第25話 女神様 祈りを届ける

「では、参りましょうか。日和山は桜の名所。民も此処の桜をこよなく愛し、花見に訪れる場所ですよ」

 天照大神は慈愛に満ちた声で皆を包む。軽く手を広げ念を送ると、桜咲き誇る公園へと移動していた。


「うわあ」

 私とアンナは思わず大声をあげる。

 見事な桜が幾重にも連なる様は正に圧巻の一言だ。二人して桜の花をまじまじと観察した。想像より小さな花だが、これだけの数が揃うと辺りは桜一色となる。これぞ日本を象徴する花、その豪華絢爛さに魅了された。


「今年も良い桜ですね。この桜が民の心を癒してくれるのは大変喜ばしい限りです」

 主神たる天照大神はここでも民に寄り添う。隙あらば若い娘を追いかける愚弟も見習って欲しいと心底思った。


 エビスさんと巫女が茶会の準備を始める。その間に少し散策しようとなった。何でもダイコクさんが見せたいものがあるらしい。

 見事な桜の下を歩くと何とも雅な心持ちになる。常に幼く見られる容姿だが気分だけは天照大神張りのクールビューティであった。


「ベスちゃん、ここからの眺めを見てごらん」

「あっ、これは」

 目前には石巻の街が広がっていた。ここからだと真新しい建物や工事中の場所がよく分かる。地震と津波がこの街を襲った証だった。


「ここに招いたのは民の息吹を感じて欲しかったからでしてな。この景色の中には数多の民が暮らしておる。穏やかな日常を取り戻そうと必死に励んでいるんじゃよ」

 ダイコクさんの顔には福々しい笑顔が蘇っていた。

「この場所にも意味がありましてな。ここは高台になっておる故、津波の時に多くの民が逃げて来た。文字通り命を守った公園じゃ。その公園で毎年春になると満開の桜が民を元気づけておる。これもまた自然の恵み。自然と命の循環を感じませんかな」


――春を告げ、新たな命が芽吹く公園は命を守った公園でもある。自然と命の循環。命が喪われるのは悲しいけれど、命は巡り生きる人々に安らぎと恵みを届ける。そう思うと桜の姿が一段と美しく見える。これが悠久の時を経てもなお受け継がれる日本人の生き方なのか。だとしたら何と美しく力強いのだろう。


 私は暫しその景色に見惚れる。気付けば隣には天照大神が寄り添っていた。

「良い景色です。では皆で祈りませんか。亡くなった御霊と今を生きる民の為に」

 天照大神の呼びかけで皆が祈り始める。

 

 私は炉の神である。だが同時に家庭の神、国家統合の守護神でもあった。

 今こそ力を発揮する時だ。心の炉に火が灯った。


「我、女神ヘスティアーの名において祝福を授けん。日出ずる国の民に幸あれ」

 

 春らしい暖かな風が公園を吹き抜けてゆく。あたかも風に乗せて私の祈りを届けているようだった。

 改めて周囲を眺める。咲き誇る桜、民の息吹溢れる街並み、それを繋ぐ公園。

 柔らかい春の日差しに照らされて、街は誇らしげに輝いている。これから更に復興、発展してゆくであろう街並みは美しく、そして力強かった。

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