第18話 トマリカノート中央図書館


「ふわぁ~。」


 マリーンの隣の席に座っていたヨウが唇をとがらせた。


「マリーンさん、あくび多すぎ。」


「ご、ゴメンね。昨晩、あまり寝てなくて。」


「いったい何をしてたの? やる気を出してもらわないと困るんだけど。」


「な、なあに、その言い方! こっちはあなたのために仕事も休んでるのに!」


「別に頼んでないもんね~。」


「あー! なんですって!」


 図書館の職員が寄ってきて、ふたりをにらんでシーッと言った。


「すみません…。」


 マリーンはうつむいてしまい、ヨウはため息をつきながら山と積まれた本を手にとり、パラパラとめくると横の本の山に積んだ。


「ホントにここに手がかりなんてあるの?」


「まずは手近なところからね。タダだし。」



 ふたりは朝から図書館に来ていた。


「トマリカノート中央図書館。王国の王立図書館よりも蔵書数は多いんだよ! 異世界について書いた本もあるはずよ、きっと。」


「どうかなあ。商売の本ばっかじゃないの?」


 ヨウはまたため息をついてマリーンの方に眼差しを向けた。


「本当によかったの? マリーンさん、ジーンさんと仲違いまでしちゃってさ。」


「だって、仕方ないもん。あたしは支部長失格だから。」



 コナが行方不明になった責任をとってマリーンがしばらく自警団の仕事を離れるとジーンに言った時、殴り合い寸前の大げんかになっていた。



「マリーン! 見そこなったぜ、逃げるのか! コナが心配じゃねえのか! 街中の爆発の怪異も解決してねえのに、お前が陣頭指揮をとらなきゃいけねえだろ!」


「コナの事はあたしのせいだから。あたしは支部長失格なの。ジーン、あなたの方が人望もあるし、支部長にふさわしいよ。ミサキ団長にも了承を得たわ。」


「てめえ! 俺らより、ヨウの方が大事なのか! もういい! 行っちまえ!」



 マリーンはジーンとのやりとりを思い出すと気分が落ち込んでしまったが、当のヨウはのんきな様子を崩さなかった。


「マリーンさんがそこまで責任を感じる必要ってあるの? 応援を待たずに現場に突入したコナさんの落ち度じゃないの?」


「部下のミスは上司の責任なの! あなたにはわからないかなあ。」



 ムッとしたヨウが反論をしようとした時、ローブを着た年老いた人物がふたりに近づいてきた。


「マリーン殿、せいがでるの。」


「館長! わざわざすみません!」


「司書に聞いての。お主には前に、蔵書あらし事件で世話になったからのう。なんでも、異世界に関する本を探しとるとか?」


 マリーンがうなずくと、館長はふたりを手まねきした。その先は、入口近くの人気図書コーナーの棚だった。


「あ、あのう。館長、これは?」


「ここじゃよ、ここ。異世界転移もの、異世界転生もの、チートものに無双もの、いろいろあるぞい!」


 マリーンが本を手にとると、それは小説だった。隣ではヨウが夢中で本を読みはじめていた。


「最近、人気があるんじゃよ。ワシはこれが面白かったのう。ラストは主人公が異世界の魔王女と結ばれて…。」


 マリーンは本を棚に戻して首をふった。


「館長、あたしが探しているのは小説ではないんです。本当の異世界について、研究書とかはありませんか?」


 館長はポカンとした顔をしていたが、急に笑い出した。


「マリーン殿! 異世界なんぞ、本当にあるわけなかろう。空想じゃよ空想。そんな本があるわけは…いや、まてよ。」


 館長は何かを思い出したかのように小走りになった。夢中で小説を読んでいたヨウをマリーンはひっぱり、館長について行った。


 隅の方にあった山積みの本の中から、館長は一冊の本を取り出した。


「あった、あった! 廃棄コーナーじゃが、まだあったわい!」


 マリーンは本を館長から受け取るとタイトルを読んだ。



『異世界の存在と転移についての一考察』



「偉大なる魔法使いカザベラ著…か。」


 疑わしげにページをめくっていたマリーンだったが、読み進むうちにみるみる目を見開いた。


「ヨウさん! これこれ、いきなり大当たりだよ!」


「本当に? 異世界の研究なんかしてる人、いるの?」


「古そうな本だから、著者は存命じゃないだろうね。」


 マリーンとヨウの会話を聞いていた館長は、ヒゲをさわりながらキョトンとした顔をした。


「いや、裏手のアパートに住んどるよ。何年か前に、その本を置かせてくれって何度も来ての。あんまりしつこいから試しに置いたけど誰も借りんかったわい。」


「ええっ!?」



 

