第34話 マリーンの傷心


 トマリカノート港にある海中展望台の最上部に自警団員たちが集まり、呆然としながら海を見ていた。


 階段を駆け上がってきたマリーンたちが展望台の壁にはりついた。


「なんだありゃあ…。」


 ジーンのつぶやきに答えるものは皆無だった。その場の誰もがかつてそんな光景を見たことがなく、コナでさえも答える術がなかった。しばらくしてから、ようやくマリーンが声を絞り出した。


「あれが…異世界からの反撃なの?」



 マリーンたちが見た光景、それはトマリカノートの港から見える海を一面に覆い尽くして浮かんでいる無数の巨大な物体だった。

 一見、船のように見えたが帆船にしてはどれもこれも大きすぎる上に、帆が一本もなかった。


「材質は…明らかに木ではありませんね。金属でしょうか? なぜ海面に浮かぶことができるのでしょう? あの平べったい船にたくさん乗っている鳥のようなものは…?」


 コナは金色の瞳で懸命に異様な物体を観察してスケッチをしていた。


「コナ、それをどうするの?」


「ムダかもしれませんが、あの人に見せて教えてもらいましょう。」


 マリーンもコナの冷静さを見習い、物体をよく観察した。


 特に大きく、平たい巨大な台のようになっている物体には、翼を広げた鳥のような物が乗っていて、よく見るとたくさんの人間らしき人影が台の上を動き回っていた。


 平たい物体を中心に、他の物体はそれを守るように取り囲んでおり、あちらこちらの海面で物体はそれと同じような並び方をしていた。


「どれも旗のようなものがありますね…。種類はバラバラのようですが。」


「落ち着いてる場合かよ!? 早く王国海軍に応援要請を…。」


 遅れて上がってきたミサキ団長が展望台に現れると、自警団員は全員が一斉に敬礼をした。


「ジーン、王国にはとっくに要請はしている。だが、あれが異世界の兵器だとすれば王国海軍でもかなわないだろう。」


「わたくしが燃やしてまいりますわ!」


 ほうきにまたがったフロインドラが空中を旋回していた。ミサキ団長は首を振り、フロインドラに手を振って降りるように指示をした。


「すまないが、君のお得意の火球魔法が全身金属のあれに通用するとは思えない。」 

 

 フロインドラは素直に降りてくると、しゅんとしょげてしまった。




 取り調べ室のセイモンドは相変わらず無表情で落ち着いていた。

 まるで自分の役割はもう終えたとでも言いたげな態度だったが、ジーンは不機嫌だった。


「おまえは異世界に詳しいんだよな? 海のありゃなんだ? 正直に言え!」


 コナのスケッチが机上に置かれていて、ジーンは机を叩いた。だがセイモンドには大した効果はなく、薄笑いを浮かべさせただけだった。


「カザベラさんに聞けばいいでしょう。」


「あいつは異世界への行き方は研究してたけど、異世界自体には詳しくねえんだよ!」


 マリーンはジーンをなだめると、セイモンドを穏やかに見つめた。


「お願い、セイモンドさん。あたしは少しでも街への被害を減らしたいだけなの。これがなんなのか教えて。」


 セイモンドは黙って聞いていたが、肩を揺らすといきなり笑い出した。


「何がおかしいの?」


「だって、街のため街のためって、どうせあなたはあのミサキとかいう自警団長にいいところを見せたいだけなんでしょう? とんだ偽善ね。」


「なっ…!?」


 マリーンは席から腰を浮かしかけて、顔を赤くしてまた座り込んでしまった。更にセイモンドが追いうちをかけた。


「知らないのですか? ミサキ団長は、もうすぐフロインドラと結婚するのですよ。」


「…はい?」


 ふたりのやりとりをじっと聞いていたコナとジーンは目を合わし、これはまずい、と瞬時に悟ったが手遅れだった。


「…なんて?」


「マリーン! 取り調べはここまでだ! コナ!」


 マリーンを連れていこうとするコナとジーンの手をふりほどき、マリーンは机を飛び越えるとセイモンドの胸ぐらをつかんだ。


「いま、なんて言ったの?」


 余裕を見せていたセイモンドが、尋常ではないマリーンの様子に初めて怯える様子を見せた。


「ねえ、いま、なんて言ったの?」


 マリーンがすさまじい力でセイモンドの首を絞めながら揺さぶりはじめ、取り調べ室に悲鳴が響き、それはすぐに絶叫に変わった。




 

