第23話 女神様 日本の心に触れる

 さて最後に控えるおにぎりは何だろう。休まず次のおにぎりへと手を伸ばした。

「〇▽×□※~。酸っぱーい」

 周りの皆が声をあげて笑う。最後にまさかの仕掛けがあった。


 強烈な酸味だ。だが酸っぱさはスッと消え塩味と旨味が広がって来る。そして何より素晴らしい香りが鼻孔に広がる。脳内を埋め尽くす疑問符に、またもまじまじとおにぎりを見つめる。


「その中身は梅干しです。梅干しは梅の実を塩、シソ等で漬けたもので、強烈な酸味が特徴ですが、慣れるとこの酸味が堪りません」

 笑い過ぎたトヨちゃんは目に涙を浮かべて説明する。

「梅干しは昔からおにぎりの具材の定番ですが、それには理由ががありましてね。梅干しには強い殺菌作用があり、食べ物を腐らせにくくします。更に疲労回復効果も高い。おにぎりは働く人の定番弁当ですので、梅干しおにぎりは重宝されたんです」


「私ら農家の人間は、夏の暑い時に熱中症予防として梅干しと麦茶を頂きますな。お医者さんは塩分を取り過ぎんようにせえよと言いますが、これが一番ですわ」

 御主人が自身の経験を語ってくれた。単なる食品でなく健康効果もあるのか。

「ギリシャでもオリーブオイルがよく使われるし、直接飲む人までいるものね。食と健康って凄く興味深いわ」


 食べ進める内に酸味にも慣れてきた。良く味わうとなかなかに美味しい。何より酸味が食欲をそそる。これと漬物の組み合わせはどうなるかと最後のお漬物に手を伸ばす。カブの葉の浅漬けだ。

「シャキッ、サクサクサク。う~ん、フレッシュ」

 カブの葉の浅漬けは取れたて野菜を調理したのと変わらない味わいだった。


「ねえ、トヨちゃん。なんでカブの葉の浅漬けはこんなに新鮮なお味がするの?」

「そうですね。まず新鮮って所はそのままですね。実はこれ、一晩とか短時間しか漬けないんです。それで浅漬けって言うんですね。でもその短時間で旨味は格段に上がりますし、栄養吸収率も良くなります。更に乳酸菌も取れますから生野菜を食べるよりも良いんじゃないかって説があるくらいなんですよ」


「漬物って奥が深いのね。日本には何種類ぐらい漬物があるの?」

「ちょっと数えきれないかもしれないですね。地方や家庭によってそれぞれ漬け方や漬ける野菜が変わりますから。それ程漬物は日本人と密接な関係があるんですよ」

 漬物は日本人にとって特別な存在だった。漬物を通して日本を見るのも面白そうだと思わず笑みがこぼれる。


「良い体験が出来たようですな。お顔に満足感が現れておりますぞ。では、私からも一つお話しましょうか。日本は今でこそ世界屈指の豊かな国じゃが、ほんの八十年程前までは全く違った。特に庶民は厳しい生活をしておりましてな。そんな中、長期に渡り保存出来る上に美味しい漬物は大変重宝されたんじゃ」

 ダイコクさんは噛み締める様に話す。老夫婦も頷きながら聞き入っていた。


「またカブの葉の様に一見捨ててしまいそうなものまで、美味しく頂けるように工夫されておる。沢山のおかずが並ぶ豊かな食卓でなくても明日への活力を得られようにな。漬物は正に貧しい日本人を支えてきた知恵の結晶なんじゃ。だから白米と漬物の組み合わせは日本人の心を掴んで離さんのでしょう」

 ダイコクさんは話し終えると目を閉じて静かに手を合わせた。


 世界屈指の経済大国にも貧しい時期があった。しかし精米で出るぬかや野菜の葉まで大事に利用する精神と、食への探求心が日本人を支え命を繋いで来たのだ。

 

――やっぱり日本食って、日本って素晴らしい。もっと知りたくなったわ。


 土手の上を優しい風が吹く。蒼天の下に広がる田園風景が輝いて見えた。穏やかな春の陽気と同じく、この日の経験は私の心を温めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る