【004】巡礼する聖騎士たちの噂
突然だが、この世界にはアンチ魔族とも言える宗教国家が存在する。
地球では無かった事だが、魔力が異様に濃いこの世界では魔族や天使といった超常の者が足を踏み入れやすく、かなり身近な存在として人間社会に深く関わっているからだ。
歴史によれば千年前に一度、西大陸に魔王を頭に据えた魔族からの侵攻があったともされるくらい、この異世界とは切っても切り離せない関係にあるらしい。
「へえ~、それでその教国の聖騎士小隊とやらは、定期的に周辺国の国境をまたいで魔族の調査をしてるのか」
「そうなんだよカキュー。周辺国としちゃ気に入らない軍事行動のように見えるらしいんだけどね、やっていることには筋が通ってるってんで、暗黙の了解として黙認されているのさ」
と、いうことのようだ。
ちなみに今この話をしてくれているのは教国とはだいぶ離れた開拓村のある国の王都。
かれこれ開拓村で火竜のバーベキューをしてから、ちょうど一ヶ月くらい経っていた。
よって俺はまた開拓村になにか土産でも持って帰ろうと、たまにはドラゴン肉以外に何かがないかと探している。
それでもって、ついでに道具屋でナウい(死語)お土産を物色しつつも、こうして情報の集まる場所で聞き込みをしているところだ。
実際、こういうちょっとした調査なんてのも馬鹿にならない。
確かに俺は普通の人間が知り得ることのない知識と力を持っているが、だからといって全知でもなければ全能でもないからね。
せいぜい器用で万能くらいが関の山だ。
だから知らないことを調査もするし、なにより栄えた街にまで届く周辺の話というのは、この街にとっても重要なことだからこそ話題にあがるものである。
漂流から三年経ったとはいえ、まだまだ右も左も分からない俺には貴重な判断材料だった。
「でもおばちゃんや、……あ、いや、お姉さんや。魔族っていったってさ~、そんな簡単に見つかるものでもないだろう? 巡礼なんかしたくらいで、手がかりがあるとは思えないなぁ」
おばちゃんと言った瞬間に届いた殺気に冷や汗を流しながらも、感想を述べる。
魔族だって人間にちょっかいを出す傍ら天敵の天使にみつかったらヤバい訳で、姿を隠しながら行動するに違いない。
もちろん大きく動くときもあるだろうけど、聖騎士にみつかるようなヘマをするかなぁ。
いや、しないだろうなぁ、と俺は思う訳である。
だが、おばちゃん、もといお姉さんの意見は違うらしい。
「そりゃあいつも見つかる訳ではないさ。そんなに魔族があちこちにいたら、人間なんてとっくに滅んでしまうからねぇ。でも、聖騎士たちだって馬鹿じゃない。もちろんアテがあって行動しているのさ」
……なに?
どういうことだろうか?
そしてよくよく詳しく聞いてみると、神の祝福とやらを受けた教国所属の聖騎士たちは、対魔族といってもいい超直感のようなものを備えているらしいことが分かった。
といっても、よっぽど濃い影響のある場所じゃないと巡礼に駆り出される程度の下っ端聖騎士では判断がつかないし、ちょっとやそっとの影響を感知するには、それこそ聖女といった大物の力が必要になるのだとか。
なるほど、確かに天界と人間界の距離が近いとは理解していたが、こういうところにも影響が出ているんだなと実感する。
地球だったら考えられないからね、こんなの。
神の祝福で特殊能力を得るなんて、歴史に名を遺した聖者くらいの大特技だ。
それがこっちの世界ではたかが下っ端の聖騎士ですら使える小技である。
あまりの待遇の違いに、涙がちょちょぎれそうだよ。
「へぇ~、ためになる話をありがとうお姉さん。それじゃ、俺はここいらでお暇するよ。また来る」
「あいよぉ。カキューは数年前からのウチの常連だし、こんなことくらいお安い御用さね。また来たら何か買っていきなよ」
「ああ、もちろんだとも」
そう言って俺は道具屋の女主人に別れを告げて店を出た。
彼女とはかれこれ二年ほどの付き合いとなるが、あいかわらず気のいい人間である。
「……と、そんな事を言っている場合じゃないな。これは思ったよりも大事になりそうだ」
そう考えた俺は、人間として自然に漏洩している程度の魔力を完全に蓋して、自らの魔力の痕跡をこの王都から掻き消した。
……そう、その聖騎士とやらに、今後彼女が巻き込まれないようにするためである。
「やばい、やばいぞ。聞いた話じゃ今年行う巡礼のコースは開拓村の付近だ。あそこには俺が散々魔法で加工したドラゴン肉をおろしている。というより、関わり過ぎた。やばい」
これは、今から転移を行ってもちょっと巡礼には間に合わないかもしれない。
既に開拓村に聖騎士が到着している可能性は極大といってもいい。
もし道具屋の女主人の話が本当なら、巡礼に派遣されている下っ端の聖騎士らが村人に危害を加える可能性すらあるのだ。
それはダメだ、それだけはまずい。
俺は悪魔であるが、元々地球人の記憶を持つちょっと常識のズレた悪魔だ。
もし俺のせいで彼らが取返しのつかないことになってしまったとなると、心にはトラウマが残るだろう。
そして、俺はそういったトラウマに弱い。
胃に穴が空きそうになるのだ。
というか、もう胃は手遅れかもしれん。
「ええい! うだうだ言っている場合じゃない! なんでもいいからさっさと転移だ! 話はそれからだ!」
急いで人目につかないところに走りついた俺は、既にストレスで胃に穴が空きそうなのを我慢して開拓村へと転移したのであった。
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