第64話 女神様 うんざりする

 取材から一週間後、ソフィアが新聞を持ってきた。トヨちゃんに仕える巫女に頼んでいたらしい。


「女神様御覧なさいませ。あの日の記事が載ってますよ」

 ソフィアが広げた新聞には子供たちと一緒に食事する写真付きの記事があった。内容は若干美談に脚色されていたが、かなり好意的に書かれていた。私は記事の内容よりも、子ども食堂への寄付に関する情報が書かれているのが嬉しかった。少しでも役立つのならこれ以上ない喜びだ。


「色々あったけど、取材を受けて良かったわ」

「女神様、それだけじゃありませんよ。あの日の様子をいち早くに上げておいたんですが、登録者が二十万人まで増えました。インスタも十万人突破しましたし、女神様もインフルエンサーの仲間入りですね」

 は? 別に熱も咳も出ていないが。


「そんな女神様に朗報です。とある巨大企業からコラボの申し出がありました」

「え? どこどこ?」

「何とユ〇クロですよ」

「あの凄い洋服屋さんが?!」

 私の脳裏にミラノの店舗が浮かび上がった。


「はい、女神様が全身ユ〇クロの服をお召しになっているのが話題になり、そこに目を付けた担当者から連絡を頂きました」

「ちょっと話が出来過ぎじゃないの? お伽話じゃないんだから」

「事実は小説よりも奇なりですよ。当初は女神様プロディースのワンピース企画だったんですが、女神様のイラスト付きTシャツでのコラボにしました。しかも一枚売れる毎に子ども食堂に百円寄付されるんです。凄いでしょう」

「凄いわソフィア。よくやった。初めて元巫女らしい仕事をしたわね」

「こちらの取り分はキッチリ頂きますけどね」

 がっかりだ。褒めるんじゃなかった。それでも寄付は有り難い。


 ネットで人気が出れば金が稼げるとはこういう話か。ならばもっと多くのコラボをすれば、更に寄付が集まるはず。こんな貢献が出来るならネット社会も悪くない。

「とにかくお手柄よ。頑張ってもっとコラボしてもらえる会社を増やしましょう」

「勿論です。収益源は多い方が良いですからね」

 貴女とは見ている景色が違う気がする。


「ところで女神様。そろそろ自前の拠点を設けませんか? 今後の活動には絶対に必要になりますから」

「拠点ねえ。アンナはどう思う」

「私も拠点が必要だと思います。場所は大阪ですね。お家賃の安い所が理想的です」


「必要なら迷う必要はないわ。そうだアンナ、子ども食堂の近くなんてどう?」

「いいですね。では取材の御礼を兼ねて近い内に行きましょう。ついでにまだ行けていなかった、オタロード周辺の調査もしましょうか」

「むむ、オタロード!」

 やっぱり反応したわね。



 数日後、私たちは子ども食堂を訪問した。その日は食事提供の予定はなかったので、子供たちには逢えなかったが理事長に御礼を伝えた。

 理事長によるとその後の反響は凄かったらしい。問い合わせの電話がひっきりなしで、大わらわで対応したそうだ。そして寄付や食材提供の申し出が増えたと非常に喜んでくれた。ほんの少しだが恩返しが出来て嬉しかった。


 理事長に不動産屋を紹介して頂き、物件探しに着手した。何やら考えがあるらしいソフィアが担当する。先方にこちらの希望を伝えて連絡を待つ手筈となった。




 昼食を兼ねてオタロードへと移動する。オタロードにはマンガやアニメ関連の店がずらりと並び、なかなかに賑わっていた。店に入りたくてうずうずしているソフィアの腕を引っ張り、飲食店の調査を開始する。


 この周辺にも飲食店は多く存在した。町中華や日本料理店、定食のチェーン店も有る。強力なライバルになりそうだ。また少し離れた所に大型ショッピングモールや大人気の劇場があり、その周辺にも多くの飲食店が集中していた。

 エビスさんやダイコクさんの言葉を借りれば、ここには大きな需要がありそうだ。そしてこの周辺に限って言えば秋葉原程の圧倒感を受けない。


「出店するならこの周辺が良いと思うわ。ライバルは多いけどいい感じだと思う」

「賛成!」

 ソフィア……。やはり貴女とは見ている景色が違う。




 町中華で昼食を頂き、喫茶店に場所を移して意見交換する。拠点作り、出店候補地の選定、メニュー開発と出店計画に具体性が増してきた。

「ここからの大きな課題って何があるのかしら」

「それはただ一つ。お金ですよ」

 また始まったと思ったがアンナも頷いている。そういう段階に来ているのか。


「現状で資金はどんな感じなの?」

 私はソフィアに尋ねた。

「女神様の貯えは当てにしない方が良いですね。ネット関連は纏まった金額が手元に来るまで半年は掛かりそうです。Tシャツの方も似たような感じでしょう」

 現状は資金なしか。これは厳しい。


「ここから先に進むには物件を抑える必要があります。店舗が決まらないと必要な機材や人員も分からないですし、店の雰囲気はメニューにも影響します。但し契約した段階から家賃が発生します。営業開始まで待ってはくれません。そして店を借りる際の諸費用には大金が必要です。これらをどうするかが課題ですね」

 大学で経営学を学んだアンナが詳しく説明してくれる。

 何だか暗い気持ちになってきた。料理の話なら厳しくとも前向きになれるのだが、金銭の話となるとうんざりしてしまう。


「何かいい案はないかしら。普通の人はお店を出す時どうしてるのかな」

「一般的には銀行から借りますね。但しこんな繁華街で店を出すほどの金額を借りられるのは実績のある企業だけでしょう。借りる以外なら出資者を探すという手もあります。ただ女神様の店は営利追求型ではないので出資を募るは難しいでしょう。出資者にメリットがありませんから」

 アンナは単なる説明のつもりなのだろうが、止めを刺された気分だ。

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