第16話 ヨウさんを探して 再び
コナが倉庫の間の通路を移動して資材の陰から様子を伺うと、ドランが倉庫のひとつの中に入っていくのが見えた。
追いかけようとしたコナの背後からだみ声が聞こえた。
「うごくなよ。貴様、自警団か。」
コナが両手をあげてゆっくりと振り向くと、ボウガンを構えている見張りがいた。
「へへへ、こりゃ幸運だ。なかなかの戦利品じゃねえか。」
見張りは下品な目でコナを見た。コナは涙目になり膝をついて両手を顔の前で組んだ。
「わたし、入団したばかりの新人なんです! 手がらをたてたくてはりきっちゃいました! ゆるしてくださ~い!」
「そうかい、そうかい。」
見張りはニヤニヤしながらボウガンを下ろし、コナに近づこうとしたができなかった。
肩に小型の矢が刺さった見張りはどうっと地面に倒れた。
コナは倒れた見張りを引きずり死角に入ると弓矢を突きつけた。
「特殊な麻痺薬です。質問に答えてください。あなたは戦争商会の構成員ですね?」
「ちがうね。」
「解毒しないとあと数分で心臓も麻痺しますがよろしいですか?」
「そうそう! そうだよ!」
コナは弓をさらに引き絞った。
「誰かを誘拐したのですか? 誰の命令ですか?」
「誘拐? なんの話だ?」
「あと1、2分ですが。」
「ほ、本当に知らねえよ…。今日は大事な取引が…」
見張りは意識を失い口から泡を吹いた。コナは資材の中にあったロープで見張りをしばるとその辺に転がした。
ドランが入っていった倉庫に近づいてコナが見上げると、上方に格子のついた小窓があった。鉤爪のついた矢にロープを結び、コナは小窓めがけて矢を放った。
張られたロープを軽々と登ったコナは格子を外して小窓から中へ侵入した。中は簡素な小部屋で誰もおらず、窓の反対側にドアがあった。
コナはドアに耳を当てて注意深く音を聞いた。
「下に武装した5、6人くらいがいますね。応援を待つかそれとも…。」
コナはそっとドアをあけて部屋を出た。
コナが侵入した小部屋は中2階になっており、扉の外はすぐに下り階段になっていて、1階は広い空間に無数の棚が並んでいた。
コナは棚のひとつに身を隠した。
「ハノーバー殿。回を重ねてさすがに取引の段取りが良くなってきたようだな。」
「恐れ入りやす。」
コナは聞こえてきた低い話し声にハッと身を固くした。
(この発音、話し方。戦争商会員ではありませんね。)
「ところで、今回も戦争商会長殿は来られないのか? 貴殿らはまさか我々との取引を軽んじておるのではあるまいな。」
「そうじゃねえです。うちのボスは多忙でしてね。自警団の目も光ってるし、俺が全て任されてますんで。」
「自警団? 地元の治安組織か。どうせ烏合の衆であろう。そんな奴らはどうでもよい。」
(なんですって!? いったい何様ですか。)
カチンときたコナは身を乗り出して声の主の姿を確かめようとしたが、床材がきしんで音をたててしまった。
「誰だ!」
コナは軽く舌打ちすると弓を構えて飛び出した。
マリーンが街の通りを走っていると、マルンとマチルダが走ってくるのが見えた。
「マルンさん! マチルダ!」
「マリーンさま! ヨウさまは支部にもいらっしゃらないです。ナダ先生にも聞きましたが、医務室にも来られていません。」
「いったいどこへ行ったんだろ?」
「まさか、どこかで倒れられたのでは?」
不安そうなマルンにマチルダが問いかけた。
「ヨウにゃんを最後にみたのはどこニャ?」
「ルミナリアスの試着室だと思います。」
「そこに行くニャ!」
3人は店に着くと店員に事情を説明して試着室に入った。マチルダがフンフンと鼻を動かしてにおいを嗅いだ。
「こっちニャ!」
マチルダは店内とは逆のバックヤードへの扉をあけて進んでいき、裏口から狭い通りへと出た。
「何人かのにおいと混ざってるニャ。」
「マルンさん、ここからは危ないからあたしたちに任せて。」
「いやです! ヨウさまはマリーンさまの命の恩人です。わたしも行きます。」
マルンの意外な頑固さにマリーンは戸惑ったが、マチルダがあくびをしながら直球をなげた。
「足手まといだから帰れって言ってるニャ。」
「マチルダさま、わたしは役立たずではありません! 武器もあります!」
いつのまにか、マルンは大きなフライパンを手にしていた。マリーンは微笑むとマルンの肩に手を置いた。
「わかった! でも、絶対にあたしやマチルダの指示に従ってね。いい?」
「はい!」
