第22話 女神様 恐れ入る
「あの~、昨日も白米を頂いたんですけど、熱々じゃないし塩味だけなのにこちらの方が断然美味しく感じます。これって何か特別な秘密があるんでしょうか」
私の発言に奥様がふふふと笑う。
「秘密なんてありゃしませんよ。おババが普通に握っただけやで」
「え、でも……」
「ベスちゃんは鋭い味覚の持ち主のようじゃ。奥様は秘密なんてありゃせんと言ったが、これは間違いなく特別なおにぎりです」
ダイコクさんはうんうんと頷きながら答える。
「まず米が違う。ここ京都府南丹市は豊かな土壌と良い水に恵まれた日本屈指の米処です。しかも米作り名人が丹精込めて作った米ですからな。そこいらの米とは訳が違う。重ねて奥様が手間の掛かる竈で焚き上げた銀シャリです。これ程の逸品そうお目にかかれるものではない。その違いに気付いたのは実に素晴らしいですな」
ダイコクさんの話に私の胸が激しく高鳴った。
「お、奥様。奥様のお宅には竈があるんですか?」
ハイテク大国日本にギリシャですら殆ど無い竈があると聞き興奮が抑えられない。
「ええ、やっぱりご飯は竈で炊いたんが一番美味しいよって」
「後で見せて頂いて宜しいですか」
「そりゃかましませんけど、ただの古い竈やで」
それで良い。寧ろそれが見たいのだ。私はかつて民に必要とされていた頃の記憶を蘇らせていた。
「そうじゃベスちゃん。こちらの漬物とおにぎりの組み合わせはまた格別です。是非試して下され」
ダイコクさんがタッパーを手に勧めてきた。私は白い漬物を取った。
「ポリポリポリ」
実に心地良い食感だ。塩味が良く効いていて、その奥に旨味と僅かな酸味を感じる。続けておにぎりを一口頂く。
「素晴らしいです。漬物の塩味と旨味でおにぎりの美味しさがもう一段階上がりました。それに異なる食感を噛み締める楽しさが堪りません」
「今召し上がられたのは、カブのぬか漬けです。謂わばピクルスの一種ですね。お米を精米する時に出る残り物のぬかと塩などを使って漬けるんですよ」
「精米の残り物を再利用してこんなに美味しい物を作るなんて凄いアイデアだわ」
トヨちゃんの説明に思わず唸った。
「おババのお手製なんで口に合うか心配したけど良かったわ」
「とても美味しいです。こちらの漬物は豊かな旨味の奥に爽やかな酸味があって、正直酢漬けのピクルスよりこちらの味の方が好みです。これは発酵の力ですか?」
「わお。ベスちゃんは日本食をかなり勉強されたんですね。大正解ですよ。しかも発酵による旨味まで理解しているなんてちょっと驚きました。日本には沢山の発酵食品があって、現代でも皆に愛されている健康食品なんです」
大して勉強した訳では無いが的を射ていたようだ。
「今日用意したんは、大根の沢庵漬けに、カブのぬか漬け、カブの葉の浅漬けです。味の違いを楽しんでみて下さい」
お手製の漬物を褒められ奥様も嬉しそうだ。
「ほな、別のおにぎりもいってみますか」
御主人が重箱の一段目を横に置く。更に二段目も横に置いた。見た目は同じ白く艶やかに輝く三角おにぎり。だが別のおにぎりと言ったからには何か仕掛けがあるのだろう。
「じゃあ、二段目の方から頂きますね」
手で食べるのを早くも楽しむ自分がいた。
「ぱくっ。えっ、嘘っ」
意外な展開に声を上げる。今度はガツンと来る塩味と旨味。しかしどこかで経験したような味がする。何より驚いたのは香ばしい風味だ。中に何かが入っている。私はまじまじとおにぎりを見つめた。
「お嬢さんが召し上がるんを見てるのほんまに楽しいですわ。中が気になるんやね。中には木べらに取って火で炙った味噌が塗ってあります。香ばしいええ匂いがしますやろ」
奥様がにこやかに説明してくれた。味噌、どこかで経験した味と思ったのはそれでなのねと納得する。
だが凄い発想だ。白米と味噌の揺るぎない組み合わせを更に進化させんと味噌を火で炙って香ばしさを演出する。日本人の食に対する飽くなき探究心には恐れ入る。
先程のように漬物と合わせようと、今度は黄色の漬物を手に取った。
「パリッ、ポリポリポリ」
こちらはポリポリの歯ごたえが更に強い。それと甘みもある。漬ける際に色々と味を加えているようだ。
「このお漬物、味噌おにぎりと合うなあ」
しみじみと呟く。塩おにぎりより強い塩味と旨味をほんのり甘い漬物が綺麗に纏めスッキリさせてくれる。
「この黄色いお漬物は何?」
「それは大根の沢庵漬けです。日本で一番食べられている漬物かもしれませんね。美味しいだけでなく口直しに食べる人やお茶うけに食べる人もいますから」
トヨちゃんの説明は実に分かり易くて助かる。
「口直しに食べるのは納得ね。でもこれ自体のお味も良いから、またおにぎりが食べたくなっちゃう」
私は味噌おにぎりと沢庵漬けを交互に頬張りとあっと言う間に平らげた。
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