第2話 リベルの力


 俺の第二の人生の幕開け。その始まりの一歩からずっと洞窟内を歩き続けてる。暗闇にも目がだいぶ慣れて明かりが無くてもほぼ洞窟の全貌が見える。


「なあ……リベル……」

『なんだ?』

「洞窟を脱出するために歩き始めてからどんくらい経った?」

『うむ………』


 俺は歩きながらリベルに旅の始まりからどれくらい経ったのかを尋ねた。



『ざっと9時間ほどだろうか……?』

「長すぎんだろこの洞窟! どんだけ深い所まで潜ってたんだよお前!」



 長い時間ずっと歩きっぱなしでおかしくなりそうなんだが。



『仕方なかろう。洞窟の浅いところに留まっていては他の人間に見つかってしまうかもしれないだろう』

「けどそっちの方が安全――」

『馬鹿者。人間などほとんどが欲望の塊に過ぎぬ。怪魔の中でも我のような特殊な個体が貴様に宿っていると知られれば、人体実験などで自由を奪われてしまうかもしれんぞ? 我は縛られるのが嫌いなのでな』

「まあ………それもそうか」


 たしかに珍しい個体の怪魔は人間に捕獲され、非人道的な実験をされているという噂をよく聞いた。

 もし俺もそういうことをする連中に捕まったりしたら……


「……っ……」


 たしかに想像するだけで鳥肌が立つ。怪魔を宿した俺は一体どんなことをされるか分からない。目覚めたら人体実験のための実験場だったなんてのは絶対に嫌だな。






 しばらく歩いてると、上に続く坂を見つけた。そしてその坂の奥には一筋の光が……


「!! リベル!」

『うむ、どうやらこの洞窟から脱出することができたようだ』


 俺は目の前の岩でゴツゴツした坂を高速で登り、明るい方へと走っていく。

 そしてついに――


「はっはああああああ、出たぞおおおおおおおおおお!!!!」

『便秘とやらが治った時のテンションに近いな』

「るせえ!! 俺は快便だああああああ!!!」



 俺は洞窟を脱出し、腹の奥底から雄叫びをあげた。

 見渡す限り平地に木々が生い茂っている。山ではなく森か。

 太陽も空高く昇っている。

 

 俺は一度大きく深呼吸をする。

 空気がうまい!

 

『さて、それでは改めて……』

「ん? ……うおっ!!」


 すると突然、俺の右腕が黒く変色して一回り太く、ゴツくなっていく。


「え、な、え?」


 俺は異形な見た目をした自分の右腕に唖然としてしまった。そして極めつけは手の甲についている一つの大きな目と口。その瞳にはまるで星のような紋様が浮かび上がっている。

 目がギョロリと俺を捉えると、その下についている口が動き出した。


「これで分かっただろう? この通り貴様の肉体には我が宿っている」

「あ、ああ………分かった」

「よし」


 リベルがそう言うと黒くなった腕が元の肌色の腕に戻っていく。

 あ、それだけ?

  

 

『ならば、この森で動物でも狩るぞ。融合直後で9時間も歩いたとなると腹が減る』

「お前腹ねえだろ」

『……とにかく何かを食したい。燃料補給は必須だ』

「はぁ、分かったよ」


 俺は溜息を吐きながら動物を探しに歩き出す。

 けど俺は9時間も歩いて疲れはしたが腹が減らないな。それもリベルが俺に寄生したことによる影響なのか?


