厄災のリベルタス

ゆきたか

プロローグ

第0話 ある人間の終わり


 『怪魔』

 この世で最も人間の命を奪い続けている人類の天敵。

 俺が怪魔によって奪われるものは両親で最後。あれだけ辛い思いをした俺はきっと幸せになれるはず。

 そんな平和ボケした理想をずっと抱いていた。

 けど三年前、突如として街に出没した怪魔に俺は――






 

 激しい業火に包まれている街。



「はあ……はあ……はあ……」



 俺は無我夢中でその街中を走り続けている。



「グオオオオオオオオオッ!!!!!」


 

 遥か後ろの方で雄叫びをあげている、腕が四本、目が四つ。頭部から生えている禍々しい二本の角と、その上に浮いている鋭い針が付いたリングのようなもの。恐らく30メートルほどの高さがあるであろう『黒色』の『怪獣型』の怪魔。怪獣というよりかは巨人だなあれは。まるで神話や御伽噺に出てきそうな感じの。

 

 

「ひぃッ! 逃げろ! 逃げろぉ!!」

「おいどけ! 俺はまだ死にたくねえ!」

「うええええええん、パパぁ、ママぁ!」


 まさに惨劇。

 民間人は冷静さを欠いて、他人を跳ねのけながら逃げている。俺もその人混みの中、あの怪物から必死に逃げていた。

 

 怪物はズシンズシンと大きな足音を立ててこっちに向かってくる。


「うわああああああ!! どけええええええ!!!」

「早く進め!!! このままじゃ潰されるだろうが!!」


 こっちに迫ってくる怪魔に一層恐怖を抱いた民間人が声を荒げる。


「はあ、はあ、くそっ!」


 俺もぶっちゃけ冷静ではなかった。あの怪物に踏み潰されるのを想像し、他者をはねのけて逃げようとした。


――ズシン、ズシン! ズシン!!


 その足音がどんどん大きくなっていく。どんどんこっちに近づいてくる。後ろを振り向くと、怪魔はもうほぼ近くまで迫っていた。

 

――もう駄目だ……死ぬ


 俺はもう逃げている足を止め、迫ってくる怪魔を見上げたまま、死を覚悟して目を瞑った。

 だが…


「…………ん?」


 突然その巨大な足音が止まった。最後に聞いた足音からしてまだ少し距離はあるだろう。

 俺は恐る恐る目を開ける。

 目を開けた先には、仁王立ちしている怪魔の四つある目がどこか一点を凝視している。そして怪魔が凝視している方に目を向けるとそこには――


「あ……あぁ………う………あ…」


 俺と同い年くらいだと思われる、怪魔の視線の先で腰を抜かしている一人の白髪の女性。

 

「あれは……………ッッ!!!!??」


 彼女は……いやあいつは!


「アイフェ!!!」



 怪魔が視線を向ける先で腰を抜かしているのは俺の妹のアイフェだ。

 何であんなところに!


 すると怪魔は突然口を大きく開いた。そしてその口の中から触手のようなナニかが出てくる。

 触手が一定の長さまで出てくると、その触手がアイフェに向かって伸びていく。


「ッッ!!!………やべえ!!」


 俺は未だ恐怖で腰を抜かしたまま動けないアイフェを助けたい一心で、アイフェの元へ走り出す。


「立てアイフェ!! 早く逃げろぉ!!!」


 俺は走りながらアイフェに向かって喉が枯れてしまうほどの大声を張り上げる。

 

 そして俺の声に気づいたのかアイフェは俺の方に振り返る。


「あ……にい……さ……」


 その銀色の眼から涙を流し、声も振るえている。

 無理もない。非力な一般人があんな化け物を目の前にしたら誰だってああなってしまう。


「くっ、うおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」


 俺は雄叫びをあげて必死にアイフェの元へと走る。逃げ惑う人々を押しのけながら死に物狂いで走り続ける。


 触手がもう少しでアイフェに届く。しかもその触手はアイフェに向かうにつれてその先端が鋭利な刃物のようにどんどん鋭くなっていく。

 

「くそっ……間に合え……間に合え!!」


 頼む、間に合ってくれ!

 走れ! 走れ!!


「アイフェえええええええ!!!!」


 そして俺は、触手がアイフェに届く寸前、アイフェを守るように、アイフェと向き合うような形で、アイフェの前に……


――ドスッ!!


 『何か』が『何か』を貫いた音。



 あれ………なんか……左胸が………痛いな……。


「………………」

「にい……さ……あ、嗚呼………そん……な……」


 視線を下ろすとそこには……背中から俺のを貫いた触手が……


「…………がふっ……」

「…………にい……さ……いや……いやだ………そんな………」


 俺は盛大に血を吐いた。そんな俺を見て、息を荒げながら大粒の涙を流すアイフェ。

 

 はは、こいつのこんな顔は初めて見た。いつもムスッとしてて、俺が話しかけてもすぐそっぽ向かれたりして、感情が分かりにくい奴だったんだけどな。

 

 こいつが俺を見てこんなに泣いてるってことは、俺の死を……悲しんでくれてるって……捉えてもいいのかな………。

 俺はアイフェに………兄として………家族として愛されていたと………捉えてもいいのかな………。


「はぁ………はぁ………」


 視界が……ぼやけてきたな……。

 

 俺の心臓を貫いたままの触手がさらに伸び、俺の身体をグルグル巻きにする。



「あ……あい………ふぇ……」

「にい……さ………わ……たし……」



 きっと……俺はもう死ぬ。だからせめて……せめて一言だけ…。

 朦朧とする意識の中、俺は届きもしないのに、幼いころアイフェによくしてあげたように、頭を撫でようと右腕を伸ばす。


 気づけばもう怪魔の『口の中』。小さく見えるアイフェに向かって俺は、最後の力を振り絞って微笑み――


「――――生きろ」


 アイフェには長生きしてほしい。アイフェには幸せになってほしい。アイフェには自分の人生を最後まで生き抜いてほしい。

 もっと一緒にいたかった。もっと一緒に遊びたかった。お前が誰かと結婚して、幸せになる姿をこの目で見てやりたかった。


 それらの想いを、俺はその一言に込めて、消えてしまいそうなほど小さな声で、最愛の義妹に送った。



 そして俺はこの日、怪魔に、この命に終わりを迎えた――



 


 

 




 

 

 

 

 


 



 






 











 

 

 

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