第31話 最後の結界点


「そんなもの、僕に必要ある?」


 ヨウは冷静だった。相手に近づくと、ヨウは手近な椅子をひいて腰をおろした。

 相手は微笑みながら拳銃を引き出しにしまった。


「確かにな。だが、こうでもしないと君は帰ってくれないだろう。元の世界に。」


「帰れるの?」


「帰りたいか?」


 前のめりになって聞いたヨウだったが、すぐに椅子の背に力なく身を預けた。


「いや…。なんだかわからなくなってきちゃった。待ってる人もいないしね。」


「それは違う。何十万人、何百万人もの人々があなたの帰りを待っているぞ。わしもそのひとりだがね。」


 ヨウは、尊敬に満ちた相手のまなざしを見返すと、思い切ったように問い質した。


「答えて。僕の荷物に台本をいれたのは、あなたなの?」


 相手は苦しそうな表情になったが、深くうなずいた。


「そうだ。許してくれと言っても無駄だろうが。」


「どうしてそんなことをしたの?」


 相手は視線をヨウから外し、ゴーグルを装着すると机上での作業を再開した。


「聡明な君ならわかるだろう。ひとつは、魔女商会の目をわしから逸らし、ミスリードする必要があった。もうひとつは…どちらに転んでもこの街が滅ぶようにするためだ。」


 ヨウは椅子から立ち上がり、相手の手を押さえた。


「なぜさ! なぜ、そこまでこの街を憎むの? あなたは2度も僕を治療してくれた人だ。だから、直接聞きにきたんだ。答えて、ナダ先生!」




「ナダ医師…ナダ先生が!? なんで!?」


「本当かよ!?」


 マリーンとジーンはコナの言葉を受けとめきれず、呆然としていた。


「思い出してください。ナダ医師はヨウ氏との会話から、顔見知りあるいはヨウ氏を以前から知っていたと見受けられます。」


 コナはあごに手を当てながら、聡明そうな金色の目を輝かせながら言葉を続けた。


「それと、本の問題があります。最初に我々がヨウ氏の荷物を調べた時、そんな本はありませんでした。」


「ナダがいれたってのか? 奴に限らねえじゃねえか。」


「ただの本ならそうです。ですが、異世界の本ですよ。」


 コナは冷静沈着にジーンに指摘し、人差し指を立てた。


「そして、ナダ医師は支部で最古参です。おそらく、ニータが里子に出される時に健康診断をしているでしょう。」


「あ、そういえばそうかも。」


「その時に、幼いながらもニータが見せる支部長への異常なほどの執着に気づいていたのかもしれません。」


 マリーンはまだ信じられない様子で首を振った。


「そんな…。あのちょっとガサツで飲んだくれだけど、優しくて腕もいいって信頼されていたお医者さんなのに…。」


「はい。ですが、異世界に関わりがある人物、ヨウ氏ともチグレさんとも繋がりがある人物、ヨウ氏を陥れようとした人物…偶然とは思えない重なりです。それに、ナダ医師はカオカルド騒動の際、フロインドラ会長を見て異様に動揺していました。」


