第5話 明かしまくり


 見つからないようにここを去るはずがその全貌を思いっきり晒してしまったリベル。しかも晒した相手が怪魔ハンター。

 さっきまで光線を楽しそうに叩き潰していたリベルが焦った声で俺に縋る。


「まずい、まずいぞタスマ。どうする…!」

『いや………とにかくとっととこの場から逃げるしかないでしょ……』


 もう見つかったもんは仕方ない。

 一秒でも早くこの場を去ったほうが良いだろう。

 

 それともう一つ。


『リベル……あと俺……』

「ぬ?」

『なんか気持ち悪くて吐きそう………うぷっ…』

「ッ!!!?」


 もう……我慢の限界かも……

 さっきからリベルが人外じみた動きをしまくったせいでめちゃくちゃ目が回って馬車酔いみたいに気持ち悪くなってしまった。



―――――――――



「おい待て貴様、今吐いたりしたら――」

『うっ………うぶっ!』

「ぬわあああああああ!!」


 やめろタスマァ! 今吐いたりしようものならとんでもないことに!! 

 耐えろ! 耐えるんだタスマ!!



「おい、怪魔が雄叫びをあげたぞ!」

「何かするかもしれん。構えろ!」



 いかん。つい叫んでしまった。というか我も我だ。

 我は戦うのが好きだ。一番己の自由を感じられる瞬間だからつい夢中になってしまった。しかもタスマの肉体はとても動きやす……ってそうではなく! 

 今『我の中』で吐いたりしたら我がこの状態を解除した時にタスマの全身がゲロまみれになってしまう!

 そうなってしまえばその悪臭ゆえに人間の街に入ることすらできなくなる。

 それだけは回避せねば!!


「見つけたぞ!」

「こちら第二部隊。標的を確認。現在第一部隊のジュウガサキ総帥が交戦――」


 すると後方からさっき振り切った奴らが……まずいな。本格的に遊んでいる場合ではなくなった。

 とっととこの場から――


「私がただ銃をぶっ放すだけの女だと思うなよ?」

「?」


 なんだ?

 まるで磁石のように我に迫っていた光線の雨が急に止んだ。

 我はさっきまで光線を撃ち続けていた銃の女がいたほうに顔を向ける。

 するとそこには我の眼前まで迫った女が――


「しっ!!」

「ぬ?」


 我の顔面に向かって拳を放ってくる。

 いい速度と重さだ。だが直線的すぎる。

 そのまま拳をつかんで握りつぶすこともできるが、今こ奴らと敵対するのはおそらく得策ではない。

 我はその拳を容易く躱す。

 


「ふっ!!」



 そして女は流れるように回し蹴りを放ってくる。

 そのままつかんで足をへし折ることもできるが、我は後ろに飛び退いて避ける。


「やはり…あたらないか……」


 我は今一度女を見る。

 さっきとすこし見た目が変わっている。

 まるで機械仕掛けの鎧を着ているようだ。この女の身に何が起きたかわからんが、おそらくさっきの銃が変形でもしてこの女に纏わり、何かしらの影響を与えたのだろう。

 この女のパワーとスピードが、我の想定していたものよりも三割ほど上がっている。


「………かといって、このまま引くわけにもいかん!」


 そう言って好戦的な笑みを浮かべる女。すると突然、銃女の着ている鎧が鮮やかな光を放ち出した。

 何かする気だな。


 だがこの女。先ほどとは違いとても良い目をしているではないか。

 恐らくこの女は我に敵わないことを承知で我に立ち向かってきている。

 そしてこの目、さっきまでは退屈で腐りかけのようなつまらない目をしていた。だが今はただ目の前の強敵に敬意を表し、死をも覚悟し、己の全てを出し尽くそうとしている。そういう熱く滾った目をしている。



 嗚呼……素晴らしい。立場や地位とやらを脱ぎ捨て、ただひたすら己を証明せんと熱く滾りし人間の自由な姿は。



 受け止めてやりたい……この女が己の全てを我にぶつけようとしているのなら、それを堂々と受け止めるのが戦う者としての礼儀と言うもの。


 だが今は………






『ん~! んーん! んー!!』


 おそらく我の中で限界まで頬を膨らませて吐くのを我慢しているであろうタスマ。

 戦闘の最中に吐かれたらたまったものではない!

 


 我は姿勢を低くし、両足に力を籠める。

 それと同時に、女も構える。


 戦いたい………だが今は……… 


「すまぬ」

「ッ!!!? 喋っ――」



 今は速くタスマをスッキリさせなくては!

 我はその場で天高く跳躍する。

 我が飛んだ衝撃で強烈な地響きと共に地面が抉れているのが見える。巻き添えを喰らっていないといいが……。

 






