第19話 女神様 身分を隠す

 牛丼屋を後にした三人は空港から外へ向かう。ロータリーにはタクシーやリムジンバスが所狭しと並んでいた。

「では、天照大神様の処に行きましょうか」

「もう宜しいのですか。行きたい所があれば、そちらに行ってからでも良いですよ」

「素晴らしいお出迎えを頂いた御礼を言いたいですし、まずはご挨拶に向かいます」

「分かりました。では少し人通りのない所に行きましょうか」

 トヨちゃんは奥まった目立たない場所へと移動する。そして私とアンナの肩に手を乗せると何やら念じ始めた。


 気が付くと目前には雲海が広がっていた。どうやら天上界へと移動したようだ。柔らかな日差しが心地良い。視界にガイドブックで見た神社に似た建物があった。

「あちらです。参りましょう」

 トヨちゃんが優しい笑みで促す。彼女といると不思議と心が安らぐ。

 門をくぐり美しい庭園の中を進んで行く。実に見事な木造の建物に到着するとトヨちゃんが立ち止まった。


「天照大神様、ヘスティアー様をお連れ致しました」

 トヨちゃんの声に呼応して紙で出来た扉がスッと開かれる。更に簾がサッと上がった。奥からトヨちゃんとはまた違った伝統装束を身に纏った女性が現れる。美しい黒髪のロングヘアーを緩く後ろでまとめている。切れ長の瞳は涼しげで肌は白く輝く陶器のようだ。クールビューティーという言葉がピッタリくる大人の女性であった。


「ようこそ日本へ、ヘスティアーちゃん。天照大神です」

「初めまして、天照大神様。この度は心を尽くしたお出迎えを頂き誠に有難うございます。とても感激しております」

「それは良かったわ。たくさん良い思い出を作って楽しんで下さいね」

 手紙の印象とは大きく異なる人柄に安堵した。


「ところで今後はどうなさるご予定ですか。お邪魔でなければお手伝い致しますよ」

「邪魔だなんてとんでもない。是非お願いしたいです。何分こちらには疎いもので」

 日本どころかギリシャ国内も殆ど知らないがそこは伏せた。

「確か食べ歩きがしてみたいとか。どこか目星はつけられていますか」

「具体的な場所は決まっておりませんが、日本食を通して日本文化や民草の風俗を学べればと思っております。ですから日本人の食文化に深く根付いている料理から食べ歩きを始められればと考えています」

「とても素晴らしい着眼点ですわ。そんな話を聞いたらこちらも張り切ってしまいますね。となると日本全国津々浦々を巡る故、トヨウケビメ一人では少し荷が重いかもしれません。ここは恵比寿さんと大黒さんのお力を借りましょう」

 エビスさんとダイコクさんの名を頭に叩き込んだ。


「有難うございます。色々とお世話になってばかりですが宜しくお願いします」

「そうそう、こちらに見えたら話さなければと思っていたのです。実はヘスティアーちゃんはとあるアニメに出ているようで、日本ではちょっとした人気者なのです。故に下界でヘスティアーちゃんと呼ぶと大騒動になるやも知れません」

 ギリシャで忘れ去られて久しい私が遠く離れた日本で人気者と聞き耳を疑う。それもアニメにまで登場しているとは信じられなかった。


「ねえ、貴女何か知ってる?」

「いえ、私はアニメに詳しくありませんので」

 アンナは申し訳なさそうに答える。

「そこで愛称で呼ぶのはどうかしら。何か良いものありませんか?」

 天照大神は既に対策を講じていた。


 私はローマでは別名で呼ばれている。英語圏では更に別の名だ。それならば気付かれないのではないだろうか。

「私ローマではウェスタ、英語圏ではベスタと呼ばれています。ベスタなら誰も気付かないのではないでしょうか」

「それは良いですね。ではベスタからとってベスちゃんと呼ぶようにしましょう」


 ベスちゃんという響きが気に入った。何より人目を偲ぶ為とのシチュエーションに心が躍る。まさかこんな日が訪れるとは。アニメ万歳、日本最高!

「是非ベスちゃんでお願いします」

「はい、ベスちゃん」

 天照大神はにっこりと微笑んだ。


 ここでようやく気づいた。天照大神は私について事前に細かく調べてくれたのだ。でなければ、アニメに出ているなど知る筈はない。勝手に押しかけて来た旅行者にここまで心を尽くすとは。


「天照大神様有難うございます。私もう既にこの国が大好きです」

「ありがとう。でもご自身の目で色々と確かめて欲しいのです。世の中良い事ばかりではありません。この国にも駄目な所はたくさんあります。それも学んで下さいね」

 日本に関して神々や巫女に聞く限り皆一様に好意的だった。だが確かに良い所しかないなど不自然だ。先入観を持つことなく、ありのままを見定めなさいとの教えと受け止めた。

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