【003】漂流から三年たった


「よっこらせ~の、どっこいしょ~っと……。う~む、美味なり」


 この世界に漂流してからおよそ三年。

 おそらく存在するだろう天界や地獄界といった者達への情報収集に精を出しつつも、森の中でのスローライフを満喫していた。


 結論から言うと、この世界にもやはり管理者は居たらしい。

 天界には世界を生み出した創造の女神や、下級神族として仕えている剣神とか武神とか、そういうのがちゃんと存在していたのだ。


 そして当然、地獄界も存在する。

 こちらの世界では魔界と呼ばれているらしいが、まあ内容は同じようなものだ。

 神々に敵対する魔の者たちの集団が生息する地域、それが地獄界や魔界といった世界なのだから。


「やっぱ火竜の唐揚げは美味い。このとろける肉の柔らかさと、コリコリとした魂の触感が病みつきになるね」


 だからこそ考える。

 今の自分の立ち位置がどのくらい危ういのか、仮にそうであるなら、この危うい現状を回避しスローライフを満喫するにはどうしたらいいかを。


 ぶっちゃけ今はまだ、俺の存在は彼らに気付かれていない。

 この世界で無茶をした訳でもないし、天界や魔界に直接出向いた訳でもないからだ。


 それになにより、俺は異世界からやってきた悪魔である。

 多少こっちの魔族と呼ばれる者たちとは毛色が違うので、初見で見破られることはよっぽどじゃない限り無いだろう。


 それに調査した感じ、この世界の天使や下級神とかなら、たぶん戦力的にも大丈夫。

 俺の方が強い。

 地球次元の天使ならヤバかったかもしれないが、こちらの天使や下級神はそんなに恐ろしい程強くはない。


 まあ、その分だけ数は多いが、集団で襲われでもしないかぎり、俺が負けることはないだろう。

 たぶん地球は数より質、この異世界では質より数が多いのだ。

 そして、それは魔界にも言えた。


「ふぅ~、食った食った。久しぶりの大物だったな」


 そこで俺が下した結論は、あれ、この世界そんなに脅威になるヤツいないんじゃね?

 ということだった。


 もちろん創造神たる主神の女神は俺よりも強い。

 だが、地球次元の神様じいさん悪魔王おやぶんと比べたら、大人と子供くらいの力の差があるのだ。


 だったらもう、いいじゃん?

 気持ちよくスローライフを送っても、いいじゃん?

 そう思ったのである。


「さて、朝食は食ったし今日は西大陸の拠点に行くかな~。開拓村のやつら、元気にしているといいな」


 ちなみにこの三年、天界と魔界の調査のため世界一周の悪魔旅行をしたのだが、面白いことにこの星の大きさは地球とほぼ同程度であった。

 ただ当然ながら大陸の在り様は大きく様変わりしており、現在俺が本拠点にしている人跡未踏の土地、東大陸を含め大小様々な土地が海を隔てて存在している。


 その中でも気に入っているのが、中世初期程度の文明を持った人類の生活圏である西大陸と南大陸、それとその周辺の島々だ。

 この世界には魔力を持った海の巨大生物や、地球では考えられないような悪天候によって、船での航海が思いの外厳しい。


 なのである程度距離の近い西大陸と南大陸から外の世界に進出した者は未だおらず、未知の領域となっているのだった。


 ちなみに、一応北大陸にも人類圏は存在するのだが、こちらはこちらで東や西南と距離が離れているため交流が存在せず、北側だけでまとまった文明と世界観を持っている。


 まあ、調査した結果はざっとそんなところだ。


 ところで話は変わるが、西大陸の開拓村のやつらは本当に気持ちのいいやつらである。

 最初彼らに出会ったのは東西南北の大陸に俺の拠点を魔法で創造している時だったが、その時に出会った開拓村の者たちには、それはもう親切にしてもらえた。


 当然トラブルを避ける為、悪魔の象徴である角・翼・尻尾は隠していたが、それを抜きにしてもたぶん受け入れてくれたんじゃないか、というくらいに心の広い連中だった。


 故に開拓村の住人を気に入った俺はたびたび転移で訪れ、行商人を兼業した旅人を装い、彼らと交流を果たしていたのである。

 その頻度、だいたい月一くらいのペースで。


「お~い! 門番のじっちゃん、今日も生きてるか~! ドラゴン肉をおすそ分けしにきてやったぞ~」

「ほっほっほ……、カキューか。儂は元気じゃよ、ほれ、この通りまだまだ現役じゃわい。それにしてもドラゴン肉とは、今日も一段とウソが冴えておるのう!」


 カキューというのは俺の名だ。

 地獄界にいたころは名前なんて無かったが、人と交流するのには不便だろうということで、下級悪魔だし下級、かきゅう、カキューとして名乗ったのである。


 ちなみに毎回お土産としてドラゴン肉を持ち込んでいるのだが、今まで開拓村で信じてくれた人間は一人もいない。

 みんなして冗談だと思っているらしいね。


 まあ、普通の人間は火竜とか倒せないしな、妥当な判断だ。


 別に真実を告げる意味もないし、特に金が欲しい訳でもないので冗談という空気を否定せずにいる。


「おいおい、現役なのは分かったからおちつきなよ。その歳で槍を振り回してたら腰を痛める」

「なんのこれしきっ! ふんっ! はぁっ! せいぁがああああああああああ!? こ、腰がぁっ!」

「いわんこっちゃない……」


 御年六十を超える爺さんがそんな無茶な動きしたら、それはそうなるだろ。

 見事に腰をやってしまったらしい。

 現役のころは冒険者として相当なツワモノだったらしいが、自分の年齢を考えて欲しいものだ。

 まあ、こういう開拓村住人のちょっとバカなところも俺は気に入ってるのだが。


 仕方がないので、とりあえず魔法で爺さんの腰を治療してやる。


「ほら爺さん、大丈夫か?」

「お、おお……。やはりカキューの魔法は老骨によく沁みるわい。行商などせんで、うちの村で治療院を経営したらどうじゃ? ほれ、儂のひ孫もお前さんに憧れておるようでな、将来は美人になるぞ? 夫婦二人で夢の治療院、いいのう」


 いや、いいのう、じゃないから。

 実はこの爺さん、なにかと理由をつけて自分のひ孫を俺にあてがってくるのだ。

 もう何度も断っているのだが、諦めるという事を知らないらしい。


 だが無理なものは無理だ。

 俺はロリコンではない。


 だって爺さんのひ孫、まだ9歳のお嬢ちゃんだぞ?

 引き取れるわけないだろう。


「ほら、馬鹿いってないでみんなで焼肉パーティーしよう。ちなみにこれ本当にドラゴン肉だから」

「ほっほっほ、分かっておるよ」


 分かっているよと言いつつ、まったく信じていなさそうな爺さんを引き連れ、俺は開拓村のみんなとバーベキューをはじめるのであった。


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