 そして我は森からはるか遠く離れた草原地帯に着地した。見渡す限り人間の気配はない。

 我はすぐにタスマの体内に戻る。

 するとタスマは膝をついてそのまま………


「うべええええええええええ!!!!」


 盛大に吐いた。まさに間一髪。

 とにもかくにもこれで一安心だ。


 というかついあの女に謝罪をしてしまったが………まあよいか。いろいろ明かしまくってしまったがもうどうとでもなれ。




―――――――――




 急に腰を低くした『黒』の怪魔。何かをしようとしている。

 私は反射的に構えをとる。



「すまぬ」

「ッ!!? 喋っ――」



 すると突然目の前の怪魔が消えた。

 そのわずか寸秒後、怪魔がいた場所を中心に地面が抉れ、周りの木々が吹き飛ばされ、土煙が竜巻のように巻き上がる。


「くっ……ぬっ………」


 あの怪魔の高速移動による衝撃波だろう。

 なんという威力、まるで暴風だ。

 私は吹き飛ばされぬように必死に足に力を込め耐える。


 しばらくしてその暴風は収まった。

 まだ土煙で周りがよく見えない。

 見えないがおそらく………


「気配が……消えた……」


 死角からの不意打ちを警戒して一瞬構えたが、そもそも怪魔の気配が消えている。

 逃げられた………


「………………」


 いや違う。逃げられたのではない。

 あの怪魔にとって私は相手にする価値がなかったということだ。

 その証拠にあの怪魔は一切私に手を出すようなことをしてこなかった。

 思えば私たちに対して全く殺意がなかった。


 あの怪魔にとって私はその辺の蟻一匹のようなものなのだろう。

 そう思うと私は悔しさで不意に拳を握りしめ、歯を食いしばっていた。

 あれほどの怪魔が存在するのか………



「ジュウガサキ総帥!」

「ご無事ですか!」


 するとさっきまで後方で待機していた私の部下たちが駆けつけてきた。


「私は無事だ。怪魔は逃がしてしまったが……」

「そうですか…………何だったんでしょうねあの怪魔……私たちが聞いていた情報とは全く違いましたが……」

「俺もマジビビりましたぜ。ジュウガサキ総帥の跳弾を素手ではじくなんて……」


 駆けつけてきた部下たちも私の無事な姿を見て安堵する。

 そしてこやつらに続くようにさっき怪魔がむかってきた方向から第二部隊と思われる集団がやってくる。

 

「姉貴~!」


 その中で私のことを馴れ馴れしく『姉貴』と呼んでこっちに爆速で向かってくる女。

 私が総帥を務める『ハンタークラン』、『月夜見』の第二師団団長。イアポニアでは珍しい赤い髪をツインテールで結んでいる背の高い女。

 名をセンリ。


 

「姉貴~~、姉貴姉貴姉貴姉貴姉貴~~、の姉貴~~!」

「おい、ソッチの名前で呼ぶな。男っぽくて嫌だと言っただろう」

「え~~、でもかっこいいじゃないっすか~~。ジュウガサキ・モリフユ。あたい結構好きなんすよ?」


 人目も弁えずもの凄い速度で私に抱き着き頬ずりしてくるこの女。それと同時に女の魅力をこれでもかと凝縮した巨大な二つの双丘を頭に押し付けてくる。

 こんなデカくて羨ま――コホン。


 いつもこんな感じだが、今こやつはこの任務における『第二部隊隊長』という立場なのだから少しは自制できんのか……


「んな事より姉貴! さっきこっちに怪魔が来たっすよね!? あまりにも速くて全く追いつけなかったんすけど……」

「ん? ああ、それはすまない。私たちの方に来たが逃がしてしまってな……」

「ふぇ~~、姉貴が怪魔を逃がすなんてことがあるんすね~。あのベヒモスを肉塊にした跳弾で仕留めれば一発じゃなかったんすか?」

「……その跳弾を素手で相殺された」

「…………え、マジっすか?」

「ああ」

「マジのマジで?」

「マジのマジだ。そして『鎧式』で全身を強化させた私の体術も軽くあしらわれ、そのまま一瞬にして目の前から消え去った。まるで私など相手にする価値がないと言うようにな」

「………………」



 いつも明るく、元気の塊であるセンリが珍しく言葉を失っている。その気持ちは私も同じだ。



「もしかしたら新種の怪魔である可能性が高い」

「そ、そうっすね。思えば色もあたいの知っている怪魔とも全然違ったっす……」

「ああ、だが今回の討伐依頼の対象である怪魔とは特徴が何もかも違う。なので調査はこのまま続行する。幸い、あの怪魔による負傷者はゼロだからな。お前も第二部隊の者たちにそう報告しろ」

「わ、わかったっす」


 とりあえず、あの怪魔の慈悲のおかげで死者はおろか、怪我人は一人もいない。このまま調査を続行してもなんら支障はないだろう。

 だがそれとは別に……


「………なあ、センリ」

「なんすか姉貴?」

「お前は今まで……怪魔に会ったことがあるか?」

「……………は?」


 あの怪魔、私の聞き間違いや、ただの空耳かもしれないがあの時……



――すまぬ



 喋っていた?

 何かに対して謝罪していた? 一体何に? 

 

「急にどうしたんすか? ………まあ、無いっすけど……」

「………そうか」

「?」


 やはり私の聞き間違いか……? 怪魔が人の言葉を話すなど……。


「すまん変なことを聞いた。さきほど言ったように調査はこのまま続行する」

「は、はいっす……第二部隊! 今回の討伐対象である――」


 まあいい。今はこの任務を終わらせることが先だ。考えてても仕方ない。

 今回の任務、受けて正解だったかもしれんな。鍛錬の時間を今以上に増やさなくては………。



 そう考え、私たちは本来の討伐目標である蒼の怪魔の討伐に向けて、再び森の中を歩き出した。



 それがすでに、あのによって食われたということも知らずに……。



 



 


 

 

 

 

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