第24話 女神様 足が竦む

 朝十時過ぎにエビスさんとダイコクさんがやって来た。今日の予定は花見だ。


 昨日の体験は実に素晴らしかった。おにぎりは勿論、食後に老夫婦の家で拝見した竈にも感激した。出来れば祝福したかったが、日本にも竈の神がいると聞き断念した。何でもその神は相当な暴れん坊らしい。異国で揉め事を起こすのはご法度だ。


 そして今日の花見にも大いに期待している。アンナの助言で追加したガイドブックは手元に三冊ある。その全てに桜の素晴らしさが書かれていた。実際目にするのが待ち遠しくて仕方がない。


 花見の話題が出た時、エビスさんとダイコクさんは日本を知るのに相応しい場所と言っていた。その真意は全く読めないが下界に詳しい二人だ。きっと素晴らしい体験が出来るに違いない。


 今回は大所帯になった。私とアンナ、トヨちゃんに加え、エビスさん、ダイコクさん、更に天照大神も参加する。巫女も二名帯同し総勢八名。賑やかな花見となりそうだ。桜は勿論、皆とじっくり話せるのも楽しみにしている。


「皆、揃いましたね。では、こちらに集まって下さい」

 天照大神は皆を促すと軽く両手を広げて念じた。サッと光が集まったと思った次の瞬間には景色が変わっていた。


 そこは綺麗に造成された公園のような場所だった。だがお目当ての桜が見当たらない。どうしたのかとエビスさんを見る。すると普段の福々しい表情が少し引き締まっているように感じた。アンナ以外の皆も神妙な面持ちだ。


「ベスちゃん、ここには公園だけではなく、とある施設が併設されています。そして日本を知って頂く上で、避けては通れない場所でもあります」

 天照大神の表情はどこか儚げだった。

「日本は四季に富んだ豊かな自然と周りを取り囲む海によって、様々な恵みを享受しております。それはこの国の誇れるところ。この国の根幹を為すものと言えるでしょう。ですが自然は時に厳しい一面を見せます。私はこの国の安寧を見守る立場ですが、これは決して抗えない世のことわりなのです。それははベスちゃんもよくご存じでしょう」


 天照大神の話は私も理解している。ゼウスは全ての神々に自然の摂理を操るなと固く禁じていた。何故なら一時的に良い結果を生んでも、その歪みにより世界の崩壊を招く危険性を孕んでいるからだ。

 だが、先進的且つ自然豊かな日本にそのような脅威が有るのか疑問だった。


「今いる場所は、石巻南浜津波復興記念公園。そしてあちらの建物がみやぎ津波伝承館です。ここはほんの十数年前に、未曽有の地震と津波に襲われ壊滅的な被害を受けた場所なのです。建物は倒壊し、津波があらゆるものを飲み込みました。そして数多の命が喪われたのです」

「えっ」

 私はその後の言葉が続かなかった。見事に造成された公園に近代的な建物。周囲を見渡しても爪痕はなく道路も見事に整備されている。壊滅的な被害を受けた場所とは思えなかった。


「日本は豊かな自然の恵みを享受する一方で、甚大な自然災害に何度も直面してきました。地震や津波だけでなく台風や火山の噴火なども合わせれば、神代より幾多の災害に見舞われたのです。ですがその度に民は立ち上がりました。そしてやはり自然に寄り添いその恵みを享受する道を選んだのです。今でこそ経済大国、産業立国と言われ近代的な街並みが広がっておりますが、『自然と共に生きる民』こそが日本人の本質なのです」


 自然と共に生きる民。ギリシャも豊かな自然や美しい街並みを生かした観光と古より得意とする海運が中心の国だ。そして過去に多くの大災害を経験している国でもある。日本とギリシャ、全く異なる歴史を辿った両国には、自然と共に生き、数多の神々が座す国という思わぬ共通点があった。


「災害について詳しく知りたいならあちらの伝承館を案内しましょう。ですが少々刺激が強過ぎるかもしれませんな。写真や映像も数多く展示されておる故」

 ダイコクさんは私の気持ちを慮り丁寧に話してくれた。津波が街を飲み込む姿を想像すると足がすくんで動けない。非常に心苦しかったが伝承館の見学は遠慮した。


「ベスちゃん、気に止む必要はありませんよ。私ですらもう一度あの場面を見るのは躊躇われます。それに周りをご覧なさい。民は俯くのでなく、痛みを胸に前を向いて歩んでおります。此度もきっと乗り越えてくれるでしょう」


 天照大神の言葉に救われる。その言葉には民への信頼が感じられた。篤い信仰を集めるだけでなく、確かな繋がりが存在しているのだと気づかされた。

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