第2話


 ◇ ◇ ◇ 七月 二九日 午後一時 二一分


 僕がネットで調べた天上島は、青空と緑の海が広がる爽やかな田舎である。

 だが港に辿り着き、船を降りた第一印象は真逆だった。

「真っ白だね」

「霧だな……梅雨時期だから仕方ないが」

 海上の晴天が嘘の様に厚い雲が空を覆い、太陽は雲の後ろで朧気に光を放つばかり。

 港自体も古臭く。桟橋やコンクリートには、藻が張られ腐食が激しい。

 陰気臭い景色の所為か……潮風は魚の匂いが充満して、質量の無い霧が重たく感じた。

「気に食わない島だな。悪夢に出てきそうだ」

「そういう事、言っちゃダメだよ。とりあえず漁師さんに神社の事を聞こう?」

 港を歩くと濃霧で出航出来ないのか、何人かの漁師が居た。

 誰も彼もが肌は白く……むしろ青白い肌で、髪の毛が薄く額が前に飛び出している。

 僕達はその中の、桟橋で黒ずんだ網を編む体格の良い漁師に声をかけた。

「おい、そこのアンタ。話を聞きたいんだが、時間は余ってるだろ?」

「ちょっ、せんぱ……何て聞き方してるの!?」

 漁師は声に反応して僕を一瞥すると、小さな瞳を不快そうに歪める。

 だが視線がアワナ君を見た途端、驚愕する様に二度見した。

「ひどらさんじゃぁ、らんか!?」

「……? えーと僕はアワナって言いますけど、どこかで会いました?」

 大声を出して立ち上がった、彼の様子に僕は驚いた。

 その顔は親しく懐かしそうで、先程の態度と大違いである。

「違うぬが? ぁ~、何とも似ちょん。ひどらさんの娘っ子が?」

 ひどら……干虎(ひどら)か? 干泥(ひどろ)はそこからモジられたか。

 漁師はアワナ君と喋り、赤の他人だと分かった様だが態度は変わらなかった。

 代わりに僕を見る目は、不快そうだからたまらない。

「おじさん。ボクらは観光に来たんだけど……海院神社って何処にあるか知ってる?」

「知っちょぬも何も、島の代表やから、当たり前ぇやさ」

 漁師は港を二分する通りを見て、その奥……島の中央にある山を指差す。

 その山頂に琉球建築らしい、赤煉瓦屋根の山門が見えた。

 霧で見づらいが山は島の中心にある様で、距離は街一つ分といった所か。

「御嶽(うたき)さ。島ぬ者やら、週に一度は行くちゅう」

「成程ね。ちなみにだが、この島には他の社は無いのかね?」

「んあ……っ。喋りすぎちゅうた」

 僕の質問に男は不審気な顔をすると、口を一文字に結んで立ち上がる。

 男は眉を顰め、僕を一睨みするとそのまま立ち去った。

「貴様っ!! この僕が声をかけてやったのに、なんて態度だ!!」

「まぁまぁ先輩、落ち着いてよ」

「嘗められてたまるかっ!! 捻り潰してやるっ!!」

 僕は後を追いかけようとするが、アワナ君に羽交い締めにされて身動きが封じられる。

 じたばたと暴れるが、怪我をしている僕ではアワナ君にも勝てない。

 暫く格闘していると、男の背中は見えなくなった。

「ほらっ! 神社に行ってすぐに帰るんでしょ、時間無いよ?」

「クソ……この怒り、忘れないぞ」

 僕は仕方なく、未舗装の硬く湿った通りを歩き出す。

 通りには個人宅や個人商店が並び、全てが琉球建築の建物だった。

 つまり家を分厚い石垣で囲み、建造物も複数階の建物は無い町並みである。

 花の香りや琴の音が聞こえる長閑さで……良い町に錯覚しそうだ。

「蒸し暑いけど、普通の街だね?」

「そうかい? 僕には歓迎されていない様に感じるけど」

「先輩は穿ち過ぎだよ~。別に何かしに来た訳じゃないでしょう?」

「それは相手次第だ。僕が何かする気が無くても、そうなるかもしれない。それに……」

 通りにある建物の屋根。その四隅に眼を向けると……奇怪な石像が飾られていた。

 沖縄と言えばシークワーサーが有名だが、ソレは見るだけで似て非なるモノだと分かる。

「オカルトの影響は、強く受けてる村に見えるね」

「……何、アレ?」

 ソレは屋根に座る姿勢を取った、皺にも鱗にも見える体表を持つ人型石像だった。

 胴体ばかり大きく丸みを帯びており、手足は先端に行く程に細い。

 更に特徴的なのは丸く嗄れた頭で、眼は酷く小さい上に鼻も眉も耳も口も無かった。

 代わりに顎髭は胸元まで伸びており……手招きされている錯覚に襲われる。

「気色悪い像だな。奇形児が腐乱死体で飾られている様だ」

「うん。それに何だか……この前の魚に似てない?」

「いや魚では無いだろ。でも得体の知れ無さは似ているか?」

 石像を見ていると、何故か心が不安になる。

 ぽっかりと闇が沈む井戸を、覗き込むかの様だ。

 そんな像がどの家の屋根にも飾られ、どれもが相当に古い。

 砕けていたり、すり切れた像は無い以上。島民の像への扱いは明白だろう。

 そのまま歩いて行くと……漸く漁師が指を差していた建物が見えて来た。

「何かあったら窓ガラスを割ってでも、この通りに逃げ込むんだ」

「……だから先輩も無茶な事はしないでね」

「いいや。この一連の事件を終わらせる為になら、何でもするさ」

 邪が出るか、鬼が出るか……さぁ行こう。

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