【005】聖騎士と、燃える開拓村



「ふむ、元A級冒険者と聞いて用心したが、やはり邪教徒などこんなものか。それに老いには勝てぬようだな」

「う、うぬぅ……! おぬしら、なぜこのような何もない村を……!」


 とある西大陸の片隅の辺境。

 そこにひっそりと存在する開拓村に悲劇が訪れていた。


 一個小隊を持つ聖騎士の手により民家は燃え、食料は荒らされ、平和にくらしていたはずの村人は殺される。

 確かに悲劇ではあるが、しかし、この世界ではよくある光景でもあった。


 だがそんな世界の事情は村人には関係がないし、悲劇は悲劇だ。

 この光景を目の当たりにした開拓村の老兵も、聖騎士を相手に何も成せぬ悔しさに表情を歪め血の涙を流し、悪鬼のごとき所業を成す彼らを許せないのだって、また無理はない。


「なぜ、だと? とぼけるなよ、老兵。それならなぜ、あの肉と貴様らに魔族の気配がこびりついている」

「魔族の気配じゃと? な、なにを言っている!? そんな馬鹿な話があるか!」


 老兵は吠える。

 しかし全盛期に比べ年老いて衰えた肉体では、この小隊を任される聖騎士隊長には敵わない。

 完全に手詰まりであった。


 だが、それは諦める理由にはならないと老兵は考える。


「ふむ、諦めきれないか? 邪教徒らしく、見苦しい男だ。いいだろう、これで終わりにしてやる」


 そう言って聖騎士隊長はミスリルの剣を老兵に向け、聖騎士としての強大な魔力を込める。

 いわゆる、魔力操作による武器強化という技術だ。

 そうすることで老兵の持つ武器ごと断ち切ろうとしているのだろう。


 あまりにも強大な魔力と、彼我のもつ装備の差に歯噛みした老兵は悟る。

 既に満身創痍の自分では太刀打ちできず、まともに武器を交えぬうちに自分の首は取られるだろうということを。


「もはや、これまでか……」


 ────すまぬ、カキューよ。

 ────お前さんが来るまで、時間を稼ぐ事ができなかったようじゃ。


 この先自分の身に起こる全てを悟り、世話になった恩人の青年に心の中で謝罪し、老兵は首を刎ねられた。

 ……そもそも、なぜ彼はカキューを待っていたのか。

 それはひとえに、若き日にA級冒険者として名をはせた老兵は、恩人の底知れぬ実力を知っていたからだ。


 いつも飄々と現れては持ってくる彼の肉が、本物のドラゴンのものであることも。

 そして、一見優男に見える彼の立ち振る舞いには一切の隙が無く、底知れぬ実力を確かに感じることを、最初に見た時から理解していた。


 だが老兵は別に、恩人が何者でもどうでもよかった。

 ただ村の者に優しく接し、明るく、何よりこの村を好きでいてくれる彼のことを、家族のように思っていたのだから。


 そんな老兵の想いを理解することもなく、首を落とした聖騎士隊長は宣言する。


「さて、邪教徒の村は蹂躙した! それでは我らは一度、教国へと帰還するぞ。任務の報告をしなくてはならん。お前達も私に続け!」

「はっ!」


 村人の全滅を確認した彼らは殲滅した村を背後に、教国領へと去っていくのであった。


 だが、彼ら聖騎士たちは知らない。

 この穏やかだった村が、一体何と友誼を結んでいたのか。

 友誼を結んだ相手が本当はこの世界の者ですらなく、魔族などという生易しい存在ではないことを、彼らは知らない。


 そして彼らは気付いていない。

 皆殺しにしたはずの村人たちの中に、たった一人の生き残りがいることを。





「……そうか。そんなことがあったのか、爺さん。遅れてすまなかったな」


 前回のドラゴンバーベキューから一ヶ月。

 王都から再び開拓村へと土産を届けにきた俺を待っていたのは、何者かに荒らされ滅びた開拓村の姿だった。


 どうやら俺は間に合わなかったらしい。


 それに、何者かなんて言い回しはやめよう。

 本当は誰がやったのかなんて、手に取るようにわかる。


 なにせ俺は下級とはいえ悪魔だ。

 この場に残った魂の残滓から情景を読み取ることは容易いし、そもそもこの村の近くでこんなことをする集団なんて、奴らしか思い浮かばない。


「しかし、これも人の営み。争いによって命を落とすのも、また自然の摂理というやつだ。悪魔である俺が、いちいち干渉するような事ではない。……って言えたら、楽だったんだがな」