 休憩室のベンチにマリーンは放心状態で腰かけていた。ジーンが紅茶の入ったカップをマリーンに渡したが、全く気がつかない様子を見てジーンはため息をついた。

 そこにコナが青ざめた顔で現れた。


「なあコナ、どうだった?」


「教えてくれました。」


「そうか! 海のあれはなんなんだ?」


 コナはベンチに力なく腰を落とし、マリーンの手からカップをとるとひとくち飲んだ。


「『クウボダゲキグン』だそうです。」


「はあ?」


 コナはスケッチを取りだしてみせた。


「異世界は、多くの国々にわかれていて年中戦争をしているそうです。」


「どこも似たようなもんなんだな。」


「はい。これはそんな国々の中でも大国が海で使う最強の兵器だそうです。鋼鉄でできた海に浮かぶ要塞のようなものだそうで、名前を『クウボ』と呼ぶそうです。そして…。」


 話についていけないジーンは呆けた顔をしていたが、コナは構わずに話し続けた。


「空母にのっているのは『セントウキ』という空を飛ぶ兵器です。速度は音より速く、火を吹き大地を割るそうです。また、『クウボダゲキグン』は『クウボ』を中心に編成され、それを守り、かつ敵に対して最も効果的な打撃を与えうる艦船で構成され、護衛の船は千里眼の目を持ち、山をも一瞬で砕く火の槍を装備しており…」


「わかった! わかったからもうやめてくれ! マリーン、聞いたか? 俺には何がなんだかさっぱり…。」


「ミサキ団長が…結婚…ミサキ団長が…結婚…ミサキ団長が…」


 マリーンが全く話を聞いておらず、ブツブツと虚無を見つめる目でつぶやき続けているのを見て、ジーンは助けを求めるようにコナを見た。


「はて? ミサキ団長は既婚者だったはずですが? あ! なるほど、今のパートナーと別れて、フロインドラ氏と再婚されるのですね。たしか人間の慣しでは…むぐっ。」


 手を打ち、ひとりで納得するコナの口をジーンが押さえつけたが時すでに遅しだった。マリーンはベンチからズルズルと床に崩れ落ちると動かなくなった。


「マリーン…?」


「あたし…自警団やめる。」


「はあ!?」

 



 会議は重苦しい沈黙で覆われ、誰も口を開かなかった。ミサキ団長、王国からの駐在武官、罷免されたフロインドラに代わり魔女商会長となったカザベラ、何名かの自警団支部長、ジーン、コナが円卓を囲んで座していた。


 なんとか口を開いたのはミサキ団長だった。


「コナ、取り調べをありがとう。」


「はい。あと、現場からの報告では目視では少なくとも『クウボ』は16艘、『セントウキ』は1,000体以上、護衛の船は約300艘です。」


「魔女商会総出でも、ドラゴンでもかないっこないよな…。」


 ジーンの発言にミサキは考え込み、駐在武官に顔を向けた。


「いっそ、王国から新帝国へ援軍を要請しては? 新帝国の魔法船団ならあるいは…。」


 がっしりした体格の武官は悲壮な顔をした。


「実は既に、恥をしのんで要請したのです。これは極秘ですが、新帝国の魔法船団は既に全滅しているそうです。」


「あの魔法船団が!?」


 円卓が騒然となり、しばらくおさまらなかった。武官は内密にと釘をさしてから言葉を続けた。


「異世界側から戦いを仕掛けられ、まるで戦いにならなかったそうです。ほぼ一瞬で決着して敵方は損害なしだったそうです。皇帝は震えあがり、無条件降伏したそうです。」


「新帝国を滅ぼしてからこちらへきたのか。」


 ミサキは深く考えこんでいたが、やがて沈黙を破った。


「なんとか話し合いをすることはできないだろうか。私が交渉に行くが。」


「あんたねえ、新帝国をあっさり滅ぼすような連中だよ。しかもあんな物量の異世界間転移をやってのける奴らだ。話し合いなんかするもんかい。」


 カザベラは立ち上がるとドアに向かってスタスタ歩きだした。


「あたいはおりるよ。内陸部へ逃げるわ。」


「カザベラ!」


「あんたらも今のうちに早く逃げな。なんなら大ほうきに乗せてやるよ。」


 誰も席を立たないのを見て、カザベラは鼻を鳴らすとそのまま出て行った。

 ミサキは首をふり、会議の解散を宣言した。



「そういえばマリーンはなぜ欠席を?」


「あ、いやあ、おなかが痛いってさ。ははは。」


「休憩室で休んでいます。」


「それは心配だな。見にいこう。」


 ハラハラした顔のジーンとコナを残して、ミサキは席をたった。そして、休憩室に行き、ドアをノックした。


「マリーン?」


 部屋は無人だった。ミサキはベンチに置いてあった紙を拾いあげた。そして、読み進むうちに目を見開くと、部屋からとびだした。

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