第59話 女神様 実感する

 翌日、アンナとソフィアを伴い秋葉原に向かう。だがオタクの集う街、秋葉原は想像とは大きく異なっていた。紛うことなきメトロポリスである。

 多くの人々が行き交い、ド派手な大型店舗が軒を連ねて頭上から見下ろしてくる。こんな場所に大衆食堂など不釣り合いに思えた。


 ソフィアの案内であちこち見て回る。彼女は既存店と競合しないだろうと言っていたが、周辺には数多の飲食店がひしめき合っていた。ファミレスやファストフード店は勿論、大衆食堂や町中華まである。その上ラーメン店やカレー店、果てはメイドが給仕するカフェなどが多数存在した。


「思っていた以上に飲食店激戦区じゃない。本当に大丈夫なの?」

「ん~。ちょっと情報と違っていますね。こんなに飲食店激戦区とは想定外でした。でも大丈夫です。女神様が店先に立てばキモオタが列を成しますから」

 何だか雲行きが怪しくなってきた。ソフィアを信用し過ぎたようだ。


「やっぱりアンナの方が優秀だわ」

「ちょっと聞き捨てなりませんね。ほんのちょっと微妙に予想と違っただけです。それにオタクパワーを見縊ってはなりません。彼らの財力と発信力は絶大ですから」

 別にオタクについて論じてる訳ではないのだが。


「はいはい、何れにせよ秋葉原は候補地から外すわね」

 ソフィアは思った以上に肩を落としている。

「何落ち込んでるのよ。そもそも貴女は店と無関係でしょう」

「奉仕活動が終われば日本に移住して、ヘスティアー財団日本支部長として働く予定だったのに……」

 腹黒不遜女を雇う気など微塵もない。断固拒否である。


「女神様、因みに候補地ってあるんですか?」

「大阪はどうかしら。そしたら子供たちにも会いに行きやすいし」

「それは良いかも知れませんね」

 アンナの表情がパッと明るくなる。ソフィアの後にアンナを見ると心が洗われる。

「なら、日本橋か恵美須町にしましょう。ね、ね」

 またオタクタウンか。


「そこだってここと同じ飲食店激戦区じゃないの?」

「繁華街であるのは否めませんが、秋葉原ほどではありませんよ」

「場所に関してはエビスさんやダイコクさんに意見を聞く方が良いのではないでしょうか。私達では情報不足ですので」

「そうね、場所決めは保留にしてオタクタウンの探検を楽しみましょう」


 オタクと呼ばれる人達の好みと行動原理を知っておくのは後々役立ちそうだ。私達はマンガやアニメの店を巡り、秋葉原で評判のラーメン屋さんで食事をした。

 最近の秋葉原で人気なのは、ボリュームがあって手頃な値段の料理らしい。それもこってりハイカロリーな物が好まれるそうだ。またオタクは孤食、個食の傾向が強いらしい。確かにアプローチしたくなる対象ではある。


 一部のオタクはメイドカフェやコスプレカフェなるものを愛好している。フロア担当に巫女の格好をさせる気はないが、服装には一定の拘りがあった方が良いだろう。


 ソフィアはどうしても行きたい店があるらしく昼食後は別行動にした。飴と鞭の使い分けだ。その間は周辺を散策したりアンナとスイーツを食べて過ごす。オタクタウンとは言え、これだけの繁華街だと様々なニーズに応える店が揃っている。やはりこの街でいきなり勝負を賭けるのは難しいと感じた。


****


 秋葉原探検から三日後、エビスさんとダイコクさんがやってきた。働かせて頂ける店を見つけたらしい。ダイコクさんから関東と関西で一か月ずつ働いてはどうかと提案を受ける。料理も人の気風も異なるので勉強になること間違いなしだ。素敵な提案に心から感謝した。


「まだまだ先の話かもしれないのですが、お店を出すとしたらどういう場所が良いでしょう。私達では情報不足で目星もつけられないのです」

「因みにどこか気になっている場所はありますか?」

 エビスさんは優しく問いかけてくれた。

「やはりきっかけになった大阪でしょうか。あの子たちとも会いやすそうですから」

「食堂が軌道に乗った場合、その資金で子ども食堂も運営なさるのですか」

 今度はダイコクさんから質問される。真摯に向き合って頂き感謝しかない。


「いえ、子ども食堂も運営するのは流石に厳しいです。収益を各団体への寄付という形で貢献したいと考えています」

「食堂経営に全力投球という訳ですな。でしたらターゲットが最も集まりそうな大都市の繁華街で勝負するべきでしょう」

 ダイコクさんから思いがけない答えが返って来た。エビスさんまで頷いている。


「先日秋葉原を見てきたのですが、繁華街の激戦ぶりは想像以上でした。とても太刀打ち出来るとは思えないのですが」

「いや、そこを避けても本来の目的から遠ざかるだけじゃ。それに激戦が繰り広げられているのは、それだけ需要があるとも言える。大阪なら心斎橋やアメリカ村などの若者が集まる場所でやってこそ意味があるのではないですかな」

 確かに新たなムーブメントを起こすなら、発信源は繁華街の方が相応しいだろう。


「先日面白い話をしていましたな。ネットメディアを駆使して新しい客層を掘り起こしたいと。でしたら日本橋に通称オタロードと呼ばれる場所があります。ここなんかは面白いと思いますぞ。勿論激戦区ではありますがな」

 大阪に詳しいエビスさんからピンポイントな情報が提供された。

 オタロード。ネーミングがストレート過ぎて笑ってしまう。


「大変参考になりました。機会を作ってオタロードも見て来ます」

 場所決めはまだ先だが一つの指針を手に出来た。

 だが先ずは料理修行を頑張ろう。流石に迷惑を掛ける訳にはいかない。


 本当に少しずつだが前に進んでいる実感がある。

 頼ってばかりだが気にしてなどいられない。とにかくやるしかないのだ。恥ならば幾らでもかけば良い。


――今は前に向かって進むことだけを考えよう。


 いつの間にか太陽は西に傾き金色の輝きを放っている。茜色に染まる雲海を眺める私の心の炉に夕陽に負けぬ炎が灯った。

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