絵の完成を迎えて
絵師が、椅子から立ち上がったのは四日目の昼間だった。試行錯誤しながら塗りたくった油絵は素晴らしい出来で、アシュレイを唸らせた。額縁に嵌めようとするとまだ乾いてないのでと止められて、絵師は満足気にして絵を眺めていた。使用人たちも覗きにくる、ルバートは今まで雇ったどの画家より腕がよいと褒めた。絵師は照れくそうにして油絵の具まみれになったエプロンで手を拭いた。スラッシュがへえ、絵画はこんな短い時間で完成するのかと感心していて、ミアムは本物そっくりねと言っていた。日当たりのよい屋敷の様子やアシュレイのたおやかな黒髪、黒い瞳、少しツリ目、整った目鼻立ち
石鹸のおかげかツヤツヤした肌など絵は何もかもすべて表現しきっている。
「出来ることはすべてしました」
「では‥‥」
ルバートが給料を払うために呼び出すと、絵師はお金はいらないのでここに置いてくださいと懇願した。
「いや、しかし?」
「リビングの椅子で寝るので3食食べられればそれでよいのでなんでもします!私をここに置いてください!」
「坊っちゃんに聞いてきますけど‥‥」
答えは聞かなくてもわかる、アシュレイのことだ、きっと許すに違いない。アシュレイに聞きに行くと一応簡単な履歴書書いてもらってと言ってダージリンを飲んでいた。多分坊っちゃんは雇う気だとルバートは思った。
「国立美術大学卒業‥‥」
絵師は難関の美術大学を卒業し、宮廷画家として雇われ、今29歳だと語った。名前をキャベルといった。
「大学を出してくれた親にはもう頼ることができないんです、母が内職や仕事をして女手ひとつで育ててくれたものですから」
国からの援助を受け、貧しさの中で絵を描いていたこの青年にルバートは同情した。ルバートの親もこの屋敷の執事で住み込みで働き町娘と恋に落ちてやがてルバートが産まれた。暮らし向きはやはりよくなかった。当時のシーザは内戦が続いており、学校どころではなかった。兵役に行き、軍隊にいたこともある。そのような過去を思い出し、もう亡くなった親に思いを馳せ、この青年と一緒にこれからも仕事をしていくのだとルバートは予感していた。乾いた油絵は金の額縁に入れられリビングに飾られ荘厳な圧倒的な雰囲気を醸し出していた。植え替えが終わった時期が過ぎたスイートピーの代わりに、曼珠沙華が咲き誇っている。この屋敷に新しい使用人が一人増え、ますます賑やかになるもとは破産した男爵の館なのだった。
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