第33話 海の異変


「もう手遅れですよ。」


 落ち着いた声が朗々とあたりに響き渡った。魔女たちが落ちていくフロインドラを追って降下し地上ギリギリで受けとめると、マリーンたちはほうきから地面にとびおりた。


 魔法陣の前に、背の高い眼鏡をかけた魔女が立っていた。


 マリーンとジーン、そしてコナがその魔女を取り囲んだ。


「あなたは確か…上級魔女総長のセイモンドさん!?」


「覚えていてくれましたか。」


 セイモンドはゆっくりとした動作で眼鏡に手をやると、少し押し上げた。

 マリーンとジーンは剣を抜き、コナは弓に矢をつがえてセイモンドに狙いをつけた。


「今すぐ、異世界への魔法攻撃をやめて!」


「そうはいきません。あの人との約束ですから。」


 マリーンはジリジリと間合いを詰めながらうめくように言った。


「あなただったのね…。ナダ先生に協力した人って。」


「はい。」


 それ以上なにも言おうとしないセイモンドに、ジーンが剣先を向けた。


「はい、じゃねえだろ! 他に言うことはねえのか!」


「今すぐ儀式をやめないと、心臓を貫くぞ。」


 コナが弓の弦を引き絞って狙いをつけたが、セイモンドは意に介さなかった。


「どうぞ。詠唱は既に最終段階です。私を撃っても儀式は完成します。」


「どうして…あなたはどうしてそこまでするの?」


 マリーンが悲痛に叫んだが、セイモンドの態度は変わらずもの静かだった。


「ナダさんだけが、私の研究を認めて誉めてくれたからです。私はあの人の為に力を尽くすことを、出会った最初の時に決めました。」


 セイモンドは思い出すかのように言葉を続けた。


「ですが、最初の実験はあの人を深く傷つけただけでした。なにより、家族を失ったことがあの人の心を壊してしまったのです。私は責任を感じて、あの人の復讐に手を貸すことを誓いました。」


 魔法陣の中心が激しく輝き始め、天に向かって巨大な光の円錐形が現れた。


「あれは!?」


「異世界への通路か!?」


 セイモンドは、光の柱を満足そうに見上げた。


「あの人をこの世界に召喚したのはいったい誰なのか? 調べても調べても一向にわかりませんでした。悩み抜いた末、私はある結論に辿り着きました。あの人の召喚はまだなされておらず、それは未来で起こることなのではないかと。」


「未来!?」


 マリーンたちは愕然として思わず武器の構えを解いてしまった。


「異世界の人間を召喚するほどの魔法力など、トマリカノートの魔女商会のしわざとしか考えられませんでした。そこで私とあの人はそれを調べるためにこの街に入り込み、私は魔女商会に入り、あの人は自警団支部の勤務医となりました。」


 セイモンドはほうきを手にして高らかに持ち上げた。


「やめろ!」


「その間も、私とあの人は異世界の研究を密かに続けました。そして、長年かかってようやく、なんとか異世界から物質を取り寄せることができるようになりました。あの人はどろーんを試作しましたが、私は試しにそれを使い、結界点をひとつ破壊してみました。わざと異世界の痕跡が残るようにしてです。」


 セイモンドがほうきを振ると、上級魔女たちから一斉に火の玉、雷撃、氷雪の魔法が放たれた。3種の攻撃魔法は太いうねりとなり、三つ巴のうずを形成しながら光の円柱をすさまじい勢いで昇っていき、そして消えた。


 呪文を詠唱してトランス状態にいた上級魔女たちが一斉に我にかえり、疲労のあまり地面に座りこんだ。


「ああ…。」


 射撃の機会を逃したコナが悄然となり弓矢を落とした。マリーンはセイモンドにつかみかかった。


「なんてことを…なんてことをしたの!? 異世界の人間は無関係なのに!」



 セイモンドは無抵抗でマリーンに揺さぶられていたが、満足そうに微笑んだ。


「私では…私では癒せなかった。あの人の苦しみを。だからせめて、あの人の望むことを実現したかった。」


「これが…ナダ先生が望んだ復讐なの!?」


「あたいが説明してやるよ。」


 いつの間にか、カザベラがマリーンたちの後ろに来ていた。カザベラは、気を失っているフロインドラを冷ややかに見下ろした。


「異世界からの召喚の儀式も満足にできない無能なくせにねえ…。」


 フロインドラを介抱していた魔女たちはカザベラを嫌悪の目でにらんでいた。


「あたいは魔女商会の記録を調べたんだ。ひとつ目の結界点爆破事件があったあと、フロインドラは知識もないクセに、尋問するために異世界から人間を召喚する儀式をおこなっていたんだね。」