『ありました!』


 興奮したマルンの声が水晶球から聞こえてきた。チグレが冷静に説明をつけたした。


『何か歌や人の声が流れてくる小さな箱を見つけました。あと、旧市街地の土地建物の図面や売買契約書もありました。』


「すぐに戻って!」




 ナダはゆっくりとゴーグルを外すと、目頭を押さえて深いため息をついた。


「君に話したところで理解はされんだろうが…。」


「それは僕が決めるよ。」


「なるほど。まあ、正確に言うとワシが憎むのはこの街ではない。この街を守っている者どもだ。」


「それって、自警団のこと?」


 ナダは激しく首を振った。


「いや、ワシが憎むのは魔女商会だ! 魔女商会長フロインドラ・ニラクエナ。奴だけは絶対に許せんのだ!」


「いったい、何があったの?」


 ヨウは、温厚なはずのナダの激しい怒りと憎しみを感じて動揺したが、静かに話を促した。


「奴のせいで、わしは全てを奪われた。家族も、人生も、富も名声も。全てだ。」


 ヨウは訳がわからず、ナダにちかよると肩に手を置いた。


「ナダ先生、話して。」


『そんなにペラペラと喋られては困りますが。』


 机の上にあった水晶球が光った瞬間、ヨウは不意に体全身に衝撃を受けて吹き飛び、床に転がった。




「あれだ!」


 旧市街地にやってきたマリーンたちは、目的の建物にふみ込んだ。


「間違いないですね。」


 所狭しと並んだ機械を見てコナがつぶやくと、ジーンが壁を激しく叩く音がした。


「先生、なんでだよ…。」


「さっきまで誰かがいたみたいね。」


「見てください!」


 コナが指差した壁には、巨大な地図が貼られていた。それは、トマリカノートの街の全体地図だった。所々に散らばってピンが打たれ、ほとんどが赤いピンで、青いピンはわずかに3つだった。


「おそらくピンは結界点の場所ですね、青いピンはまだ破壊されていないものかと思います。」


「たいへん! 早く結界点を守らないと!」


 マリーンは叫び、ふと床に何かが落ちているのを見つけた。


「あ! これは…。ヨウさんにあげたネックレスだ!」


「ここに来てたのか!? じゃ、やっぱりヨウもナダの仲間なのか?」


「ちがうよ、きっとヨウさんも気づいて、話をしにきたんじゃないかな。」


 マリーンはネックレスを拾い上げるとそっと服の中にしまった。コナは既に部屋を出ようとしていた。


「待てよ! 次はどこへ行くんだ?」


「ここにはもう用はありません。おそらく、残りのどろーんは既に新帝国の潜入部隊に引き渡されたでしょう。となれば、結界点に行けば良いだけです。」


「なるほど!」


「残りは3箇所、あたしたちは3人。やるしかないね。」


 マリーン、コナ、ジーンは頷きあうと建物を出て、それぞれの方角に向けて全速力で駆けていった。



 

 マリーンは息が続く限り走った。旧市街地から大橋をわたり、水路橋を何ヶ所も抜けて、新市街地の住宅街へと走り抜けた。


 さすがに息があがり、呼吸を整えていた時にマリーンの水晶球が振動した。


「は、はい…。マ、マリーンです…。」


『マリーンか! ミサキだ! 無事か! 今、どこにいる?』


「団長、ミサキ団長も…ご無事でしたか…。」


 泣き崩れかけたマリーンを、ミサキは厳しい声で押しとどめた。


「マリーン、しっかりしろ! 私は解放された。ジニタが数々の証拠を持ち帰ってくれたんだ! フロインドラもさすがに受け入れたよ。今から自警団と魔女商会の全勢力で残りの結界点を守る!」


「は、はやくして下さい…。間に合わないかも…。ここは21地区の住宅街です!」


『わかった!』


 マリーンはミサキの声を元気に換えて、再び走りに走った。そして、煉瓦造りの民家の前にたどり着いた。


「ここだ…。偽装結界点ね…。」


 マリーンが立ち止まって荒い呼吸をしていると、マリーンの水晶球にコナとジーンから交信が入った。


『だめだ! こっちは既に吹き飛ばされちまってるぜ!』


『こちらもです! 破壊されたあとでした。支部長、そちらは? 支部長?』


 マリーンは返事をしようとしてやめて、水晶球をしまった。すぐ近くで民家を見上げている人影があったからだった。



「ナダ先生…。」


「やあマリーン支部長。お疲れ様だね。」


 ナダはフラスクを乾杯するように持ちあげた後、ひと口飲んだ。


「さすがだ。君ならここまでたどり着くと思っていたよ。あぶないところだった。」


「ナダ先生…どうして…。」


「最後の結界点をさかなに一杯やろうと思ってね。」


 マリーンはナダに向き合い、厳しい表情で詰めよった。


「もうやめて! ヨウさんまで巻き込んで!」

 

「安心してくれ。ヨウ氏は無事だよ。きちんと元の世界に帰ってもらったからな。」


「な、なんですって!?」


 ナダはよく見ると酩酊している様子で、既にかなり飲んでいるようだった。


「最初から、あの人はこの世界にいるべきではなかったんだ。これからこの街は生き地獄と化すからな。」


「そんなこと、あたしがさせない!」


「もう手遅れだよ。」


 聞いたことがある音が、空中からマリーンの耳に聞こえてきた。すぐそばまで、ドローンのプロペラ音が迫っていた。

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