第21話 女神様 手で掴む
翌日の昼前にダイコクさんが迎えに来た。エビスさんは明日の段取りをしているそうで、今日はダイコクさんが案内してくれるらしい。
「では、早速参りましょうか」
ダイコクさんが右手を差し出す。私達三人が手を乗せるとダイコクさんはごにょごにょと何かを唱えた。すると周りの景色が一瞬で変わった。
そこは豊かな緑豊かな田園風景だった。まだ作付けされていないが綺麗に整地された農地が一面に広がっている。遠くの山は若々しい緑に溢れ、芽吹きの季節を印象付けた。
しかし見渡す限り農地ばかり。僅かに民家が点在するだけだ。こんな場所にとっておきの料理を味わえる店などあるのだろうか。
「今日はいい天気ですなあ。これなら外で頂く方が良いかも知れません」
ダイコクさんは朗らかに話す。不思議そうにキョロキョロする私とアンナをトヨちゃんが優しい笑みで見つめていた。
ダイコクさんの先導でしばらく歩くと一軒の民家にやってきた。
「こんにちは。今日はお世話になります」
開いた扉の向こうへ大きな声で呼びかけると中から老夫婦が姿を見せた。
「ああ、大黒様。ありがたや、ありがたや」
二人はダイコクさんの姿を見るや手を合わせて祈り始めた。
「いやいや、今日お世話になるのはこちらです。急な話で申し訳なかったね」
老夫婦の様子を見るにダイコクさんはかなり信仰を集めているようだ。にも拘らず腰が低い。寧ろ老夫婦を労わっていた。これが悠久の時を経てなお篤い信仰を集める神髄なのかと納得した。
「せやけど大黒様、神様へのおもてなしがこんなもんでええんやろうか」
「お二人が丹精込めて作った料理です。最高のご馳走ではありませんか」
ダイコクさんは福々しい顔を更に綻ばせる。老夫婦は恐縮してまた拝み始めた。
「折角の良い天気です。あちらの土手の上で頂いても宜しいですかな」
大黒様が問いかけると、勿論ですと御主人が大きなバスケットと銀色の筒を持って先を進む。奥様も手提げ袋を持って後に続く。皆は二人に先導されて歩いていった。
土手の上は一面が見渡せる絶景ポイントだった。柔らかな風が頬を撫で清々しさを演出する。
「では、お待ちかねのアレを頂きましょうかな」
ダイコクさんの声を合図に老夫婦が準備を始めた。
まず奥様が青いビニール製の敷物を広げる。御主人は靴を脱いでその上に上がり、真ん中にバスケットを置いた。そしてバスケットの中から美しい漆塗りの重箱を取り出す。よく見ると重箱は三段になっていた。奥様はその横にタッパーを置き蓋を取る。白、黄色、緑の野菜が入っていた。
「ベスちゃん、今日召し上がって頂くのは日本人の心のふるさと、おにぎりです」
おにぎり? 確かにガイドブックにも載っていた気がするがスルーしていた。だが隣でアンナが手を叩いて喜んでいる。彼女は知っていそうだ。
「ねえ、おにぎりを知ってるの?」
「勿論ですよ。日本食の定番ですもの。以前短期留学をした際、最初に好物になったのがおにぎりです。しかも家庭のおにぎりが頂けるなんて。私、感無量です」
アンナは
「やはり、最初は塩おにぎりを召し上がって頂きますかな。御主人お願いします」
ダイコクさんの呼びかけに御主人が重箱の蓋を取る。中から艶々と輝く白い三角形の物体が現れた。よく見るとそれは昨日食べた白米のようだ。
奥様が濡れた厚手の紙を皆に手渡す。一先ず受け取り周りを窺うと皆は手を拭いている。私も倣って手を拭いた。奥様が『これはアルコール除菌の奴だから』と言ったが意味は分からなかった。
「ささ、どうぞ」
御主人に勧められたものの箸が何処にも無い。どうしたものかとオロオロしていると、ダイコクさんはひょいと手でおにぎりを掴み、パクパクと食べ始めた。続いてアンナも手でおにぎりを食べている。
「これって手で食べて大丈夫なの? 凄いご馳走なんでしょう?」
「おにぎりは手で食べるのが一番美味いんじゃ。遠慮せんと手でどうぞ」
アンナに確認するとダイコクさんが代わりに答えた。老夫婦は戸惑う私を笑顔で見つめている。郷に入れば郷に従えだ。
「いただきます」
両手を合わせて食事前の儀式をする。
「ほう、ベスちゃんはいただきますをご存じですか」
「ええ、昨日トヨちゃんに教えてもらったです」
「なるほど。それを忘れずに行うのは良い心掛けですな」
ダイコクさんはにっこりと微笑む。
私はおにぎりを手に取り一口頬張った。
「ふぁっ」
思わず声が漏れる。塩加減が絶妙だ。それが白米の美味さを一層引き立てる。
昨日食べた白米も美味しかったが、こちらの方が断然美味しい。まず香りが違う。鼻を抜ける香りが際立っていた。そして一粒一粒しっかりしていて、もちもちとした食感が堪らない。甘み、旨味も断然強かった。
私の頭に疑問符が浮かぶ。昨日はおかずとの相乗効果で白米の美味しさが引き立ったはず。そして熱々だった。しかしこちらは塩味だけの上冷めている。何故こちらの方が断然美味しく感じるのだろう。
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