第1話 魂、壊、蘇


 強大な力を持つ怪魔の前では、ただの人間など無力。

 たとえ怪魔に奪われたとしても、戦える力などないから、ただ両親を殺した怪魔に対して恨み言を吐くことしかできない。

 

 俺はそんな現実に納得できなかった。いや、認めたくなかった。

 力無き弱者は、力を有する強者に理不尽に虐げられるこの世界の現実を。


 もしも俺に怪魔と戦えるほどの力があったら……俺の両親も……俺自身も………奪われずに済んだのだろうか……







 なんて、死んじまった俺が考えても仕方がねえか。唯一の心残りがあるとすれば、アイフェを一人にさせてしまったこと。

 あの時、アイフェを庇うのではなく、抱きかかえて逃げていたら、俺も生き残れたのかもしれない。けどあの時はアイフェが殺されてしまうと思ったら、いつの間にかあんな風に身体が勝手に動いてしまった。


 

 「……………ううん…」



 ん? 死んだのに

 

「ここは………」


 ここは天国か?

 俺は身体を起こして周りを見回す。

 真っ暗だ。てことは地獄か? 

 これと言って悪いことした覚えがないんだが。


 自分のこれまでの人生を呑気に振り返っていると突然――



『起きたか』

「…………ん?」


 え? 声?

 誰かの声が聞こえる。


『前の宿に失敗し、暴走して街を破壊し尽くしたが、貴様ならばその心配は無用か……』


 聞こえるというよりかは脳内に直接響いてる感じ。

 誰? マジで誰?


「おい……あんたは…」

『ん? ああ、すまない。我の名は『リベル』。怪魔だ』

「…………は?」


 は? 怪魔? え、なに、怪魔って喋れんの?

 てか何で怪魔が?

 殺される!? いや俺死んでるはずだけど。


『貴様はまだ死んではおらん。我との融合によって心臓は再生されてる。しかもにたった三年で済むとは。これほど適性の高い宿主は貴様が初め――』

「ちょ、ちょっと待て!! さっきからお前は何を言ってるんだ!? 融合? 心臓が再生? 宿主? マジで何!?」


 まるで頭が追い付かない。一回落ち着こう。

 『融合』、『心臓の再生』、『宿主』


 これらの言葉から察するに俺はこの怪魔に『寄生』されてる?

 怪魔にはそれぞれ特徴があったはず。

 怪獣型ギガンテス人型ヒュマノ魔獣型ビースト寄生型パラサイト霊型ゴースト

 怪魔は基本的にこの五つの種類に分けられる。怪獣型と魔獣型の大まかな違いはそのサイズ。二十メートルを上回るものは怪獣型に分類され、それ未満のものは魔獣型に分類される。人型はただその容姿が限りなく人間に近いからそう呼ばれているだけで知性はない。

 それが怪魔に対する一般常識。

 俺の街を襲っていたのが恐らく怪獣型の怪魔。あれははっきり言って三十メートルを超えていた。


 けどそれと今の状況は関係ない。ていうか仮にこの怪魔に寄生されていたとして何で俺は自我を保ったままなんだ?

 怪魔に寄生された人間は自我を失い、ただ人を殺しまくる殺戮生物と化すのに。

 だめだ分からん。マジでこの声主は一体――

 

『ちなみに貴様が暮らしていた街を襲った怪魔は我だ』

「あ~もう、今色々と頭を整理してるから話はあとにしてく……………ナニ?」


 え………今……こいつ………なんて言った?

 

「ヲイ……今なんつった?」

『だから、貴様の暮らしていた街を破壊したのは我だ。まあ正確には我の融合の負荷に耐えられず暴走した前の宿主だがな』

「……………」


 衝撃の事実を聞かされて俺は怒りや憎悪が沸くわけでもなく、ただ呆然と固まってしまった。言葉を失うとはまさにこのこと。


 しばらく固まったあと、俺はこいつに聞かなくてはならないことがあることに気づいた。


「………それが本当だとして……アイフェは無事なのか?」

『『我ら』が貴様を食うた後、アイフェとやらは必死に我らから逃げていた。暴走した前の宿主はその後も貴様の街を破壊し尽くしたが、殺した人間の中にその女と思われる者はいなかった。恐らく生きてはいる』

「……そうか…」


 こいつの言うことが本当かどうかは分からないが、アイフェが生きてくれているのならそれでいい。


「まあそれはそれとして、お前は一体何なんだ? 俺のことを『宿主』と言っているということはお前は寄生型の怪魔なのか? 仮に怪魔だったとして何故お前は言葉を話せる?」

『質問が多いな。まあいい、我とお前は今や一心同体だからな。答えてやる。まず我は怪魔だ。今の我は貴様の『心臓』に成り代わり、貴様に寄生している』

「俺の……心臓に……」

『さよう。だが我は貴様に寄生しているが寄生型の怪魔ではない』

「なんだと?」

『貴様ら人間風に言うなら………『共生型』………とでも言えばよいか?』

「共生型……初めて聞いたぞそんなの」

『我は怪魔の中でも特殊。寄生型は乗っ取った人間の自我を完全に奪い去るが、『我々』のような共生型は宿主の自我を奪わない。だがさっきも言ったように宿主が我々との融合に失敗すれば、貴様の街を襲った奴のようにあるゆるものを殲滅する破壊の化身と化す』

