男爵の話

 アシュレイが遅めの朝食をとって家庭教師のフェンが重い鞄を抱えてやってくる。今朝のメニューはひき肉のオムレツに牛乳だった。もしかしたらまた苦しいのかもしれない、と思ったけどアシュレイは黙っていた。ベランダから庭を見渡すと一面のアネモネが咲きアシュレイが植えたビオラが可憐に顔を覗かせる。今日は歴史だ。滅多に褒めないフェンがアシュレイの記憶力の良さに関心していた。それをルバートに言ってルバートがそうでしょうと当たり前のように言うと親ばかねとでも言わんばかりの表情をしてフェンは去っていった。


「冷たいようですけどなかなかの女性ですよねあの方」


 背中を眺めてルバートがそういうのでアシュレイはあの人怖いというのだった。

 時期は1月であるツンドラ気候のエルキナから来たアシュレイはこの国の暖かさに驚いていた。アシュレイは手紙を待っていた、リトルコールティンからの手紙。郵便受けの前で待っていると、ルバートが傍にいて、今日ルチア様が訪れますと言った。


「何のようだよ」


「さあ‥‥?」


 豪華な馬車が門の前に止まってめかしこんだルチアがしゃなりしゃなりと歩いてくる。候爵夫人も一緒だった。


「アシュレイまた会えて嬉しいわ」


 候爵夫人がそう話しかけ、お供から手袋をもらいはめていた。息がすっかり白い。ルバートがさあ中へと誘うと頷いて二人とも屋敷に入ってくる。


「あら絵が新しいのね」


 ルチアが目ざとくそういうとソファを拭いていたキャベルが私が描きましたと言った。


「変わらないわあの子のいた頃のまま‥‥」


 候爵夫人はハンカチで目をふいた。アシュレイは泣いたのは何かあったのだと察した。


「あの、男爵は今どうしてるすか」


「アルコール中毒の施設に入って廃人同然の生活をしているわいい子だったから‥かわいそうで」


「そ‥‥そうですか‥‥」


 それを聞いていたルバートとスラッシュとミアムは悲しげな表情を一瞬してまた仕事に戻っていく。この人やルチアから男爵のはなしを詳しく聞かねばならない。客用のアッサムティーがダイニングテーブルに並べられとっておきのケーキなどが光り銀の食器がある。


「おじ様は素敵なかただったわ誰にでも優しくて気取らなかったそうあなたみたいに」


 アシュレイはそれを聞いてぎくりとした。


「わたくしにも優しかったわ‥‥それがどうしてこんなことになるのかしらわたくしにはわからないわねえどうしてなのおばさま」


「男の人にはきっと女のわたしたちがわからない何かがあるのよルチア‥‥」


 すべての男に破滅願望があるとは言えない。でも安泰から転げ落ちた男爵はねがいのとおりに破滅していったといえる。


「きっと欲望に弱かったんだ‥‥」


 アルコールに金銀財宝賭博にタバコに美女そんなものに溺れて生きていくのを選ぶやつがいる、男性はもちろん、女性でも。アシュレイは宮廷にいたのでそんな貴族がいるのはよく知っていた。重い鬱にかかって自殺するようなのもいた。そこまで考えて思った。


「男爵生きてるんすか?」


「‥‥何度かピストル自殺をしようとしたの」


 ルバートはそれを聞いて倒れた。

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