第17話 マルンの想い


 支部長室でマリーンが机に伏していると、ドアがノックされてマルンが部屋に入ってきた。


「あの…マリーンさま、お茶をお持ちしました。」


「ありがとう。そこに置いておいて。」


 マリーンは心ここに在らずの様子だった。マルンはお盆をかかえてマリーンを見つめた。



 ここ数日間、自警団の懸命の捜査にもかかわらず、コナの行方はわからなかった。戦争商会への聴取もされたが、番頭のドランは何も話さず、逆に不法侵入で自警団を訴えると言い出す始末だった。

 


(おいたわしい…。ヨウ様があんな目に遭われて、しかもコナ様が行方不明に…。わたしにできることは…。)


「マリーンさま、チグレさんは今日は具合がわるいそうです。今日はわたしは酒場に戻らずにこちらでお仕事を続けます。」


 マリーンはぼんやりと顔をあげた。


「そう。でも、遅くなるよ?」


「はい。なので今夜はこちらに泊まりたいのですがよろしいですか。アズキにも伝言いたしました。」


「わかった。空いてる部屋を使っていいよ。」


 マルンは一礼して支部長室から出ていった。マリーンはしばらく考えていたが、決心したかのように席を立った。



 医務室にマリーンが近づくと、中から話し声が聞こえてきた。マリーンは思わず立ち止まった。


「…これでわかったでしょう。ここはあなたの様な人には危険すぎる所だ…」


「…マリーンが守ってくれたもん…」


「…たまたま運が良かっただけですぞ…はやくワシの言う通りに…」


「…それはイヤだ…」


 マリーンはわざと強めにドアをノックした。会話がとぎれ、マリーンは入室した。

 ベッドにはヨウが横になっており、ナダ医師がすぐ脇で椅子に座っていた。


「マリーンさん…。」


「おお、支部長。アワシマ君なら大丈夫だぞ。いたって健康だ。」


「ナダ先生、ありがとうございます。」


 マリーンは頭を下げるとナダに目で合図をした。察したナダはのびをして腰をあげた。


「さて、カフェテリアにでも行くか。」



 ドアが閉まり、マリーンは空いた椅子に座った。ヨウは身を起こし、毛布をかき寄せた。


「マリーンさん。その…。あの時はごめんなさい。僕、いきなり抱きついちゃって…。」


「いいの。あたしこそごめんね。ヨウさんは魔女に狙われているのに、つい目を離しちゃった。」


 マリーンはヨウに向かって頭をさげた。


「ええっ!? じゃ、あれは魔女のしわざだったの?」


「ううん。無関係みたい。捜査中だけど。」


「そっか。」


 話題が途切れて沈黙が続いたが、話を再開したのはマリーンだった。


「ヨウさん、あなたは軍人さんなんかじゃないよね?」


 ヨウは再びベッドに横たわるとマリーンに背をむけた。


「だったらなに?」


「ちがうの。聞いて。あたし、ヨウさんが違う世界から来たっていうのは信じる。言いたくないなら、正体なんかどうでもいい。大切なのは…。」


 マリーンはうつむいて自分の手をみつめた。


「あたし、ヨウさんが元の世界に戻る方法を明日からいっしょに探すわ。」


「ええっ? でも、自警団の仕事は?」


「ジーンに任せる。」


 マリーンは顔をあげてヨウの方へ身を乗りだした。


「ヨウさんはここにいてはいけない人よ。もっと早くこうするべきだった。」


「マリーンさん…本当にいいの?」


 ふたりの視線が交錯し、ヨウは手をマリーンのほうへ差し伸べた。マリーンはその手を握りかけたが、そっと押しもどした。


「さ、今日はよく眠って! 明日から忙しくなるから!」


「うん…。」


 マリーンは努めて明るく言うと席をたち、ふりかえらずに医務室から出ていった。ヨウはマリーンが消えた扉をじっと見ていたが、やがてひとりつぶやいた。


「ここにいてはいけない人、か…。」




 その夜、マリーンは夜遅くまで引き継ぎの書類を作った。書類が完成するとシャワー室で汗を流し、支部長室に戻ると灯りを消してソファに横になり毛布をかぶった。


(ああは言ったけど、元の世界へ戻る方法なんて、どうやって探せばいいんだろ。)


(コナ、どうか無事でいて…。)


