第4話 百殺の銃皇


 あれだけの数の光線を見切る動体視力、そして最小限の動きだけで回避した

い身体能力の高さ。

 

――無理だ


 その動きを見ただけでこやつらではあの怪魔を捉えることはできないと悟った。

 だから私は一旦部下を後退させ、私の愛銃である『リフレクター』で速攻で仕留めようと考えた。

 まだ距離はあるが射程範囲。向かってくる怪魔に向かって『6割』の出力で放った。今の私にはこれ以上の出力だとその威力ゆえに跳弾の軌道がズレてしまうのだ。だがあの怪魔を貫くには十分な威力だろう。


 しかし、私の放った光線は躱される。


――想定内だ


 あれほどの動体視力と身体能力だ。避けられるのはむしろ想定の範囲内。あの怪魔を過ぎ去った光線は、前方の木に当たると、一本の極太の光線が無数の細い光線となって跳ね返り、まるで牢獄のようにあの怪魔の進路を塞ぐ。


生命即滅の監獄エクシジウム・カーセル


そしてその光線の内一本があの怪魔の真後ろにまで迫る。


――獲った


 完全なる死角。確信した勝利。私はあの光線が怪魔の頭を後ろから貫く絵面を想像した。だがその確信は次の瞬間霞のように消え去った。


「ッ!!!?」


 怪魔はまるで『分かっていたかのように』後ろを振り返り、間一髪でその光線を避けたのだ。

 それだけではない。

 その後も迫ってくる無数の跳弾を流れるような身体捌きで軽々と避ける。そしてあろうことか、あの光線の嵐の中怪魔は突然足を止め――

 


「私の跳弾を……私の攻撃を……」



 今まで数多くの怪魔を葬ってきた私の光線を、その場で動かずに腕だけでしている。


「あの……『百殺の銃皇』の……跳弾を……」

「『和核七戦鬼』の一人である『ジュウガサキ総帥』の……」

「な……なんなんだあれは………」


 私の部下たちも目の前の異様な光景に固まっている。それは私自身もだ。

 私は怪魔ハンターとして、この十年間数々の死線を乗り越えてきたため己の実力に絶対的な自信を持っていた。

 何よりも、あの《生命即滅の監獄エクシジウム・カーセル》は六年前の『大侵攻』を引き起こした『赫』の怪魔、個体識別名:『ベヒモス』を死闘の末討ち取ったときに完成させた技。あの鋼鉄のような肉体をもミンチにした私の奥義とも言える技だ。

 あの怪魔は光線をわけではない。身体の動きから見るに素の力だけで。しかも私ですら『目で追うのがやっと』な速度で。

 そしてその光線を叩き潰した怪魔の腕には傷一つついていない。

 つまりあの怪魔の肉体はベヒモスの硬さを遥かに上回るということになる。



 同時に気がついた。あの怪魔にとって私の攻撃はなんら脅威ではないということに………私はただあの怪魔に『遊ばれている』だけなのだと………。

『白』の怪魔がいくら束になって襲いかかってきても私からしたら何の脅威でもないように……あの怪魔にとって私はその辺に転がっている雑魚一匹に過ぎないのだということに……。

 その『現実』を目の当たりにし、私は心底震えあがった。

 



――すげえぞジュウガサキ! 赤の怪魔を単独で討伐しちまうなんて!


――英雄だ! イアポニアが誇る英雄だ!


――もうあの方がいる限り怪魔なんかに恐れる必要なんてねえ!




 怪魔と戦う上で人より恵まれた才能を持ち、『和国・イアポニア』最強の怪魔ハンター『和核七戦鬼』の一人。この国一のガンナー『百殺の銃皇』などと謳われ、もてはやされ、私は無自覚に自惚れていたのかもしれない。いや、自惚れていたのだろう。


 怪魔のこともハンターのトップ層に立っているからと言って、怪魔最強はずの『赫』の怪魔を討伐して、怪魔のことを全て分かった気になっていた。『赫』の怪魔を討伐して以来、これといって手こずるような怪魔と戦ったことがなかった。もうどんな怪魔が来ようと私の敵ではないなどと思っていた。


 その結果どうだ?

 イアポニア最強クラスの怪魔ハンターであるこの私が、目の前の怪魔相手に『次にどうすればいいのか』が分からなくなっている。

 『新人育成』も兼ねた今回の討伐依頼において、それはあってはならないことだ。


 生まれて初めて見る『黒色』の怪魔。おそらくアレは、怪魔最強だったはずの『赫』の怪魔を遥かに上回る力の持ち主なのだろう。


 そしてアレは人型………なのか?