 そう、俺は悪魔だ。

 人の生き死になどに一々頓着はしないし、二千年も生きていればそういうこともあるだろう、という程度で済まされる。


 本来ならば、そうであった。


「だが、不幸にも俺の精神構造は庶民的でね。元は人間だからか、一度友誼を結び、行商のカキューを仲間として受け入れてくれたこの村には、世話になったと思っているんだ」


 この村のやつらには、本当に世話になった。

 この異世界にきてからはじめて心を開いた者たちだったし、なにより一緒に居て楽しかった。


 爺さんはちょっとバカだし、道具屋のばあさんは偏屈だし、そんな二人のひ孫は、俺によく懐いていた。

 俺は、この村のやつらが大好きだったんだよ。


 思わず拳を握りしめ、力を入れ過ぎた手からは血が流れる。


「ああ、これは怒りだな。そうだ、俺は怒っている。恩を受けた村人たちを殺され、なにもできなかった俺自身のクソみたいな不甲斐なさに、間抜けさに、油断に、怒りを覚えている。……だからこれは、俺の、悪魔の八つ当たりというやつだ。聖騎士よ、許せ」


 筋違いだとは分かっている。

 こうなったのは全て、俺が油断し、情報の隠蔽を怠ったせいなのだから。


 だが、止められない。

 止められるはずがない。


 俺はおもむろにこの惨状を作り上げた聖騎士小隊とやらの方角に手をかざすと、自身に内包する魔力を循環させ、静かに魔法を行使した。


「────メテオスマッシュ」


 そう呟くと同時に、遠くの地に向けて空から一筋の流星が落下していく。

 ああ、あの規模の隕石が彼らに落ちたら、きっと聖騎士小隊は抵抗も許されずに滅ぶだろうなあ。


 だが後悔はない。

 聖騎士らがこの村の者たちを許さなかったように、俺も彼らを許す事などないのだから。


 そして遥か彼方で、轟音と共に破滅の光が爆ぜた。

 爆心地からはキノコ雲が立ち上り、聖騎士たちの命が一つ残らず消えたのを理解する。


「きたねえ花火だ、ってか」

「オギャア! オギャア!」

「おっと、お前もそう思うかい? ははは、それはよかったよ」


 爆音に反応したのか、この開拓村で唯一生き残っていた赤ん坊が声をあげる。

 そう、この村には生き残りがいたのだ。


「しかし、お前も運がいいなあ。押し入れにお前を隠していた母ちゃんに、感謝しろよ?」

「オギャ!」


 どういう偶然か、または必然か。

 魂の残滓から得られた情報では、この赤ん坊は押し入れにいれている時はまったく声をあげず聖騎士に悟られなかった。


 にもかかわらず、俺がこの村に足を踏み入れた瞬間、大声で泣き叫びはじめたのだ。

 まったく、本当に運がいいやつだ。


「さて、見つけてしまったものは仕方がない。実は俺はこうみえてけっこう暇なんだ。お前、俺についてくるか?」

「キャッキャッ!」


 そう声をかけると、先ほどまで泣いていた赤ん坊はニコニコと笑い、俺に返事を返した。

 言葉はわかっていないはずなのに、状況は感じ取れるらしい。

 まったく、賢い子だ。


 だがそうか、ついて来るのか。

 そうだな、それもいいな。


「よし、それなら今日から俺は、お前の父親だ。大きくなったら父ちゃんと呼ぶがいい」

「キャッキャッキャッ!」

「はははははははは! 安心しろ! いままで赤ん坊を育てた事は一度もないが、お前を立派な男にしてみせるぞ! はーーーはっはっはっは!」


 こうして最恐の下級悪魔こと俺は、赤ん坊を育てる事にした。

 そうだな、どうせ育てるんだ。

 将来こいつは、優しくイケメンな、この世界を救うくらいの最強の男にしてやろうじゃないか。

 そして息子となったこの子を、最後の最後まで守り抜いてみせよう。


 そうでもしなきゃ、この村のみんなにも、いずれ成長した息子にも合わせる顔がないからね。


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