 居酒屋双子の帆船亭。


「マルン? いつまで寝てるのかなー?」


 毛布にくるまってベッドから出てこないマルンをどうにかしてひっぱり出そうと、アズキは悪戦苦闘していた。


「…もうダメ。わたし、完全に嫌われたに違いない…もう生きていけない…もうダメ…(以下、繰り返し。)」


「もしもしマルンさん? 朝ごはんを持ってきたぞ。今日はあんたの大好物、桃のゼリー付きだよ?」


 一瞬、アズキの誘惑に反応しかけたマルンだったが、すぐに同じセリフを繰り返し始めた。マルンはおでこに怒りマークを出すと毛布をひっぺがした。


「きゃあ! なにをするの、アズキ!」


「いつまでクヨクヨしてんの! キリがないでしょう、ったく!」


 マルンはべそをかきながら桃のゼリーを食べ始めた。


「それにしても、まさかあんたがホントに実行するとは思わなかったわ。おぬし、なかなかやるな。」


「ふざけないで! わたしは真剣なのに! アズキはいつもそうやってわたしを…。」


 アズキはマルンの隣に腰かけて、髪をなでた。


「まあまあ、落ち着いて。マルンは肩に力が入りすぎだよ。もっと力を抜いたら?」


 マルンは脱力すると、またベッドに横たわってしまった。


「そーじゃないでしょ、それよか、良い方に考えたら? マリーンさんにかなり近づけたんでしょ? 朝まで同じ寝床って…ぷぷぷ。まさか、もう大人の階段を登っちゃった?」


 マルンは起き上がり、枕でアズキを叩きまくったがことごとく避けられてしまった。

 アズキは急に真顔になった。


「で、実際どうなの? マリーンさんのそばにいられて幸せなの?」


「それはもう…。あの方のことをおそばで見て、知れば知るほどわたしの気持ちは強くなる。わたし、あの方のためならどんな事だってできる。」


 マルンは夢を見ているような表情になった。アズキは、そんなマルンを見て少し不安になったが、すぐにその気持ちを打ち消した。


「マルン、だったら今がチャンスよ。マリーンさんは失意のうちに自警団を抜けたんでしょ? あんたが力になってあげなよ。」


「でも、マリーンさまはヨウさまにつきっきりで、毎日どこかへお出かけになるの。」


「なんですって!? 仕事をほっぽりだして自分はあんなカッコいいのとデート三昧!? こりゃ、うかうかしてらんないわ。」


「え?」


 アズキは急いで身支度をし始めた。


「アズキ、どこへ行くの?」


「あんたも行くの! 今日は仕事は休むよ! いちばんかわいいのに着替えて、早く!」


 マルンは不思議そうな顔をするばかりだった。アズキがブラシをマルンにつきつけた。


「そんなデートぶち壊してやる! で、あたしはヨウさんを誘惑して引き離してあげる。そこからはあんたの出番よ。」


 マルンは驚愕したが、うなずくと慌てて着替え始めた。それはマリーンがマルンに買ってあげた服だった。




 マリーンは館長に礼を言い、本を借りると図書館から飛び出した。慌ててヨウがそのあとを追った。


「マリーンさん、どこへ行くの?」


「決まってるじゃない! カザベラさんのアパートよ!」


 本を抱えたマリーンは図書館の裏手の路地に入り、目当てのアパートを見つけた。

 石造りの階段の先に並んでいる扉の表札のひとつには『偉大なる魔法使いカザベラ』と書かれていた。


「明日にしようよ。おなかも減ったし、なんだかうさんくさいし。」


「ヨウさん、やる気をだせとか言ってたクセに、なにそれ。」


 マリーンは躊躇するヨウを気にせずにドアをノックした。静寂の後、再びマリーンがドアをノックすると勢いよくドアが開いた。


「なんだい! うるさいね! ないもんはないって言ってんだよ! 帰りな!」


 黒いとんがり帽子をかぶり、床までつくくらいの金髪の若い人物が現れた。上下は黒いヨレヨレのスウェットだった。


「あ、あの、あなたがカザベラさん? あたし、自警団のマリーンなんだけど。」


「カザベラじゃないよ、偉大なる魔法使いカザベラだよ。」


 カザベラはマリーンを鋭い目で睨みつけたあとヨウに視線を移した。


 そしてそのまま、カザベラの顔は真っ赤になり、まばたきひとつしなくなってしまった。

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