第13話


 ◇ ◇ ◇ 七月 二七日 午後三時 一四分


 時間の流れとは早いモノで、もう七月末になっていた。

 本来なら僕は大学で教授達に教えを請い、研究に精を出して居たが……。

 今の僕は肩甲骨にプレートと釘を打たれ、病院という監獄に捕らわれている。

 狭い部屋で消毒液に濡れた空気を吸い、硬いベットに寝っ転がる生活だ。

 仕方なく甘んじているが……今日は来客もあって病室が騒がしかった。

「病院に次に迷惑かけたら、ぶっ叩くからなっ!! 大人しくしとけっ!」

「はいはい分かってるよっ!! 怪我人が休んでるんだから、行ったらどうだいっ!?」

「その病人が問題起こしたから、説教に来たんじゃねぇかっ!!」

 怒鳴り声を最後に、北川警部が僕に背中を向けて帰っていく。

 彼が肩を怒らせて扉を開けると、扉の先には背を丸めていたアワナ君が隠れていた。

「おぉっ、アワナ君じゃないかっ! 来てたなら入れば良かったのに」

「あの状況で入って来れるっ!?」

「お前さん……保護観察してるワシが言うのもなんだが、友達は選んだ方がええぞ」

 アワナ君が苦笑いしながら、北川部長を見送って病室に戻ってくる。

 彼女は部屋に一つだけの椅子に座ると、物珍しそうに部屋を見渡す。

 僕の病室は警備上の都合、最低限の家具は揃った個室である。

 一人が横になるので精一杯なベットに、サイドテーブル。

 細長いクローゼット、小さなTV付きの机。後は私物のノートパソコンだけだ。

「先輩は何したの? 北川部長めっちゃ怒ってたじゃん」

「この病院の怪談話を集めたり、死神が本当に居るのかウロついてただけさ」

 そしたら病院患者共が怖がって、ナース達に苦情を言ったらしい。

 誰にも迷惑をかけてないのに……理解に苦しむな。

「病院に迷惑をかけるなだとさ。体に釘を打たれたんだから、行動にまで打たなくて良いと思わないかい?」

「いやまず病院は、大人しくする処だから」

「はぁ……北川部長と同じ様な事を、君も言うんだね」

「あんな事があった後なのに、変な事ばっかりしてて大丈夫なの?」

「うん? 例の件についてかい? まぁ警察は殺人とは扱わないらしいよ」

 鑑識が調べた所、例の異形は人間とは違う遺伝子をしていたらしい。

 警察としては、突然変異の魚として扱うそうだ。

「魚を殺した所で罰される事は無い。真夜中に大学生が夜釣をしていたら、釣り上げた巨大魚に噛まれたって扱いだ」

「あれっ、先輩……儀式の事とか、あの怪物に聞いた事とか言わなかったの?」

「言う筈無いだろ? 僕はただでさえ、警察署内じゃ狂人扱いされているんだぜ?」

 表向きは……だが。

 北川部長は感づいたらしく、僕にアレコレと聞き込みをしてきた。

 僕も市民の義務として全て話した。

 今回の大目玉は僕が事件について嗅ぎ回った事への、心配も含まれているのだろう。

「まぁそんな事はどうでも良い」

「肩に鉄板入れる怪我を、どうでも良いって……」

「君を呼んだのは、例の件について調べがついたからだ」

 驚きの声をあげるアワナ君に、僕はノートパソコンを見せる。

 画面には写真付きで、推測と調査情報が纏めてあった。

「結論から言おう。沖縄県の半島の一つ。天上島に行けば……何か分かる筈だ」

「天上島……あの魚が言ってた所?」

「それかは分からない。推測に至った理由は複数ある」

 パソコンの画面に写真を二枚映す。一枚は異形の死体である。

 もう一枚は黄色の頭部に、下半身が白の肌地に赤い斑点が付いた魚だ。

「この魚はマンジュウイシモチ。日本なら沖縄県周辺に分布している魚だ」

「似てる……あの化物と」

「あぁ。異形は沖縄より出でる魚と似ていた」

 更には他にもこの魚について、気になる事がある。

 北川部長から口八丁で聞き出した情報の為、精度はかなり高い。

「他にも先日の港で日本最南端、石垣島に生息する魚群が確認された」

「えぇっ!? そんな南の魚って……」

「熱帯魚はあの海では生きられない。儀式によって、魚人と共に来たんだろうさ」

 パソコンを更に進ませると、アワナ君が息を呑んだ。

 僕だって見た時は、驚いたから仕方ない。

 画面には青緑色の湖と、緑色の海が広がっている。

「それを知ってから沖縄近郊……石垣島近郊を調べた訳だが、驚いたろう?」

「海の色とか……あの夜の海にそっくりっ!?」

「天上島の観光地で、珍魚が泳いでいる沼だ。他に緑の海は無いらしいし……何より」

 気になっている事がある。

 奴はニライカナイ……沖縄の宗派。琉球神道の神の国の名前を出した。

 だが祖父の研究ノートに記された模倣女教典の中身と、琉球神道は似ても似つかない。

 琉球神道とは、祖霊を奉り神に昇華する土着信仰である。

 対して模倣女教典は、絶対的な神への信仰を元にしている……が繋がる箇所もあるのだ。

「天上島には八尾比丘尼信仰の神社、海院(かいいん)神社がある。僕はそこでノロから、話を聞いて来るつもりだ」

「ノロ?」

「神官の事だよ。宗教に絡んでいるなら、手っ取り早い質問先だろう? 君は……」

「ここまで一緒に調べたんだもん。まさかボクを置いてかないよね?」

 アワナ君が目に強い光を宿して僕を見ている……参ったな。

 正直、天上島には何も無く観光をして終わる可能性が大きい。

 だが何かあるとすれば……それは地獄の釜を開ける行為同然だ。

「言っておくが何かあったら、僕はアワナ君を見棄てて逃げるからな?」

「先輩はそんなに危険な所へ、一人で行くんでしょ?」

「天上島は閉鎖空間じゃないからね。一般市民も居る以上、相手も無茶は出来ない」

 魚人が島に居るとして……僕達でも殺せた位だ。警察が動けば、簡単に駆除できる。

 つまり対応を間違えなければ、相手は暴力的手段はとりづらい筈。

 何せ彼らはこれからも、島で生きて行くのだから。

「ボクも行くよ。お母さんから始まった事件を、見届けなくちゃ」

「……分かった。僕の怪我が治ったら、二人で行こうじゃないか」

「うんっ! 何かボクも準備する事はあるかな?」

「僕は怪我が治れば警察にマークされる。天上島行きの船を調べてくれ」

「分かったっ。調べておくよっ!」

 さぁって今夜にでも病院を抜け出して、天上島に向かうか。

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