第二章

第1話


 ◇ ◇ ◇ 六月 一一日 午前一一時 二二分


 僕とアワナ君は休日を利用して、都市部から県隣にある彼女の実家を訪れた。

 朝から電車に揺られ最寄りバスに乗り、現在は徒歩で山道を歩いている所だ。

 山道は左右を茂みに挟まれた未舗装道で、都会のコンクリートジャングルよりも涼しい。

 陽射しを雑に遮る木々の枝葉が、頭上から僕達を見下ろしている所為だろうか。

 糞田舎に来てやった僕の背後で、愚痴る小娘が居なければ気分は更に良かったろう。

「本当にっ、本当にボクの家に行くの!?」

「ここまで僕を歩かせておいて、何を言うんだ。行くに決まってるだろっ!」

「ボクの実家、掃除も何もしてないし……」

「僕だって君が、実家に定期的に通ってると思っちゃいないよ」

 純白ワンピース姿のアワナ君は、顔を赤くして恥ずかしがっている。

 ボクの女性恐怖症を考えてか、肌の露出も少なくリボンのワンポイントが可愛らしい。

「それよりその服はなんだい。片付けるのに汚れるだろ」

「ボクだって女の子なんだから、遠出の時は可愛い服着るよっ!」

「ふぅ~ん」

「興味なさ過ぎでしょっ!? ってかいつもの長袖の服着て暑く無いの?」

 暑いに決まってるだろ。だけど僕は体が弱いから冷やさない様にしてるんだよ。

 そう言ってやりたいが、このクソガキにだけは舐められたくない。

 僕達は睨みあった末に、額から流れる汗の量から体力の消耗を考えて一時休戦した。

「疲れたぁ……本当に一泊もしないで帰るのぉ?」

「しょうがないだろぉ? 一泊したら明後日の月曜日が辛くなるんだから」

 だが仕方ない。アワナ君の家には、事件の手がかりの「て」の字も見つからなかった。

 警察も空振りらしく、事件の情報は得られず……腹立ってきたな。

 僕は暑さでイライラする頭を、道中で買ったチョコバーで冷やす。

 舌の上で溶けるアイスの甘みと冷気が、口から腹へ降りると少しはイラだちも治まった。

「連休が六月にあるなら、待っても良いが……無いからダメだ」

「先輩だったら連休あっても、待たないでしょ」

 アワナ君が文句を言っているが、僕は山頂から見えた人里を見下ろす事で忙しい。

 村は天を突く山岳に囲まれ、山の合間を縫う様に作られていた。

 車道も最低限で、宅地数も両手で数えられる程に少ない。

 観察を終えた僕は、ぶー垂れる彼女に振り返った。

「ウルセェなぁ~。アワナ君が教典は実家にあるって、大口叩いたんだろぉ?」

「言ってないよね!? ボクの家に無いなら、心辺りは実家だけって言ったのっ!」

「細かい事は良い。とにかく僕が来てやったんだ、徹底的に調べるぞっ!」

 何せこの相倉家長男。相倉有馬が重い荷物を抱えて、生物が出す音とは思えない蝉音響く山村まで来たんだ。

 家も含めてド田舎の風土宗教から習慣まで、調べ上げてやるっ!

「もう少しだ、アワナ君。早く行くぞっ!」

「あっ先輩! 待ってよぉ」


 ◇ ◇ ◇ 六月 一一日 午前一一時 三七分


 アワナ君の実家は一階建ての母屋に、洋風の納屋が増築された土蔵建築だった。

 外観も規則正しく並ぶ赤色の瓦屋根、壁の白漆。模様硝子と凝りに凝っている。

 歴史ある建造物を愛する僕にとっては、アワナ君よりも尊敬に値する建造物だ。

 アワナ君が鍵を開け、室内に入れて貰うと……その気持ちは更に強まる。

「君の家、良いねぇ~。実に素晴らしいよ」

「えっ、そう? 相当古いらしいよ」

「そこが良いんじゃないかっ! 立派な家だ」

 障子は全て開け放たれ、各十二畳の部屋を三つ繋げている。

 和風建築特有の木々の湿った香りが漂い、今が夏だと忘れてしまいそうだった。

 僕達は僅かに軋む、木目板の廊下を歩きながら居間に向かう。

「水は使えないけど、お隣さんから貸して貰えるから。ボクに声をかけてね」

「ふぅん。流石にライフライン位はしっかりしてるか」

 食事にする予定もあり、探検したい気持ちを抑えてローテーブル似の卓袱台に座る。

 アワナ君は部屋をグルリと見て来たが、座っている僕に目を丸くした。

「全く遠慮しないね、良いけどさぁ~。それならご飯位、作ってきてあげたのに」

「はぁん? 僕はお昼はいつもチョコパンと決めてるんだ。放って置いてくれ」

 僕達は持ってきた食事を取りだし、昼食休憩に入った。

 アワナ君は自作してきたのり弁に飲料水。カットフルーツ。

 僕はチョコパンにイチゴミルク。デザートに板チョコ……完璧な昼食だな。

「……」

「何だよ。クソガキでも見る目で僕を見て」

「いや、何でも無い……何でも無いかな?」

 その後は午後からの、調査手順を確認する。

 一日で一軒家を調べるには、効率良くやらないといけない。

 相談も一段落した頃、不意にアワナ君が変な事を聞いてきた。

「ねぇ先輩。何でボクの事、君付けで呼ぶの?」

「ふわぁん?」

「もしかして、ボクがボクって言うから?」

 半溶けチョコレートを食べながら、僕は呆れる。

 何言ってんだコイツ。そんな簡単な事も分からないのか。

「碌でもない事、考えてるでしょう?」

「実に馬鹿だと思ってね。僕が君を認めたから、君付けで呼んでいるんじゃないか」

「認めてる相手に、実に馬鹿って言うっ!?」

 アワナ君が顔を引き攣らせて、僕の顔を見ると溜息を吐いた。

 僕は結露したジュース缶を手に取り、炭酸を喉に流し込むと理由まで説明してやる。

「君は僕の協力者なんだから、敬意は払うさ」

「えぇ~、意外だなぁ。先輩って誰にも、そんな事言わないと思ってた」

「おいおい。僕はこう見えて、礼法には五月蠅いんだぜ?」

「先輩より年上の人にも、凄い態度取るイメージあったよ」

 そりゃそうだ。僕は尊敬する奴以外に、態度なんて取り繕わない。

 だが尊敬する相手には、僕は敬意を持つしそれなりに優しくもする。

 僕が不機嫌になったのを見て、アワナ君が慌てた様に立ち上がった。

「あぁほらっ。時間なくなっちゃうから、掃除しよっ。ねっ?」

「帰り道、後で覚えとけよ」

「何するつもりっ!?」

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