第6話


 ◇ ◇ ◇ 五月二六日 午後七時 三四分


 僕はストーカー被害が起きたと知り、次の日に再訪問して荒らされた形跡を調べた。

 調べたとも言えないか、何せ五分で確信したからな。

 僕達はローテーブルを囲んで、アワナに犯人を教えてやった訳だが……。

「えっ! 高内教授が犯人っ!?」

「バカッ、声がデカいぞっ。これだからヤカラは……」

 驚いたアワナが、大声で叫びやがった。

 しかも半分信じてない目でボクを見てやがる……仕方ない、教えてやるか。

「まず部屋が荒らされたのは、君が昨夜コインランドリーに行ってる間で良いな?」

「うん。時間的に四十分くらいかな」

「つまりその間。アワナが部屋に居ないと分かる人物が犯人だ」

 この部屋の窓から、部屋の中を盗み見れる背の高い建物は無い。

 偶然アワナが居ない時に、侵入してきた可能性もあるが少ないだろう。

 何せ今までも、不審者情報は出回っていないのだから。

「犯人だと断定できる理由はもう一つある。これだよ」

「護符……?」

 僕が懐から取り出したのは、和紙で出来た刀印護符である。

 僕はその一枚を両手で引っ張ると、乱雑な断面を残して二つに破れた。

 線香の香りがするこの刀印護符は、カサカサした肌触りで簡単に破けるのだ。

「部屋中に張られた護符は生き霊対策じゃない。犯人の侵入ルートを調べる為だ」

「ぁっ! 護符が破けた所があるって事っ!?」

「いや探してみたが、どこも破けて無い」

「……ダメじゃん」

 話が違うと僕の顔を見上げるアワナ。

 僕は飲料水のペットボトルを飲み干すと立ち上がった。

 目指すはトイレの個室……急がねば高内教授が帰って来てしまうな。

「逆だよ。だから侵入ルートが絞れる……つまり護符を貼らずにおいたトイレにね」

「でもトイレから、どうやって侵入するの?」

「それを今から調べる。配水管の点検用通路で部屋が繋がっている筈だ」

 そして想像は当たっていた。

 トイレの天井を調べてみると、トイレの配水管を通す点検用ダクトを見つけた。

 ダクトは嘗てはコンクリート製の壁があった様だが、大人が通れる穴が空いている。

 そして嘗ての壁は……余りにも薄い。

「欠陥住宅だな。建物を作った業者が安く作ろうとしたか」

「えっ、えぇ本当に? っていうかじゃあ、ボクの隣にずっと?」

「君は実に運が良い……この僕に相談しなければ、最悪な状況になっていたぞ?」

 部屋に押し入るストーカーだけが、出入り出来る扉があった……。

 アワナはその事実に、体中に電流が走った様に顔を震わせる。

「け、警察にっ」

「警察に行って、解決すれば良いがな」

「調べれば指紋とか、何か……それに壁を塞いで貰えば良いじゃんっ!」

「それは出来るだろう。問題は出なかった場合と、予防で終わった時だ」

 壁を塞げば高内教授は、部屋に来れなくなるだろう……この通路からは。

 それは人喰い熊を、人里離れた山に帰す行為と変わらない。

 人を食べる熊が、何時、何処から現れるか分からなくなるだけだ。

 アワナもそれに気づいたのか、雨に濡れた子犬の様に俯く。

「ビデオカメラとかどうだろ……入ってきた所を撮って、警察に」

「それも出来るだろう。だが部屋から何か盗まれた事は無いと言ったな?」

「うん、ないよ。ゴミ袋も漁られるだけだし……半信半疑だった」

「つまり今まで、自分の存在を隠してきた訳だ。それが今回は隠す気が無い」

 アワナの顔がみるみる内に青ざめていく。

 そのまさかだよ。漸く危険性に気付いたか。

「誤魔化して調べる必要が無くなったんだ。そして次に奴が求める物に心辺りもある」

「……お財布とか?」

 僕は鼻で笑った。分かってるだろう、そんなモノじゃぁない。

 もっと分かり安く単純な話だ。だが彼女は恐怖から目を逸らそうとしている。

 馬鹿な事だ。未知を生み出す事が、恐怖に繋がるというのに。

「君自身だ。賭けても良いが、君の物音がしなければ出てこないさ」

「……犯罪者の心理に詳しすぎない?」

「寂れた中年の考える事なんて、単純過ぎて手に取る様に分かるよ」

 アワナは顔を俯かせ手で顔を覆うと、これからの事を悩み始める。

 僕の中で答えは既に出ているが、そんな事は知った事では無いな。

「君の身の安全だろ? 先輩として忠告はしてやったからな。納得行く方法で決めなよ」

「先輩はどうするのが、一番だと思う?」

 知るかよと普段の癖で口に出そうとして……僕は口を閉じた。

 何かひっかかる。そうだ、分かったぞ。

 あのボケ中年はこんな簡単なトリックを、僕が見抜けないと思ってやがったんだ。

 この相倉家長男。相倉有馬の頭脳をっ、腐れ頭脳以下だとナメやがったっ!

「現行犯で捕まえる。仲間が隠れておいて、奴が顔を出した時に捕まえるんだ」

「でも友達にそんな危ない事……」

「僕が手伝ってやるよ」

 部屋を見渡せば、良い隠れ場所があった。窓辺のベットの下だ。

 ベットの四脚とフローリングの間は、僕の様な細身なら隠れられるだろう。

 アワナはベットで寝るから、護衛にもなるし丁度良い。

 僕の視線の先に気づいたアワナは、ぎょっとした顔をして呻いた。

「え? 本気なのっ!?」

「甘ったるい匂いがするから嫌だがね。こうなったら仕方ないだろう?」

 アワナは僕の顔を見て、顔をくしゃくしゃに歪めると百面相を始める。

 最初は疑う様な目を、次に頬を痙攣させ、最後に目力を強くして頷いた。

「でも先輩。お札って、高内教授か確かめる為でしょう。何で最初から分かってたの?」

「あぁ。ストーカー騒ぎだと聞いた時から、奴が一番怪しいと思っていた」

「……?」

「僕みたいな嫌われ者を、知らない人間が推薦するかよ」

「あぁ……なる程」

 僕はアワナがそう呟いた事を、心のノートに書き込む。

 これが終わったら、思う存分やり返してやるから覚えとけよ。

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