 暗闇の中で悶々と悩んでマリーンは一向に寝つけなかった。そこに、ちいさなノック音が聞こえた。


 マリーンはソファから飛び出してドアにたどりついた。


「ジーン? コナが見つかったの!?」


 マリーンが勢いよく扉を開けると、そこには夜着姿のマルンが立っていた。


「マルンさん、どうしたの?」


「マリーンさま…。わたし、どうしても眠れなくて…。こちらで休んではいけませんか。」


 マリーンはマルンの思いつめた表情が気になったが、相手を部屋に招きいれた。


「いいよ、慣れないベッドではそうだよね。入って。」


 マリーンは床に毛布を敷き、横になった。


「マルンさんはソファを使ってね。」


「とんでもないです! わたしが床で寝ます!」


 マルンは床に横たわり、持ってきた毛布にくるまった。



 マリーンがソファでようやく眠りに落ちかけた時、誰かが隣に来た感触がした。


「う、うわっ!?」


「す、すみません。マリーンさま、起こしてしまいましたか。」


 暗闇の中、マルンの謝る声だけが聞こえてマリーンは慌てて手をブンブン振った。


「あ、謝らないで。ち、ちがうの、びっくりしただけだから。どうしたの?」


「この部屋は寒くて…。」


 マルンの声が途切れ、目が少し慣れてきたマリーンはマルンが正座をしてうなだれているのがなんとなくわかった。


「古い建物だからなあ。ごめんね。毛布をもう1枚持ってくるね。」


「いえ、あの、そうではなく…。いつもはアズキと一緒でして…。」


 ソファから起き上がりかけたマリーンにマルンはか細い声で続けた。


「ここで…添い寝してはいけませんか。」


「え。」


 表情が見えない中でマリーンはただならぬ雰囲気を感じとって、わざと明るくふるまった。


「なあんだ、そうだったんだ! じゃ、今夜はあたしがアズキさんの代わりだね。なかよし姉妹だね!」


 マリーンが身を横たえると、マルンはその隣に身を寄せた。すぐ隣に体温を感じることが新鮮で、しばらくマリーンは天井の暗闇を眺めていたが、暖かくなってきてまぶたが下がってきた。


「あのう…。」


「なあに…?」


「マリーンさまとヨウさまは…」


「あ、あいつがどうかした? まさかマルンさん、何かされたの!?」


 ヨウという単語に過剰に反応してしまい、マリーンはマルンの方に身を向けた。


 思っていた以上にマルンの顔が間近に迫っていて、マリーンは暗闇なのにドキリとした。


「いえ、そうではなく、わたしがお聞きしたいのは…。」


 マルンは言葉を一旦切ってから続けた。


「マリーンさまとヨウさまは、特別なご関係なのですか?」


 意味が一瞬わからず、マリーンは大きな目をパチパチした。


「と、トクベツな、カンケイ?」


「はい。わたし、あの小屋でのおふたりをみて、そう感じました。本当にすみません、ですぎた事とはわかっているのですが…。」


「あ、あははは。あれはホラ、あいつ、態度はでかいクセに気は小さいもんだからさ。マルンさんはフライパンで大活躍だったのにね!」


 あえて冗談っぽくマリーンは言ったが、マルンの緊張した様子がやわらぐことはなかった。


「わたしも、すごくこわかったんです。もう無我夢中で、でも、マリーンさまのお役に立ちたくて。」


 マルンはブルブル震えだし、後半は涙声になった。マリーンはびっくりしてしまい、なんとかしようとマルンの方に手を伸ばし、髪を撫でて安心させようとした。


「マリーンさま、わたしもヨウさまと同じことをしていいですか?」


 マリーンが返事をする前に、マルンがマリーンに渾身の力で抱きついた。その力の意外な強さにマリーンはたじろいだ。


(あ、あいたたた。マルンさん、いたいんだけど…。)


 だがマリーンが身を動かせば動かすほど、マルンは力をますます強めた。


(ほ、細いコなのに。そうか、これが日々の仕事で鍛えた力なのね。く、くるひい…。)


「マリーンさま…わたしはマリーンさまのためならどんな事でもいたします…どうか元気を出してください…。」


 マリーンは身動きできず、そのまま身を任せたが、しばらくするとスースーとマルンの寝息が聞こえてきた。


(マルンさん、あたしを元気づけるために…ありがとう…。)


 マリーンはホッとしたが、ひとつ疑問がわいた。


(ま、まさか、朝までこのまま!?)


 結局、眠れないマリーンだった…。

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