『まあ、貴様はもう人間ではないからな。食事も普通の人間と違い二、三日に一回食えば健康に支障はない』


 うん、もう驚かない。こいつがサラッと言う衝撃的な事実を聞いていちいち驚いてたら心臓がもたない。

 俺自身の心臓はもう無いけど。

 

「人間じゃない? じゃあなんなんだ俺は?」

『そうだな、元人間でありながら怪魔の力を有する者………『怪人』? とでも言えばよいのではないか?』

「怪人………ザ、悪党って感じだな」

『だが良いではないか。我々共生型の怪魔は数が限られてる上にその力は強大だ。そして宿主の器たる人間の数は極めて少ない。我は過去数千もの人間と融合を試みたが、成功したのはほんの一握り。その一握りの選ばれし者と思えば悪い気もしなかろう』

「選ばれし者……」


 選ばれし者か。よく物語とかで聞く言葉だな。まあ確かにそう思えば悪い気はしない。


「そういえば今『我々共生型』って言ったけど、リベルの他にも共生型の怪魔っているのか?」

『いるぞ。数えられるほどしか存在せぬが……』


 やっぱいるんだ。


『だが、そ奴らはほとんど宿主となった人間を言葉巧みに洗脳しようとするがな』

「え? じゃあお前は……」

『人間を洗脳しようとするものは人間を殺すことに至上の悦楽を感じているようなやつらだ。我をそんな奴らと一緒にするでない。人間の間で怪魔がどのような認識になっているのかは知っているが、怪魔すべてが人間に対し悪い感情を持っているわけではないのだ』

「……………」

『怪魔もまたこの星に存在する一つの生命体。人間が生きるために牛や豚を食すのと同じように怪魔もまた生きるために人間を食す。我は例外として、ただ無意味に人間を殺すことを楽しむ輩もいるが、ほぼすべての怪魔は人間含めた動物を食さないと生きてはいけんのだよ』


 リベルの言葉を聞いてなんだか複雑な気持ちになった。

 たしかにリベルの言うことも一理ある。けどだからと言って俺の両親が殺されたことを怪魔にとっていい様に正当化したくない。

 けどこんなこと考えても仕方ないか。

 

『まあ、貴様の気持ちは人間として決して間違ってはいない。人間は自然的な生き物ではなく社会的な生き物なのだからな。同族に対する気持ちというのが並みの動物に比べて格段に強い…………と、そんなことよりも…………お、ちょうど良さそうなのがいるではないか』

「え? ………あ」


 リベルとひょんなことを話しながら歩いていると、さっそく見つけた。


 怪魔だ。けど今はいびきをかいて寝ている。

 体長は5メートルほど。簡単に言うなら虎に悪魔のような角が2本生えている。

 そしてその色は『蒼』。


「青か………」


 正直少し怖気づいていた。

 怪魔は色によってその強さを測ることができる。

 強い順に、赫、紫、蒼、黄、緑、白。

 蒼は上から3番目。結構強い個体だ。


 何故そんなこと知ってるかって?

 大人になったら怪魔の危機から人々を守る『怪魔ハンター』になりたいと思って勉強していたからだ。

 

 だから怪魔の中でも中の上くらいのレベルにいきなり出くわして少々ビビっている。

 だがそんな俺にリベルは――


『ふん、たかが猫風情に何をそんなに怖気づいている。己の身を犠牲にしてまで、アイフェとやらを破壊の化身と化し暴走した以前の宿主から守り抜いた貴様はどこへ行ったのだ?』

「うるせえ。それとこれとは状況がちげーんだよ」

『あの時よりかは遥かに生温い状況だが?』

「うぐっ」


 くそ、好き放題言いやがって。

 お前も俺の中に引きこもってないで何とかしてくれよ。


『はぁ、仕方ない。確かに今の貴様では我の力なしではあの怪魔に瞬殺されるだろうからな』

「じ、じゃあ…」

『分かっている。ならばユウジ、何かしらあの怪魔を斬り裂いたり叩き潰せるような武器に右腕を『変化』させるように脳内で想像しろ』

「は?」

『いいからやれ』


 武器に? 右腕を? 変化?

