第27話 帆船にうごめく陰謀


 トマリカノートの港に、輝くように白い船体の帆船が停泊していた。

 短い航海から舞い戻ったその美しい姿は、湖に浮かぶ白鳥を思わせた。

 だが、よく見ればその船のそばの突堤には黒い馬車が停まっており、人相があまりよくない者たちがあたりを鋭い目で見張っていた。


 ジーンは樽のかげに隠れながらあたりを観察していた。


「海中展望台にいちばん近い桟橋は…あれだな。あの白い船か。」



 トマリカノート港の名所として知られている海中展望台は港の一角にあった。

 海上に突き出した桟橋の先に石造りの塔が建っており、上に登ればはるか遠い水平線が見え、下に降りれば魔女商会が作った不思議な透明の石が四方にはめこまれており、海中の景色を楽しめるデートスポットになっていた。



「あの船にコナがいるのね。無事でいて。」


「僕はここで待ってるよ。」


 ヨウは愛想笑いをして樽にしがみつき、ジーンはあきれたようにため息をついた。


「これだよ。おまえも一応は自警団員だろうが。」


「僕が行っても戦力外だしさ。」


 マリーンは少し考えてから、ヨウの両肩に手を置き、目をまっすぐに見つめた。


「わかった。ここから絶対に動かないで。戻ったら、全て話して。信じてるから。」


「そんなにたいした秘密じゃないよ。」


 ヨウは顔を赤くしながら目を逸らした。ジーンは鼻を鳴らすと立ち上がった。


「さて、どうやって忍びこむ? 応援は頼めねえし…。」



 コナからマリーンへの通話は短いものだった。そっけなく無事を伝えて、手短に場所を伝えてすぐに通話は切れてしまっていた。



「まだ少し時期は早いけど…仕方ないか。」


 マリーンはあまり気乗りしない様子で苦笑すると、ジーンと共に走り去った。

 ヨウはマリーンたちが行ってしまった方向を不安げに見ていた。そしてその姿が見えなくなると、そっと立ち上がりどこかへ向かって歩き出した。




「何をしている。」


 背後からの声に、交信用水晶球で今からまさに詳しく話そうとしていたコナは内心かなり焦った。


(私が気配に気づかないなんて。まったく厄介な人間ですね。)


 コナはさりげなく水晶球を戻すと、ニッコリと自分のここ数年で一番の笑みを浮かべながら振り向いた。


「クロネさん。退屈しのぎに船内を探検していました。」


「誰と話した。」


 クロネはニコリともせずにコナに一歩近づいた。コナは焦りを気づかれないように、クロネの方に一歩近づいた。


「仰せのとおりにしたまでですよ。マリーン・イアーハート支部長をここへ呼びました。少数で来るように言いました。」


「本当か!」


 クロネはホッとしたのか、嬉しそうにまた一歩コナに近づいた。


「それは良い。君の話では、自警団をかげで指揮しているのはそのマリーンとかいう支部長だったな。ミサキ団長は無能でおかざりと言ったな。」


「はい。マリーンさえ押さえれば、自警団は壊滅します。さらに、マリーンは金に目がない強欲さでも有名です。簡単に買収できます。」


「なるほど…。始末するよりその方がいいかな…。」


 クロネはあごに手を当てて考えていたが、ポンと手を打った。


「良い情報をありがとう。そうだ。今晩、会合がある。君も出てくれないか。」


「会合? 誰とですか?」


「決まっているだろう。協力者たちだよ。」


 クロネは更にコナに近づいた。コナは嫌悪感でいっぱいだったが、顔には微塵も出さなかった。


「君はマリーンに体を狙われていて、それで私に寝返ってくれたのだったな。」


「はい。」


(支部長、嘘を並べ立ててごめんなさい…。あとであやまります…。)


「マリーンとやらの気持ちはわかるぞ。こんなに美しい…。」


「はいそこまで! 会合にいきましょう!」


 コナの顔にさわろうとしたクロネの手をわしづかみにして、コナはドアに向かって押しまくった。


(はやくカタをつけないと、もうもたないですね…。支部長、頼みましたよ。)




 夕陽が水平線の彼方に落ちていく中、宵闇が港を覆い尽くそうとしていた。白き帆船もさすがに夜にとけ込みはじめていたが、そのそばの暗い海面に静かに波紋ができていた。


 海面に浮かび上がったのはふたつの人間の頭だった。


「ぷはあ。もう限界。」


「マリーン、静かに。」


 ジーンは立ち泳ぎをしながら、背負っていたクロスボウを構えて狙いを定めた。放たれた矢には鉤爪があり、ロープがくくりつけられていた。船体の縁に引っかかった矢のロープを、ふたりは登りはじめた。




