第20話 女神様 同士を見つける
「天照大神様、恵比寿様と大黒様がお見えになられました」
巫女と共に二人の男性がやってきた。一人は福々しい顔に釣り竿を持っている。そしてもう一人もまた福々しい顔に木のハンマーを持ち大きな袋を担いでいた。二人とも着物姿だが、ガイドブックとは異なりズボンを履いている。
「紹介しますね。釣り竿を持っているのが恵比寿さん、小槌を持っているのが大黒さんよ。こちらはギリシャの女神ヘスティアーさん、ベスちゃんって呼んであげてね」
天照大神が互いを紹介してくれた。
「これは美しいお嬢さんだ。宜しくお願いします」
エビスさんとダイコクさんは笑顔で会釈した。
「ベスちゃんは日本食を通して日本を学びたいそうです。なので全国津々浦々に所縁のある二人に協力を願いたいのです。食べ物の詳しい知識についてはトヨウケビメがいますのでご安心を」
天照大神は二人に私の旅の趣旨を説明した。
「日本食を通して日本を知るですか。これは私としても興味深い。異国の神の目にはどの様に映るのでしょうな」
エビスさんはにこにこと笑みを湛えて話す。
「今後は異国からどんどん人が訪れる時代。未来の国造りに大いに役立つでしょう」
ダイコクさんの話は壮大に飛躍していた。
私の軽い思い付きがこれほど壮大な話になるとは。未来の国造りなど頭に浮かんだことすらない。ゼウスは常々考えているのかもしれないが私には無縁だった。
「となると最初は是非ともアレを召し上がって頂きたいですな、エビスさん」
「魚介なども捨て難いですが、アレを召し上がって頂かねば始まらんでしょうなあ」
エビスさんとダイコクさんは早速何か思いついたようだ。
「それとお花見にも招待したいですね。でも今年は開花が早かったので、少し北に行かないと良い桜が見れないかもしれません」
天照大神が二人に花見を提案した。桜はガイドブックでも大々的に扱われる日本を象徴する美しい花だ。確か今が見頃である。私は花見を想像し心を躍らせた。
「桜ですか。ならばあそこしかありませんぞ。日本を知る上に於いて彼の地ほど相応しい場所はないでしょう」
「如何にも然り。あそこならまだ桜も見頃でしょうしな」
エビスさんとダイコクさん以心伝心のようだ。私は天照大神と顔を見合わせた。どうやら天照大神もまだ分かっていなさそうだ。
「では、土曜日はお食事、日曜日は花見で如何でしょう」
「はい、是非お願いします」
話を聞く限り二人は下界に相当詳しそうだ。ここはお任せしよう。
「そうと決まれば早速準備ですな。ダイコクさんは京都の方をお願いします。私は花見の準備いたします」
二人は一礼すると何処かへ出かけて行った。
「では、お二人をお部屋にご案内いたしましょう。トヨちゃん、お願いね」
トヨちゃんが私達の滞在する部屋へと案内する。移動の道すがら、私は気になっていた件をトヨちゃんに聞いてみた。
「ねえ、トヨちゃん。天照大神様はいつもあんな感じなの? 頂いた手紙と余りに印象が違ったんだよね」
「そうですね、いつもあのような感じです。神々しさの中にも慈悲深さがあって誰からも慕われております。ベスちゃんはどの様な印象をお持ちだったのですか?」
手紙の内容を掻い摘んで説明すると、トヨちゃんは声をあげて笑った。
「天照大神様は時々お茶目な一面をお見せになるのです。以前天岩戸にお籠りになった時も、その前で宴会をしたら賑やかな声に釣られてひょっこり顔を出してしまわれたり。うふふ。」
トヨちゃんは楽しそうに思い返している。だが私は別の所に喰いついた。
「えっ、天照大神様も引きこもり経験者なの?」
「そんなに長い期間ではありませんでしたが、それはもう大変でしたよ」
日本の主神たる天照大神が私と同じ引きこもり経験者とは。予期せぬ共通点に親近感を覚え、嬉しさが込み上げた。
程無く部屋に到着する。和風旅館さながらの畳の部屋だ。藺草の良い香りが部屋を包んでいる。心地良さに身も心も癒された。
「では、ゆっくりお寛ぎください」
トヨちゃんは部屋を後にした。
「えいっ」
足音が完全にしなくなったのを確認し、行儀が悪いと知りつつ畳の上に寝転んだ。手触りも良く、適度な硬さで寝転がっても痛くない。却って気持ち良いぐらいだ。
「畳って不思議ね」
誰に言うでもなくそっと囁く。確かに日本はかなり独特な文化だ。ゼウスが上級者向きの旅行先と言っていたのも頷ける。
「けど私みたいな初心者にも素晴らしさが伝わって来るわ。実は旅行初心者にとっても日本はお薦めの場所かもね」
私は日本に到着してからの体験を思い返していた。
「エビスさんとダイコクさん、最初は是非アレをと言ってましたが何でしょうね」
ゴロゴロ転がり畳の感触を楽しむ私にアンナが問いかける。
「んー、その質問は私には無理だわ。手懸りすら思いつかないもの。でもあの二人に任せておけば間違いないと私の勘が言ってます」
「確かにそうですね。京都と言ってましたし、高級な懐石料理とかかも」
二人で寛ぎながら期待に胸を膨らませる。存外お気楽なコンビだ。
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