第3話


 ◇ ◇ ◇ 七月 二九日 午後一時 三三分


 僕達は通りを越え、山頂にある海院神社の石段を登っている。

 神社は山頂に在るだけあり、晴れていれば良い景色が広がっていただろう。

 だが今は濃霧で閉ざされ、通りも港も霧で見えない。

 仕方なく登り続ける僕らは、万魔殿に挑むつもりで居たが問題が発生した。

「ふぅふぅ……あ、足が。ふぅ、ふくらはぎがパンパンになってきたぁ」

「段差がキツイ過ぎるぞぉ……どういう設計しているんだっ!」

 石段一つ一つが高すぎる。一歩では登れず、足を高く上げないといけない。

 成人男性でもキツイのに、僕らは更に小柄である。

 それが数百段はあるのだから、山門が見えてくる頃には息があがっていた。

「じ、神道の階段は…ふぃひぃ。一段上がる度に人の穢れを祓うと言うが……あ、汗で余計に穢れるぅ」

「み、水欲しいぃ……神社行ったら、貰えないかな」

「我慢しろぉ。何が入ってるか、分からないぞ」

 漸く階段を上り終え、山門前まで辿り着く。

 潮風が吹く山門は通常とは違い豪勢で、赤を基調とした塗装に金が差してある。

 それが大人二人分の高さで、山頂を囲っているのだから……とんでもない財力だ。

「風が気持ちよいけど、何だか寒いね。先輩」

「小さな島だから、潮風が届くんだ……沈香の香りもするな」

 霧で覆われた島は蒸し暑いが、山門に来ると身震いする程に寒い。

 それは潮風が運ぶ香りの所為か、神社から匂う線香にも似た香りか。

 尋常ならざる気配を感じる山門まで来た僕らの前に……一人の人物が現れた。

「お待ちしちょりましたん、お二方」

 その人物は神職見習いの証である浅黄色の袴装束で、坊主頭をしていた。

 顔立ちは幼く高校生かも怪しいが、体格が大きい為に威圧感がある。

「ぐ案内かぁ、参りましたん。ノロは本殿でお待ちぃやぁ」

「君は神社の者かな? 祭司であるノロが、待っているというのは?」

「申し訳あいらんしが、ノロやり命じられとんだけとぅ」

 彼は無愛想に答えると、頭を下げて黙ってしまう。

 ノロから連れて来いと、言われているだけか。

 僕とアワナ君は顔を見合わせた後、ついて行く事に決めた。

「分かった。だが本殿はどこだい?」

「山門から真っ直ーぐ行けちゃすぐですんで、ご案ねぇしびす」

 彼は頭を上げると、僕らを先導しだす。

 山門を潜れば境内に琉球建築とは違う、武家屋敷にも似た本殿が見えた。

 広さは学校の体育館程、天井は二階建て位……周囲の囲みが高いのも頷けるな。

「ノロはぁ貴方方ぁ来るぅし、一日千秋ぬ思いし。待っちょったるそぅ」

「ボクらはアポも何もとってないのに、どうやって分かったの?」

「あぬ方には、特別な力ぬぅ有りますから」

 アワナ君が質問をしている隙に、僕は周囲の観察に努めた。

 本堂への道は、灯籠が等間隔で置かれた石畳。

 庭は詫びた佇まいの石や茂みで、デザインされている。

 周囲の音も潮風と波の音しか聞こえない……その静寂は、海上に居るかの様だ。

 だが灯籠は湿り気を帯びており、庭の木は根が腐っていた。

「港で聞いたが、島ではこの神社しか宗教施設がないって本当かい?」

「天上島ぁ昔から無人でぇ。移民当初……百年程前から当社は続いちぉるびん」

 百年前か……一九二〇年。思ったより歴史が浅いな。

 模倣女箱は爺様の話が確かなら、随分前の品だから、僕はその事実が意外だった。

「ふぅん。それにしては八尾比丘尼を奉るなんて珍しいね。何かきっかけでも?」

「それはノロが、八尾比丘尼様やからぅです」

「……何?」

「着ちゃました。履物を脱はじて、本堂んあがき下されぇ」

 本堂は近づけば近づく程、異様な雰囲気に包まる場所だった。

 僕は今まで神社とは深い森の中。人の領域ならざる神聖な場所や。

 強い気や力を持つ、活気的なイメージがあった。

 だがここは人の痕跡も無い、蛇や虫が住み着く洞窟の様な気色悪さだけがある。

「どぅか、しましたが?」

「いや……何でも無いさ」

 僕達は本堂に上がり、閉じられた戸を開く。

 この時。僕はこの先の運命に心構えをしていたし、警戒もしていた。

 だがそんな想定を超えた光景が、本堂の中に広がっていた。

「ようこそ、いらっしゃぁいましちぁ」

 待っていたのは……異形の怪物に似た、白着を纏う蛙の怪物だった。

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