 よく分からんけどやるしかない。

 とりま一番俺がイメージしやすく扱いやすそうな武器………。


「……ん」


 俺は脳内でその武器をイメージする。

 すると――


「ぬあっ!!?」


 俺の右腕が黒く変色し形を変えていく。


「うえっ、あ、ちょ、え…」

『おい、いちいち驚くな。それと思考を乱すな。我の『異能』で一番重要なのは想像力なのだから、少しでも思考を乱せば肉体をうまく変化させることができんぞ?』

「……す、すまん」


 俺は一度落ち着き、改めて武器をイメージする。

 そして俺の右腕が徐々に脳内でイメージした『大剣』に変わっていく。


「………すっげ」

『これが我の異能ちから。己の肉体を想像次第で何にでも自由自在に変化させることができる。まあ今は『蓄え』がほとんどないからこれくらいが限界だが…』


 長さで言えば成人男性の2倍くらいだ。本当にこれが自分の腕なのか疑ってしまうほど禍々しく、どんなものでも斬り裂けそうなオーラを放っている。


「………?」

「……あ」


 すると目の前で寝ていた怪魔が目を覚ました。


「グルル……」

「………っ……」


 身体を起こし、虎のように鋭い眼光で俺を睨みつける怪魔。それだけで俺はその威圧感に委縮してしまう。


『落ち着け』

「リベル……」

『我が飛び掛かってくるタイミングを見極め合図を放つ。それと同時に貴様はその剣であの猫を薙ぎ払え。我の力を信じろ。いいな?』

「………わ、分かった」


 怪魔が一歩、また一歩と俺の方へ近づいてくる。そしていつでも飛び掛かれるように姿勢を低くする。

 俺もなるべく目の前の怪魔を刺激しないようにゆっくりと大剣を振りかぶり、構える。


「ガルルル………」

『まだだ………』

「グルル……」

『まだ………まだ………』

「…………」

『……今だ!!』

「ガアアアア!!!!」


 リベルの合図とともに怪魔が猛スピードで俺に飛び掛かってくる。

 速い! 


「う、うおおおお!!!!」


 俺は高速で飛び掛かってくる怪魔に向かって、大剣に変化した右腕を勢い任せに思いっきり横に振る。


「ガヒュッ!?」


 俺の右腕が何の抵抗もなく、怪魔を真っ二つに斬り裂いてしまった。それだけにとどまらず、俺の薙ぎ払った右腕から発せられた真空刃のような斬撃が前方十数メートル範囲に生えている木々をも全て両断してしまった。

 

「…………」


 俺はさっきまで木々で生い茂っていた森の一部が、ほぼ更地になってしまっている光景に呆然としてしまった。


『ふむ、今はまだ『1.2割』ほどか……初めにしては上出来だな、タスマ』

「お、おお………」

『さて…』


 次の瞬間、俺の右腕が俺の意思に反して、言葉では表せないほどの異形な姿形へと変わっていく。

 その異形なナニかへと姿を変えた俺の右腕は、今倒した虎型の怪魔の死体へと向かっていき――


「ムシャムシャ、ブチブチ、バキッ! ゴキッ! ムシャムシャ」

「…………っ……うぷっ」


 その肉を貪るように、食いちぎりながら食べていく。そのあまりにもグロい光景に俺は吐き気がして思わず目を瞑ってしまった。





 数分後……


「グシャグシャ……ムシャムシャ……ゴクン………ふう…」

「……お……終わったのか?」


 俺はリベルの食事が終わったかしぶしぶ尋ね、恐る恐る目を開く。


「ああ、終わったぞ。不味かったが、それでも良い栄養補給にはなった」

『そ……そっか』


 目を開くと、そこには怪魔の死体が綺麗さっぱり無くなり、異形な姿をした俺の右腕がみるみるうちに元の肌色の腕へと戻っていく。




 俺はこの時改めて実感したのだった。俺の中に宿っている『化け物』は………間違いなく人類の天敵であり、俺の街を破壊し尽くした強大な力を持つあの『怪魔』なのだということに。


 


 


 

 



 


 


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