【002】吹っ飛び、流れ着いた先


「ふむ、終わったか」

「ぐ、ぐおおお……。やるじゃねぇか、クソジジイ」

「たわけが。少しは反省するのだ悪魔王」


 神は独り言ち、焦土と化した地獄のありさまを俯瞰する。

 悪魔たちのせいで滅びの危機に瀕した人類への過度な干渉をやめさせ、反省を促す為とはいえ、少々やりすぎたかもしれないと思うレベルの光景が広がっていた。


 悪魔王は満身創痍で、その配下となる悪魔は誰一人として生き残ってはいない。

 まさに蹂躙であった。


 とはいえこれで悪魔が完全に死ぬということは無いし、力が半減するとはいえそのうち復活してくるだろう。

 取返しがつかない殺戮というほどでもない。


「しかし、一匹取り逃してしまったか……」

「ああん? なんか言ったかジジイ」

「いや……」


 一方的に叩きのめされ集中力を欠いていた悪魔王は気付いていなかったが、神は気付いていた。

 神の猛攻を二十分も耐え凌ぎ、最終的に次元の狭間へと逃れることで生きながらえた一匹の悪魔のことを。


 いまからでも追おうと思えばそれも可能だが、さて、どうしたものかと神は考えた。


「まあ、いいじゃろ。あの悪魔からは邪気は感じんかったし、あれ程優秀ならどのような異界に出たとしても死にはしまい」

「何? 邪気の無い悪魔だと? ……ああ、アイツの事か。確かにアイツの魂はこのあたりで確認できねぇな。チッ、優秀なヤツを逃がしちまったな。目をかけていたんだが」


 神の独り言を聞き、悪魔王もその存在に気付く。

 あたりを見回してみても、魂だけとなった悪魔の中に、例のが居ない。

 ということは、神の言う通り難を逃れたのだろう。


 悪魔王はもともと、あの下級悪魔の能力を高く評価していた。

 進化を経験していない分際でありながら、自らの祝福を強く受けた公爵級の悪魔と互角といっていい程の強さに、なにより普通の悪魔とは違う臆病で計算高い、その在り様を気に入っていたのだ。


 アレは普通じゃない。

 いまはまだ自分の方が悪魔王に相応しいが、あと一万年もすればどうなることやら、とすら思っていた。


 だからこそ、こうして手元を離れたのが惜しい。


「よし、追いかけるか」

「やめておけ悪魔王。そんなことより、反省が先じゃ。それになにより、あの悪魔がその気なら、そのうち自力で帰って来るだろう。帰ってこないならば、その気がないということだ」

「……まあ、それもそうだな。あ~! くそっ! 割に合わねぇ! 人間で遊ぶのとアイツを手放すのとでは、全くつり合いが取れんぞクソジジイ!」


 じゃ、それも含めて反省すればよかろう。

 というか、人間で遊ぶな。

 神は呆れながらもそう言い、再び悪魔王への説教を再開したのであった。





 ふわふわと次元の狭間を流れる。

 流れる。流れる。流れる。


「どんぶらこ~、どんぶらこ~っと」


 え~、現在次元の狭間とやらを気長に遊泳中。

 既に地球次元の時間単位で、三か月くらい経ったかな?


 ま、何千年も悪魔として生きている俺にとってはたいした時間ではない。

 それに悪魔の身体は丈夫だし、魔法が使えればだいたいどんな場所でもなんとかなる。

 次元の狭間を遊泳するくらい、どうということもない。


 問題はこの遊泳の先が、どんな出口に繋がっているかということなのだが、はてさてどうしたものか。


 ぶっちゃけこの先の世界がどっかの世界の天界とかに繋がっていたら、本格的に命の危険とかもあるからなあ。

 そんな確率は小数点以下だろうけど、絶対に無いとも言えないのが恐ろしいところだ。


 その時は覚悟を決めて土下座をする準備をしとかなければならない。


 そんな感じでゆらゆら、ふわふわと流れていると、ようやく出口が見えてきた。

 あの感じからすると天界は無いな。


 どちらかというと命を多量に含んだ森。

 自然界や人間界とも言われる、地球の環境に近い。

 ということは、異世界だろうか。

 ファンタジーなのだろうか。


 まあ、出て見れば分かるな。


「よっこらせ」


 ついに次元の狭間の終着点に辿り着き、地に足をつけることに成功する。

 その場所は鬱蒼と生い茂る森で、地獄程ではないが悪魔の力を行使しやすい環境であることがわかった。


 ようするに、悪魔のエネルギー源ともいえる魔力が多量に内包されているという事の証明である。

 地球は魔力があまりにも薄い場所だったから、地獄から顔を出すにもかなりの力を必要としたが、ここはそうではないらしい。


 それならそれで好都合なので、特に問題はないだろう。

 ただ、これほどに魔力に溢れた世界であるならば、この世界の住人にも魔法の適性があるものが多くいる可能性が高い。


 いわゆる、ファンタジー世界というものに近い印象を持った。

 文明度がいかほどか分からないので、中世か近代か、それより原始か遥か未来なのかは分からないけども。


「ま~でも、この自然豊かな森を見る限り、近代とか未来は無いかな。たぶん」


 俺は地球次元の地獄に潜む下級悪魔だったので詳しいことは知らないが、あくまでのあの世界を例に出すなら、技術が発達した世界でこんなに濃い命の気配を持った森なんて存在しないだろう。

 というわけで、時代は暫定的に原始から中世くらいだと推定する。


「正直言って何でもいいけどな。そんなことより、無事にあの修羅のような戦争から脱出できたのだし、まずは生活基盤を整えるためにじっくりと調査するか」


 何より、この異世界にも当然あるだろう天界には注意を払わないといけない。

 この世界の神がどの程度の力を持っていて、どんな性格をしているのかは知らないが、俺は下級悪魔だ。


 あんまり目立つようなことをして、仕事を増やすこともないだろう。

 さて、スローライフのためにひと踏ん張りしますかね!


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