第26話 マルンの勇気
マルンがチグレのあとをこっそりとついていくと、チグレは市場を抜けてどんどん進み、とある大きな建物に入っていった。
マルンがさりげなく看板を見上げると、そこはどうやら高級な接待ありの酒場のようだった。
(どうしよう…。アズキがいたら相談できるのに。いえ、わたしだけでも勇気を出さなきゃ。)
マルンは思案すると、近くにあった花屋の屋台で大量の花を買った。花束を抱えたマルンが酒場に近づくと、入口にいた黒い服の者が声をかけた。
「ああ、花屋の配達か。ここで預かるぜ。」
「はい。ですが、直接お渡しするようにきつく注文頂いておりまして。」
「そうか。じゃ、入りな。配達が終わったらすぐ帰れよ。」
黒服がドアを開け、マルンは店内にもぐりこんだ。マルンは配達先を探すふりをしながらテーブル間を歩いてまわった。
(いない…。)
マルンは忙しげに通りかかった店員に聞いた。
「すみません、チグレというお客さまはいらっしゃいますか?」
「いや、しらないよ。」
(たしか、チグレさんの名前は…。)
マルンは自己紹介の時を思い出し、再び店員に聞いた。
「あの、ではポートランドさまはどちらに?」
「ああ、あっちの奥の個室だよ。」
マルンは礼を言うと店員が指差した通路を進んだ。しばらくするとドアがあり、屈強そうな者が立って見張っていた。マルンは会釈して通りすぎ、一か八か隣のドアを開けて中に入った。
中は無人でソファとテーブルがあり、飲食がおわったあとの食器が片付けられずに置かれたままになっていた。
マルンは花束をソファに置いてコップを手にとると、見張りがいた方向の部屋側の壁につけて耳をピッタリとコップの底につけた。
(…だから、しくじったのはあいつらですぜ、あっしらは言われたとおりに運んで売ってやす…)
(…言い訳するな。売っておわりじゃないだろう。なぜ自警団の動きに気づかなかったんだ…)
マルンはハッとコップから耳を離して口に手を当てた。
(チグレさんの声!? いったいなんの話なの? 相手は誰なの。)
マルンは今更ながら胸がドキドキして、思っていた以上のなにか危険なことに首をつっこんでしまったことを自覚した。
(でも、マリーンさまのためになるなら…私は…。)
マルンは再びコップに耳をつけて一言一句を聞きとろうと集中した。
(…魔女商会にバレたのか? でもなぜ魔女商会は自警団を拘束したんだ?…)
(…わかりやせんが、あっしらのことはつかまれてはいません。それよりもボス、早く帰ってきてくれませんか。忙しすぎてそれどころじゃ…)
マルンは仰天して壁から離れてつまづき、ソファに倒れこんだ。
(ボ、ボス? チグレさんが!? いったいなんの…? はやくマリーンさまに…。)
マルンは慌てて起き上がりドアめがけて突進したが、入ってきた人物に激しく衝突してしまった。
「やっぱり盗み聞きしてやがったのか! ボス!」
すさまじい力で床に押さえつけられて、身うごきひとつできないマルンは恐怖のあまり気を失いそうになりながら、誰かが部屋に入ってくる足音を聞いた。
そして、マルンを氷のような目で見下ろすチグレを見て彼女は本当に失神してしまった。
コナが人の気配を感じてドアを見ると、もう顔なじみになった年配の給仕が食事のワゴンを押しながら部屋に入ってくるところだった。
毎回豪華な食事が運ばれてくるが、コナはあまり食欲がなかった。
「ありがとう。置いておいてください。」
「食べなきゃ体に毒ですよ。」
給仕はワゴンを置くとできたての料理が盛られた皿を取り出してテーブルに置いた。
「妖精さんは少食なんだね。でも、いつなにが起こってもいいように食べて体力をつけておかないと、ね。」
給仕はコナにウインクすると食器を並べはじめ、ふと床に目をやった。そこには、クロネが割った交信用水晶球が落ちていた。
「あらあら危ないですね。片付けましょう。」
給仕は身をかがめてブツブツ文句を言いながら水晶球の破片を拾い集めた。
「全く、安いもんじゃないのに、クロネさまときたら困ったもんだよ。また下層右舷の備品庫にいかなきゃならないよ。」
「あとどのくらいでトマリカノート港に着きますか?」
「すみません、そういうのは言っちゃいけないことになっていましてね。」
給仕は申し訳なさそうに頭を下げた。
「まあ、あと2~3刻ぐらいですかね。海中展望台がよく見えますよ。あ、食べ終わったらワゴンは廊下に置いといてくださいね。」