「…………俺とお前は……お前の言う『融合』には成功したのか?」

『ああ、成功どころか大成功だ。普通、融合には相当な時間がかかる。これまでの融合に成功した人間の中では最速で十二年、一番長くて五百年もの時間がかかった者もいる』

「ごひゃっ!!? ちょっと待て!! じゃ、じゃあ俺は――」

『言ったろう? 『大成功』だと。貴様と我が融合するのにかかった時間は僅か三年。正直言って早すぎるくらいだ。貴様は相当我との相性が良かったのかもしれんな』


 三年……てことは、俺は今18歳ってことか。

 マジかよ。はっきり言って怪魔と相性が良いなんて言われてもうれしくねえぞ?

 今普通に話してるけど俺結構怪魔のこと憎んでるからな?


『あと我が人の言葉を話せる理由だったな』

「ん? ああ、それは別に――」

『それに関しては、我は寄生した宿主の脳を通じて人間の言葉を学ぶことができるのだ』


 なるほどね。

 何故話せるのかはこいつと話してるうちにもうどうでもいいやと思ったけど律義に答えてくれましたねこの怪魔。


『他に質問は?』


 そしてなんでも教えるぜ? みたいな感じで質問はないか聞いてきやがったぞこいつ。意外に良い奴なのか?

 てかそういえばこいつと俺はいつ融合したんだ?

 

『貴様が我らに食われた後、数時間ほどして貴様は偶然我の『核』に触れた。そこから融合が始まったのだ』

「あ、お前俺の心読めるのね?」

『ああ、貴様のことは融合の最中に少し脳を覗いて色々と知った。好きな食べ物は牛型怪魔肉のステーキ。ガキだな。好きな女のタイプは細身だが胸と尻が大きい者。いかにも欲に忠実な雄だな。誰にもバレたくない秘密は幼少期、一か月に二、三回の頻度でおねしょ――』

「どわああああああああああ!!!!! もうそれ以上言うなーーーーッ!!!!」


 恥ずか死にそうでつい叫んじまった。

 なんてこった。俺のプライベートはこいつに全部駄々洩れってわけかよ。てか所々余計なこと言ってたなコイツ。



「はぁ……はぁ……」

『落ち着いたか?』

「るせえ」

『他に質問は?』

「んあ?」


 他には何か。

 何がある? 正直聞きたいことが多すぎて迷ってるが言葉にすることができない。

 

「………いや……ない……」

『そうか』


 ていうか俺はとりあえずこの真っ暗な空間から早く出たい。ここはどこだ。


『ここは貴様と我が融合するために利用したただの『隠れ家』だ。正確には洞窟の奥深くだがな』

「洞窟………確かに言われてみれば………」



 目がこの暗さに慣れてきて徐々に見えるようになってきたけど、確かに壁とか天井とか岩みたいにゴツゴツしてるわな。てか岩だな。

 だったらなおさら早く外に出たい! 一秒でも早く日の光を浴びたい! 


『なら我の指示に従って進め。そうすればこの洞窟から出られる』

「分かったよ。ところでもう俺とお前はずっとこのままなのか?」

『ああ、恐らく貴様が死ぬまで一緒かもしれんな。というより貴様自身の心臓は我が成り代わってるだけでもう無いのだから、我が貴様の肉体から脱したら今度こそ死ぬぞ?』

「うげぇ。マジかよ」

『とはいえ、我も貴様の肉体との親密度が高すぎてもはや我の意思では貴様の肉体から脱することができん。まあこれほど我と相性の良い人間は我も初めてで、我自身も貴様の肉体はとても心地よいからなるべく離れたくはないな』

「お、おぉ、そ、そっか」


 なんか少し照れてしまったじゃないか。俺の肉体が心地よいとかなんかいやらし――


『さて、とっととこの洞窟から抜け出すぞ』

「ハッ! ……お、おお! そうだな! そんじゃ頼んだ。え~っと………」

『リベルだ』

「リベル。そんじゃ道案内よろしく頼む。あと………この先ずっと一緒だってんなら俺ん事も気軽にタスマって呼んでくれ」

『ふっ、ならそうさせてもらおう。ではタスマ、まずはこの先の分かれ道を右に――』


 そして俺はこいつの案内に従って真っ暗な洞窟の中を歩き始める。

 なんか俺、いつの間にか僅かな会話だけでこいつに気を許しちまってるな。

 俺は怪魔はどちらかというと嫌いだ。けどこいつは話してると何故か嫌いになれない。話した感じ根っからの悪って感じでもない。勘だけどな。


「…………」

『そのまま真っすぐ進むと広い所に出る。そうしたらその道をずっと………おい、聞いているか?』

「っ!! あ、ああ。すまん。で? この道を行けばいいのか?」


 まあ今考えても仕方ないことだ。

 ずっと一緒になってしまうというのが本当なら、まだいくらでも時間はあるんだ。

 こいつに関してはこれから少しずつ知っていけばいいだろう。


 



 この日から俺は、リベルという名の怪魔と奇妙な共同生活を送り始めるのだった。



  


 




 

 

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