥ~」


 そんな人間居るのだろうか?

 いや、居なさそうだ。


 だがそれに近い存在なら心当たりがある。

 いわゆる、契約に縛られた魔法のあるこの世界特有の職業。


 そう、奴隷である。

 奴隷なら裏切りなどありえないし、黙って仕事もこなすことができるだろう。

 しかしそれでもまだ重要な欠点があった。


「ただな~。奴隷はアルスの教育に悪いんだよ。母親代わりにしていた人が奴隷だったなんて知られたら、アルスの中で俺の評価が暴落する。それだけは避けねばならん」


 もし仮に、大人になったアルスに「父さんがそんな人だったとは思わなかった。今すぐ母さんを解放してくれ」なんて言われたら、俺はショックから立ち直れない自信がある。

 だからどうにか奴隷という立場をうまくごまかして、その役割だけ引き出せればいいのだが……。


 と、そこまで考えて閃いた。


「そうだ! 購入した奴隷の雇用を、期間限定にすればいいんだ! それなら立場に不満がでるはずもない! いわばこれは長期の雇用契約! ただの雇い主と雇われである!」

「ウキャァ~!!」

「おお。お前もそう思うかアルス。なら決まりだな」


 言葉を理解している訳ではないだろうが、親が喜んだことに反応して笑顔を見せる。

 くくく、可愛いやつめ!


 しかし我ながら天才的なアイデアだ。

 アルスの自我が確立する二歳くらいを目途に解放してやれば、奴隷から救った俺にも、そして自らの手で育てた子供であるアルスにも愛着がわくだろう。


 完璧な計画である。


 問題はどんな親代わり兼メイドを選ぶかだが、これはやはり長命種が最適だろう。

 この世界での長命種というと、エルフ・ドワーフ・竜人あたりなんかだな。


 それらに比べて短命な人間・獣人の質が悪いという訳ではないのだが、短命な人間種というのはやはり視野が狭い。

 人生経験が浅いとも言う。


 故に差別的だし、俺やアルスのような異質な境遇の者を受け入れられない可能性が出てくる。

 その点長命種は気が長く牧歌的だし、彼らの時間軸で二年の雇用なんて瞬きをするうちに終わるくらいの時間だ。


 不満やストレスが生まれにくい可能性が高いということである。


「そして、その中でもエルフは特に長命だ。消去法的にはこれしかない」

「ダァ?」


 それも、なるべく歳を経たエルフが良い。

 彼ら彼女らの外見年齢は、成人後一切変わらないからだ。


 なら下手に若く反骨精神のあるエルフよりも、よりおおらかな中年エルフを選ぶべきだろう。

 年齢に換算すると、四百歳くらいがベストだろうか。

 ちなみに、種族としての寿命は千年程らしく、いまの世にもギリギリで魔王侵攻の時代を生き抜いたエルフも存命しているのだとか。


「で、問題はどこで奴隷を買うかなんだよな~」


 候補は二つある。


 まず西大陸の開拓村があった国の王都。

 ここには常連としていくつかの店に顔が利くので、特にトラブルなくエルフを購入できるというのがメリットだ。


 しかし西大陸には人間が先導する教国があるせいか、人間至上主義の傾向が強い。

 居心地の悪さ故か、亜人とよばれるエルフなんかは王都の付近にはあまりいないだろうし、よっぽどじゃなければ条件にあう奴隷がいるとも思えないのがデメリットだ。


 で、次の候補は南大陸のいずれかの国家で購入するという案。

 亜人も多く生息し、西大陸よりも未踏の地が多いため、働き手として奴隷の需要も高い。

 探し物は簡単にみつかるだろう、というのがメリットだ。


 ただし、南大陸は未踏の地が多く人の暮らしが安定していないため、当然治安が悪い。

 治安が悪いという事は、トラブルに巻き込まれやすいということだ。

 俺はアルスを連れて買い物に向かう訳だから、なるべく絡まれるようなことにはなりたくない。

 もちろん絡まれたらぶっとばすしかないが、情操教育的にはマイナスだろうし、万が一の危険もある。


「ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な~」

「キャッ! キャッ! キャ~!」


 まさに一長一短といったところだが、……さすがに南かな。

 トラブルは俺が全力で回避するか、最悪アルスにわからないようにねじ伏せればいい。

 そう考えると奴隷が選り取り見取りな南大陸を選択するのが、今後を考える上でベストだろう。


「よ~し決まったぞアルス! 俺は南大陸でお前のお世話係を連れてくることにした!」

「ウキャァ~~~!!」

「そうか、お前も嬉しいか! よーし、父ちゃん頑張っちゃうぞ!」


 資金は潤沢にあるので、金にモノを言わせて最高のエルフを連れてこよう。

 うん、そう決めた。


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