 ジーンは混乱して頭をかかえ、カザベラに詰め寄った。


「ええっ!? それでナダは召喚されちまったってのか? でも時期があわねえぞ?」


「まさか!?」


 カザベラがコナに向かってうなずいた。


「そうさ。フロインドラの不完全な儀式のせいで、ナダはこの世界の今じゃなく、過去に召喚されちまったのさ。時間がずれちまったんだね。」


 マリーンが何かに気付いたかのように目を見開いた。


「そうか! フロインドラさんは、召喚したのはヨウさんだと勘違いして捕まえようとしていたのね…。」


「ヨウは召喚じゃなくてどうやら偶然、事故か何かの衝撃で異世界間を飛びこえちまったみたいだねえ。ところでヨウはいないのかい?」


 カザベラはあたりを見回したあと、倒れているフロインドラのそばにしゃがみこみ、胸をつっついた。


「きゃあ。な、なにをなさるの。」


「いつまで気絶してるフリしてんだよ。ぜんぶアンタのせいなんだよ。」


「…申し開きのしようもございませんわ…。」


 ジーンが、まだ納得できない様子で考え込んでいた。


「でもなんで、異世界への攻撃がナダの復讐になるんだ?」


「決まってるじゃないか!」


 カザベラは立ち上がり、天を指差した。


「セイモンドはわざと、異世界の連中が攻撃元をたどれるように細工をしているよ! 近いうちに、異世界からの大反撃がトマリカノートにくるよ!」




 静まりかえった大通りに吹く海風に、路上に落ちたチラシが舞っていた。昼間だというのに、あれほど賑やかだった大商都トマリカノートの街に今は路上には人影がなく、どの商店も民家もかたく扉と窓の鎧戸を閉ざしていた。


 街区だけではなく、港湾区も船の姿が一切消えてひっそりとしていた。トマリカノートの港から船が消えるのは街の歴史がはじまって以来だった。


 マリーンは通りを歩きながら筆で地図に印をつけていた。


「ここも避難完了、戸締まり完了、と。」


「あちらも見てきました。問題ありません。」


 マリーンに報告したコナに、ジーンも合流した。


「俺の担当区域も完了だ。でもなあ、ここまでする必要あんのかな?」



 

 結局、セイモンドはおとなしく投降した。ナダは死は免れたが意識不明の重体だった。セイモンドや捕らえられた新帝国潜入部隊員、チグレやドランに対して厳しい取り調べがおこなわれ、カザベラの証言も加わり自警団への疑いは晴れていた。


 商会代表会議は数々の証拠や証言から、全会一致で街からの住民避難と港の一時閉鎖を決定していた。避難先は、王国の協力で内陸にある王都や王国の主要都市が選ばれた。


 マリーンたち自警団員は全員トマリカノートに残り、避難完了の確認や火事場泥棒の警戒にあたっていた。




「結局、あれからなーんも起こらねえし。」


「ジーン、街からの一時避難は代表会議の決定だ。我慢してくれ。」


「だ、団長!」


 マリーンたちが振り返ると、松葉杖をついたミサキ団長とそれに寄り添うフロインドラがいた。


「団長、歩き回っていいの?」


 ミサキ団長は心配そうなマリーンに笑みを向けた。


「私だけが休んでいるわけにはいかないからな。」


「わたくしが支えておりますから大丈夫ですわ。」


「そのフロインドラさんでしょ! 団長に大けがをさせたのは!」


 ミサキにくっついているフロインドラが気に入らないマリーンは激しくつっこみ、フロインドラは恥ずかしそうな反応を見せた。


「わたくしとしたことが、丸腰のミサキさんを相手につい本気を出してしまいましたわ。ミサキさんの苦痛を浮かべる顔を見ていると、とまらなくなってしまい…。」


 フロインドラはウットリした様子になり、マリーンたちを辟易させた。


「団長もよくそんなのと一緒にいて平気だよなあ。」


「ま、まあな。えへん。」


 ミサキは話題を打ち切るように咳払いをするとジーンに顔を向けた。


「と、とにかく、いつ異世界からの反撃があるかわからない状況だ。警戒をしっかり頼む。」


「でもさあ、もう結界はなおしたんだろ? 大丈夫じゃねえの?」


「いえ…。どろーんのような高度な兵器をつくる相手です。どのような反撃をしてくるか想像もつきません。警戒するべきです。」



 コナがいつも通りに冷静に発言した時、半鐘の音が鳴り響いた。


「た、た、た、大変ニャ! 本当に大変ニャ!」


「いつもおまえは本当に騒がしいよな…。」


 マチルダが四つ足でかけてきたが、慌てぶりが尋常ではなかった。


「う、う、海がニャ! 海が…大変ニャ!」


 マチルダの常軌を逸した様子に、マリーンたちはただならぬ不安を感じて顔を見合わせた。


「と、とにかく見に行こう!」

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