侯爵夫人の屋敷で
アシュレイが朝起きるとルバートが起こしに来た。パジャマから普段着に着替え顔を洗い手を拭いていると、今日は侯爵夫人の屋敷にお呼ばれしていますと静かに言った。
「侯爵夫人?」
「ご近所の方です、いつも馬車を貸してくださってる方なのですよ」
「ああ……」
アシュレイはルバートがいつもどこから借りてくるのかずっと疑問に思っていた。
「男爵とは遠縁の方です、おやさしい美しい方ですよ」
パーティーは昼から始まる、アシュレイはダイニングへと移動し今日はチーズのリゾットと紅茶とサラダですよと言われだされた。紅茶はダージリンで来客用のアッサムではない。白磁の器に浮かぶ茶色いお茶を眺め、そういえばなんでコメがあるのと聞いた。
「近所の農家からのおすそ分けって聞きました」
「大規模農園あったっけ」
屋敷の周りは一面の農場で見渡すばかりの作物が実る豊かな大地である。アシュレイは農家が何を作っているのかは知らなかった。屋敷は景色がいい。庭を見渡せば綺麗に剪定された木々が生えスイートピーが咲き誇っている。そろそろ時期を過ぎたスイートピーでスラッシュが色々次は何を植えるか考えていたらしかった。スラッシュが朝食を取るため通り過ぎたので次は何を咲かせるのと聞くとアネモネですと照れ臭そうに答えた。
「坊ちゃんプリムラジュリアンはどうです」
「まあ…間違ってないと思う」
「よかった」
食器をミアムが下げて従業員の朝ごはんの時間である。アシュレイに出したチーズリゾットの残りとすこしの野菜。全員が集まって会話し始めると、侯爵夫人の話になった。ミーシャが侯爵夫人ってあの人だっけと聞くとルバートが多分そうですねと言って微笑んだ。
「あの人子供いないし面倒みたいんだろうなあ」
スラッシュがそう言うと、男爵の屋敷を買い取ったのもあの人かもしれないという話になった。食器をそれぞれ洗い、食器棚に片付けるとさて仕事仕事といそいそと出かけていく。アシュレイはやっと親の手紙を読む気になりカッターで封を開けて読んでいた。一言たまには連絡を寄越すようにと書いてあった。親は宮廷楽士を無断で辞めて騎士になるためシーザに来たアシュレイのことをもう諦めているのかもしれなかった。そっとチェストにしまいこんでお呼ばれ用の外出着に着替え、そのあとルバートが呼びにやってきた。
「坊ちゃん行きましょうか」
アシュレイは物腰柔らかいルバートの微笑みでほっとした。ミーシャがひく馬車は一面の農園を通り過ぎ立派な白い屋根の屋敷が見えてくる。何かへまをやらかさないかルバートも一緒で、集まった貴族の連中のなかに混じってアシュレイはすこし緊張していた。
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