給仕はおじぎをすると部屋から出ていった。コナはドアに張りついて人の気配がないことを確認すると、するりと部屋から抜け出して廊下を音を立てずに走った。
目当ての部屋にたどりつくと、コナはすばやく中に入った。
「備品庫…ここですね。」
コナが棚を物色すると、細長い箱が見つかった。魔法で解錠すると、丸いくぼみに透明な球がいくつか置かれていた。
「管理がずさんですね。」
コナは交信用水晶球を箱から手にとり、交信したい相手を一心に思いうかべた。
ヨウはふてくされたような表情になり、それがジーンをさらに激昂させた。
「台本だ? 説明しろって言ってんだろ。おまえはいったい、なにもんだよ!」
「僕がなにものかなんて、どうでもいいじゃん。君たちは相手がなにものかで態度を変えるの? 相手の本質をみないの?」
「な、なにをこ難しいことをいいやがるんだ! もう頭にきた、吐かせてやる。」
マリーンが慌ててジーンを押しとどめた。
「ジーン! 待ってってば! ヨウさんの話を聞こうよ!」
「おまえはこいつに甘すぎんだよ!」
ヨウはふたりの様子を見ていたが、フッと笑うと地面に寝っ転がった。
「ヨウさん?」
「わかったよ。結局、僕は誰にも信じてもらえないし、ここにも居場所はないんだね。」
「ヨウさん…。」
マリーンはヨウのそばにより、ヨウの顔を悲しそうに見おろした。
「そんな顔しないでよ。マリーンさんのせいじゃないし、すべて僕が悪いんだからさ。」
ヨウは悲壮感などまるで無い様子で、もうそんな境遇には慣れたという口調だった。
(こんなに綺麗な人なのに…いつも孤独そうなのはどうしてなんだろう。力になりたいし、信じたいけど…。)
マリーンがヨウに声をかけようとした時、マチルダに貰っていた交信用水晶球が振動した。
「はい! マリーンです! …コ、コナ!? 無事なの!? いま、どこなの!?」
マルンは体に揺れを感じて、意識を取り戻した。どうやら馬車の中のようで、狭い座席の上に寝かされていたマルンは体の節々に痛みを感じた。
顔をあげたマルンはまた気を失いそうになった。給仕服姿のチグレが、向かい側の座席から全くの無表情でマルンを見つめていたからだった。
「チグレさん…。」
「マルンさん。私は君をみくびっていたよ。君にあんな度胸があったなんてね。」
マルンはチグレがこわくてたまらず、体の震えがとまらなかった。だが、マルンはマリーンの姿を思い浮かべると勇気を振り絞った。
「チグレさん。あ、あなたはなんなの? まさか、マリーンさまに危害を加えるために支部ではたらいていたの? もしそうなら、わたしはあなたを…。」
「あなたをなんだよ。」
チグレはマルンの胸ぐらをつかんでひきよせた。マルンは恐怖のあまり意識が遠のいたが、ふみとどまった。
「ゆ、ゆるさない。」
「あは、あははは!」
チグレは手を離すと、おかしくてたまらない様子でお腹を抱えて笑い出した。笑いすぎてチグレの目の端からは涙が出ていた。
さすがに腹が立って、マルンはチグレをつかもうとして思いきり蹴られてしまった。
床に這いつくばったマルンの耳に、チグレの低い声が聞こえてきた。
「図にのるな、マルン。君なんか、いつでもこの世から消せるんだよ。」
「わ、わたし…こわくなんかありません。マリーンさまの、マリーンさまのためなら…。」
チグレは地団駄をふみ、大声を出した。
「マリーンさま、マリーンさまってきやすく言うな! 君なんか不相応なんだよ! マリーンさんは私のものだ! 誰にも渡さない!」
チグレは窓に手をつき、深呼吸をし始めた。
「もうすぐ、マリーンさんはやっと自由になって私のもとに来てくれるんだ…。邪魔するやつは…みんな排除する。」
マルンは、切れた唇から流れる血を手で拭いた。
「たしかに、わたしなんか、不相応かもしれません…。あんなに優しくて、強くて、笑顔が素敵で…いつもみんなのことを考えておられる方ですから…。でも、それでもわたしはマリーンさまの為にお役にたちたい。マリーンさまの身に危険があるなら、身代わりになってもかまいません。」
チグレは血走った目でマルンの髪をつかんだ。
「君は勘違いをしているね。逆だよ、私はマリーンさんを救おうとしているだけなんだ。これからその話し合いさ。君もそばで聞いたら良いよ。」
馬車がとまり、チグレは笑いながらマルンを引きたてながら降りていった。
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