 腕が四本、目が四つ、頭に生えた二本の禍々しい角、人より少し大きめの体格。そして極めつけはあの頭上に浮いている刺々しいリングのようなもの。

 怪魔特有の禍々しさと同時に少しばかり神聖さを感じさせる見た目。こっちに近づいてくればくるほど、重く、息苦しくなってしまうほどの重厚な威圧感。私が知っている人型の怪魔とは比べ物にならないほどの異次元なナニか。

 そのナニかに対して少しばかり恐怖の感情が込み上げてくる。



「…………ふ………ふふ……」

「隊長?」



 それと同時に胸が躍っていた。

 己が圧倒され萎縮してしまいそうな気配を放つ怪魔に久々に出会い、身体が熱く疼く。

 この感覚………長いこと忘れていた。


 そして思い出した。五年ほど前だろうか。

 ベヒモスを討ち取り、己の実力に慢心し、怪魔ハンターとして何か物足りなさを感じていたころにかけてくれた『あの人』の言葉。


 私と同じ怪魔ハンターで、とても自由奔放な男。

 思えばもう何年も会っていないな。



――あのベヒモスを倒して一年……『百殺の銃皇』と謳われ、称えられ、もてはやされ、あれ以来それと言って自分の命を脅かされる怪魔に君は出会ってない……か



 不思議な男だった。


 普段は自由奔放だが、いざというときには頼りになって、戦う上で天才と呼ばれるような才能は何一つなかったのに、誰よりも努力し、私よりも遥かに弱かったが、今となってはイアポニア最強の怪魔ハンターとしてこの国、世界全土にその名を轟かせている。



 最初の印象は自由奔放でただの変な男。だが本当の彼は、決して努力を怠らず、どこまでも高みを目指し続ける………いや、違うな、怪魔という化け物が蔓延るこの世界を誰よりも楽しんでいた男だ。


 その姿に憧れ、惹かれた……私の………

 


『お前は何のために怪魔を狩っているんだ?』


『………人々の平和な暮らしを守るため………怪魔に怯えて生きている人たちに少しでも笑顔でいてほしいため………だな』


『………ぷっ、くはははは!!』


『………何がおかしい』


『いや、天下の百殺の銃皇様も案外人の目を気にして生きてんだなと思って。まあ地位や名声を手に入れたら案外誰でもそうなってしまうんだろうけどな。俺自身ももしかしたら……』


『………何が言いたい』


『おうおうそんな怖い顔すんなよ。別にお前を侮辱しているわけじゃないんだ。まあ、あれだ。自分のためにしていることが偶然他人のためになっているだけっていうそんな単純な話』


『は?』




 言われた当時は一体何を言ってるのか分からなかった。あまりにも身勝手で、私のことを全て知った気になっているような彼の物言いに対して言いようのない憤りを感じたものだ。

 だが今になって、あの男の言葉の意味が分かった。

 

「私がここまで……野蛮な女だったとはな……」


 次にどうすればいいか分からない?

 笑わせるなジュウガサキ。そんな弱腰では、彼と肩を並べる和核七戦鬼としての名が泣く。


 己が圧倒される強者と対峙する際、何があっても引けない状況ですべきことは一つ。



――相手が自分より遥かに強くて、それでも逃げられないときは、ただ何も考えずに馬鹿になって自分の全てをぶつけりゃあいいんだよ!! 模擬戦で俺がお前にしてるみたいにさ!! それが命を懸ける者として、ハンターとして、そして魂焦がして戦う一戦士として、この上ないほどの最高の生き様だろ!!



「…………ふっ」

「ジュ、ジュウガサキ総帥?


 目の前で未だ私の光線を息一つ切らさずに相殺し続けている怪魔。ベヒモスよりも遥かに濃密で禍々しいオーラ。

 私の長年の勘が言っている。まともに戦おうものなら敵わないだろう。

 だがそれでも……私は……


 

「私は………『百殺の銃皇』……イアポニアが誇るこの国最強のガンナー」


 

 私は暗示のように呟く。

 私の部下たちの前で、この先イアポニアを怪魔の脅威から守るハンターの『卵』たちの前で、無様な姿を晒すわけにはいかない。


 私は怪魔に光線を撃つのを止めた。


――モード・リフレクター・鎧式


 リフレクターが私の身体を覆うように変形していく。

 

「私がただ銃をぶっ放すだけの女だと思うなよ?」


アーマードスーツと化した私のリフレクター相棒と共に、私は目の前の『怪物』に向かって走り出した。

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