マルンは強くうなずき、マリーンと共に再び走りはじめたマチルダのあとを追いかけた。
道はどんどん細くなり、昼でも薄暗い裏通りに入っていった。あちらこちらに明らかにカタギではなさそうな連中がたむろしていた。
「ここは街でもかなり物騒な界隈ね。」
マリーンはマルンを連れてきた事を後悔し始めていた。その上、マチルダのひげが垂れ下がった。
「あニャ~。においが途切れたニャ。」
あたりはゴミの腐ったような臭いや下水のような臭いがしていた。マリーンは顔をしかめながら交信用水晶球をとりだした。
「早速、役に立つなんてね。」
マリーンが球を覗きこむと、中に矢印が現れた。
「こっち!」
マリーンたちは矢印の方向へ向かって狭い路地を進んでいった。
「ここだ!」
自警団の馬車が次々と倉庫街区のゲートの前に急停車した。
ジーンがすぐに集められるだけの支部の自警団員を率いて倉庫街にかけつけたのだった。
武器を手にした団員たちが続々と馬車から飛び降りて、ゲートの脇で腰を抜かした門衛の横を通り抜けていった。
戦争商会の倉庫は無数にあったが、ひとつだけ扉が開いていたところへジーンたちは殺到した。
「コナ! どこだ!」
ジーンたちは倉庫内をくまなく捜索したが、コナはみつからなかった。
「ジーン副支部長! これを!」
団員のひとりが震える手でコナの弓をジーンに差し出した。
「あちらの角に落ちていました。」
ジーンが団員に導かれていくと、床にはかたまりかけた塗料のような赤黒い小さな染みがあった。
「これは、まさか、コナの血かよ?」
ジーンはそのそばにしゃがみこんでしまった。
「そんな…コナのやつが…ありえねえ…。」
集まってきた団員たちは、これほどまでにジーンが動揺するさまをかつて見たことがなく、かける声を失っていた。
「あの家にまちがいないニャ。」
「家というより小屋ね。」
マリーンたちは臭いを我慢しながらゴミ袋の陰から観察した。矢印は小屋の方向を指しながらはげしくふるえていた。
「はやく突入するニャ!」
「待って! まずは偵察でしょ。」
マリーンとマチルダが言い争っていると、だらしない服装で腕に刺青だらけの人物が小屋の扉の前に立った。
毛を逆立てて爪を出したマチルダをマリーンが押しとどめたが、マルンがさっと飛び出した。
「マ、マルンさん!?」
マルンは走りながらフライパンをふりかぶり、刺青の人物の背後から渾身の力で頭部に振り下ろした。
声も出さずに昏倒した刺青の人物のそばに、マリーンとマチルダは慌てて走り寄った。
「マ、マルンさん!? いきなりなにしてんの!?」
「すみません。体が勝手に動いて…。」
音を聞きつけたのか、ドアの向こうから粗野な声がした。
「なんだ! やっと飯を買ってきたのか! おせえぞ!」
扉が開いた瞬間、マチルダは相手の足の間を抜けて室内に突入した。戸惑う相手に向けて、マリーンは剣をつきつけた。
「おとなしくなさい! 自警団よ!」
無精髭の相手はおとなしく両手をあげた。マリーンが中に踏み込むと、マチルダが誰かに馬乗りになって顔をひっかきまくっていた。
部屋の奥の方には手足を縛られたヨウがころがされていた。
「ヨウさん!」
マリーンがヨウにすばやくかけよりロープをほどくと、ヨウはいきなり無言でマリーンに強くしがみついた。
「ヨ、ヨウさん!?」
マリーンは自分の鼓動が早く激しくなるのを感じた。ヨウは涙声だった。
「遅いよ、マリーンさん!」
「ちょっと、助けにきたのにその言い方。」
「だって、ものすごくこわかったんだよ!」
ヨウはさらに強くマリーンにしがみついた。マリーンは安心させるようにヨウの背中に手をまわしたが、自らの胸にもひき絞られるような痛みを感じた。
「そ、そうだよね。ごめんね、もう安心だからね。」
しばらくの間、室内はヨウの嗚咽する声だけになった。
両手をあげていた無精髭男がそっと出ていこうとしたが、マルンがフライパンを構えて戸口に立ち塞がった。
「ゆ、ゆるしてくれ! 頼まれただけなんだ、金貨をやるって言うからさ。」
ヨウに抱きつかれたまま、マリーンは叫んだ。
「誰に頼まれたの!」
「し、しらねえ奴だよ! そいつをさらって、しばらくとじこめておけって言われたんだ! それだけだよ!」
マリーンは応援を呼び、ヨウを拉致していた3人組は自警団支部に連行されて取り調べを受けたが、それ以上のことはついにわからなかった。
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