 大理石の座卓を挟んで、豪勢なソファが向かい合わせに置かれていた。座卓の上にはティーポットやカップが置かれていて、焼き菓子もあったが誰も手をつけていなかった。


 マルンには、なぜ自分がここにいるのだろうという違和感しかなかった。隣には給仕姿のチグレがうす笑いを浮かべて座っており、その向こうにはいかついダークスーツ姿にサングラスのマルンの知らない人が所在なさげに座っていた。


 チグレに馬車で無理やり連れてこられたマルンは、有無を言わさず白い大きな帆船に乗船させられ、この無言の部屋のソファに座っていた。


「待たせてすまないな。」


 扉が開き、クロネが入ってきてソファにどっかりと座って脚を組んだ。コナはその隣に距離を置いてそっと座った。


 クロネはチグレとマルンを見て顔をこわばらせた。


「だれが給仕を呼べと言った? お前たちのボスはどこだ?」


 ダークスーツの人物、ドラン・ハノーバーが申し訳なさそうに発言した。


「いえ、こちらがあっしらのボスですぜ。ポートランド戦争商会長でさあ。」


 チグレはうす笑いを浮かべたまま目を開けた。そして、コナを見てうす笑いが消えた。


「コナさん? どうしてここに?」


(チグレさんが戦争商会のボス!?)


 コナも相当な衝撃を受けていたが、おくびにも出さずに微笑を浮かべていた。マルンは状況についていけず、気を失う寸前だった。


「チグレさんが…戦争商会長? コナ様が…なぜここに?」


 クロネは紅茶を自分で淹れるとガバガバと角砂糖を入れた。


「なんだ、みな知り合いか? まあいい。ようやく出てきたか、戦争商会長。なんだその格好は?」


「お前には関係ない。用件を手短に話そう。」


 チグレはうす笑いを取り戻してソファにもたれかかった。クロネはチグレをじっくりと観察したあと、ティーカップを置いた。


「君たちからの情報不足のせいで作戦に遅れが出ている。どうやって巻き返す?」


「遅れてなどいない。まさかこわがってるのか? 新帝国の国防長官ともあろうお方がね。」


 マルンはヒッと短い悲鳴をあげてのけぞった。クロネはマルンをにらみつけるとまた甘い紅茶に口をつけた。


「口に出して言うな。こいつは後で始末してくれるのであろうな?」


「ご心配なく。」


 マルンは今度こそ失神してソファに身を横たえた。クロネは乱暴にカップを置いた。


「もともとはお前たちが提案してきた作戦だ。既に新帝国国防軍の魔法船団全艦は出撃態勢だ。後戻りはできん。次のどろーんはいつ入荷だ? 自警団は大丈夫なのか?」


 チグレはあいかわらずうす笑いのまま、指を2本立ててみせた。


「順番にいきましょう。ひとつ目。次のどろーんは明日入荷です。遅れはありません。『先生』に確約を頂いています。」


「ふうん。」


「ふたつ目。自警団はもう心配ありません。既に壊滅状態です。」


 クロネは疑わしげにチグレをにらんだ。コナはじっとやりとりを聞いていたが、内心は激しく動揺していた。


(自警団が壊滅!? いったいなにがあったのでしょう…!?)


「どうしたコナ、顔色が悪いぞ。」


「いえ…。」


 クロネは本気でコナを心配している様子だったが、チグレに指をつきつけた。


「まあいい。直接聞けばすむ話だ。自警団のリーダー、マリーン・イアーハートをここに呼んでいる。到着を待とう。」


 冷静沈着だったチグレがソファから文字通り跳び上がった。


「マ、マ、マリーンさんがここに!? や、やだやだ、どうしよう! こんな姿を見られたら…私…私はおしまいだ!」


 頭をかきむしり跳び回るチグレをクロネは呆然と見て、紅茶をすすった。


「ドラン君、お前も苦労するな。」


「察してくれやすか。」


 取り乱したチグレはクロネにつかみかかった。


「条件! 条件だ。トマリカノートの街は破壊し尽くして皆殺しにしてほしい。でも、マリーンさんひとりだけは生かしてほしい。それが次のどろーん納品の条件だ!」


 クロネは呆れたようにチグレの手を振り払った。


「なにを血迷ったことを。我々の条件は、そのマリーン・イアーハートを始末することだ。でなければもう、どろーんに金は払わない。」


 チグレはクロネに襲いかかり、不意をつかれたクロネはチグレと取っ組み合いになった。


「ボス! やめてくだせえ、大事な取引が水の泡だ!」


 コナがソファから立ち上がった時、ドランも動いた。ドランはティーポットをつかむと、チグレの頭にふりおろした。

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