第4話


 ◇ ◇ ◇ 五月二六日 午後四時 五二分


「護符とか……ダメダメじゃん」

「ボクもそう思う」

 アワナは大学の講義を終え夕方に、大学の集合食堂に来ていた。

 大学で出来た友人である、白井愛菜(しらい・えな)と夕食を取る為だ。

 集合食堂は壁がガラス張りで日当たりが良く、内装はチープかつシンプルである。

 家具は白を基調として統一され、食事の値段も相応に安い。

 人気メニューは名物カレーであり、食堂には肉の脂とカレーの匂いが漂っていた。

「ってかさぁ。相倉先輩って、目がヤバい変人でしょ。大丈夫なの?」

「変人だし目がヤバいのは……そうかも。でも先輩って小さい頃から不眠症なんだって」

「そうなんだ。でも他にも悪い噂があるのは知ってる?」

 偏食が多すぎて、学食にケチつけるから出禁になった。

 チョコレート以外に、口にしてる所を見た事が無い。

 朝になると山から出て来る等など……挙げられた噂は学校の七不思議じみている。

 それを聞いたアワナは、フォローも出来ずに目をそらす。

「……全部本当なの?」

「本人が言ってたよ。魚嫌いで甘い物しか食べないって。山は……ありえるかも」

「ちょっとっ。アワナは可愛いんだから、今からでも先輩と離れた方が良いって!」

「大丈夫。昨日も家で作戦会議していたけど、いやらしい顔してなかったもん」

 エナは家にあげたと聞いて、驚いて勢いよく立ち上がった。

 衝撃で机の上のガラスコップが倒れ、チープなテーブルを転がる。

 冷水がテーブルに広がり、周囲の生徒が一斉に彼女を見た。

「ご、ごめんなさい」

 エナは恥ずかしそうに水を拭いた後、柔らかな手でアワナの小さな手を包む。

「アンタは気を許してるけど、相倉先輩がストーカーかもしれないんだからね?」

「あはは。ただの人間には、興味無い人だから平気だってっ!」

 心配げなエナが手を離すと、アワナは湯気の上るカレーを口に運ぶ。

 アワナが頬を膨らませて食べる姿を見て、エナは口元を緩めるが更に愚痴る。

「相倉先輩を家にあげてすぐ、家を荒らされたのよ? 何でそう言えるのよ」

「ボクの事を見る目がさ、虫か何かを見る目だからかな? 俗っぽい事は喋らないし」

「変人先輩しかり、父親しかり……こんなに可愛い娘を放っておくなんて信じられない」

「お父さんが生きてるとも、限らないけどね」

 イライラした様子のエナに、アワナが笑いかけた。

 僅かに眉を下げたエナだが、この時食堂の隅で食事を取っている人物に気づく。

 トレードマークの帽子を、食事中にも被っている中年教授。高内教授である。

 どうやら彼はカレーを食べては、呆然と宙を見ている様だった。

「はぁ。高内教授も何で、変人先輩に声をかけたのやら」

「そういえば先輩も、高内教授とは接点少ないって言ってたねぇ」

「あれ、そうなの? 確か二人とも民俗学だか神道学とかじゃなかった?」

「専門が違うらしいよ? アメリカだか超神秘だかで」

 ふぅんとエナは、興味なさげに唸る。

 彼女はオカルトと聞いた瞬間、高内教授を見る目が詐欺師へと変わっていた。

 そんなエナにアワナは苦笑し、時計を二度見するとカレーをかっ込む。

「ボク。そろそろ帰らなきゃ!」

「何か用事あるなら付き合おうか?」

 アワナはカレーを口に流し込むと、数瞬した後に首を横に振った。

 付き合いの良いアワナの挙動に、エナは珍しいと呟くが続く言葉に顔を顰める。

「いいよ。先輩から消臭剤を頼まれてるんだっ!」

「……相倉先輩が帰ったら、鍵を閉めて寝るのよ」

「分かってるって。また明日ぁ」

 アワナは食べ終えた食器トレーを手に、食器返却口に駆けていく。

 その背中を目で追うエナの表情は、友人というよりは保護者のソレだった。

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