第3話


 僕がアワナから相談を受けてから三日後。

 当初こそ彼女の住むアパートの周辺住民から聞き込みもしたが、情報は出なかった。

 仕方なく今日は彼女の家で、持って来てやった防犯グッズを設置する予定なのだが……。

「本当にやるのっ!?」

「本当にってなんだよ。昨日やるって、言っただろ?」

「ソレを見てたら、頷かなかったよっ!」

 階段を上って部屋に向かう途中、グッズを見せたらこの有様だ。

 五月蠅すぎて昨日聞き込みをしたおばさんが、顔を出して笑っている。

「そんなに騒ぐなよ。お隣さんに失礼だろ」

「うぐぅ……」

 アワナの住むアパートは、良く有る集合住宅の一棟だ。

 最近建てられたらしいが、業者が手でも抜いたか白いペンキの剥げが目立つ。

 だが入居者が居る事を、分かっているのか。

「さっさとやるぞ、一週間は外すなよ」

「分かったよぉ、んもぉ……変な所漁らないでよね?」

「誰が小娘の家なんて漁るか。さっさと鍵を開けろ」

 鍵が空いたら、早速作業開始である。

 アワナも最初こそ嫌々だったが、途中から諦め気味に手伝いだした。

 三十分程で一段落した時、来客を告げるチャイムが鳴った。

「おーいアワナっ。客が来たぞー!」

 反応が無い。アワナは風呂場で作業中だったか。

 彼女の近所付き合いが破滅しようが、どうでも良いが……客に罪は無い、出てやろう。

「仕方ないな……はいはーい、どなたです……お?」

「えっ?」 

 僕が扉を開けると……見覚えのある、じゃがいも顔が現れた。

 具体的には僕の大学の教授であり、人畜無害そうな顔で僕を騙しやがった中年男性だ。

「おや高内教授。どうしましたか?」

「君こそどうしたんだい、干泥さんの家に居て?」

「ちょっと、何で先輩が勝手に出てるのっ!?」

 親切な僕が扉を開けて来客対応をしてやると、見知った顔が現れた。

 同じ大学の高内 庄司(たかうち・しょうじ)教授である。

 彼こそがアワナを僕に紹介した犯人であり、ジャガイモ野郎だ。

「君が風呂に籠ってるから出てやったんだろ。親切だよ。親切」

「誰の所為でお風呂に居ると思ってるんだよっ!」

 怒っているアワナを無視して高内教授を観察する。

 彼は目玉が飛び出したじゃがいも顔で、更には頭の毛が薄い中年男性である。

 トレンドマークの人懐っこい笑みと丸眼鏡は今日も健在だった。

「干泥さんの様子を見にきたんだけど……部屋が凄い事になってるね」

「生霊対策の刀印護符ですよ。僕のコレクションの一つです」

「うぅ……友達に見られたらどうしよう」

 僕は高内教授を家にあげると、先程まで改装していた部屋を見せてやる。

 元々は薄橙色の壁紙のワンルームで、窓際にベットと少々の家具しか無い部屋だった。

 具体的には部屋の中心に、白樺のローテーブルとカーペット。

 そこから眺める為か、ミニタンスとその上に置かれた薄型テレビ。

 窓辺には四脚式で床との間に隙間がある大きなベット……それだけである。

 だが今は違う。和紙に描かれたハイセンスな陰陽護符が、部屋一面に張られていた。

「これは凄いね、窓にまで張られてるのかい?」

「お風呂の窓にも張れって……流石にトイレの壁までは拒否したけど」

「君の為だろぉ? 僕のコレクションを放出してやったんだ。有難く思えよ」

「感謝するけど……いや感謝する所かな? あっ、先生も座って下さい」

「その前にトイレを借りても良いかい。顔を出すだけのつもりだったから……」

「どうぞどうぞ」

「何で先輩が答えるかなぁ」

 先生が戻って来てから、僕達はローテーブルの三辺にそれぞれ座った。

 相変わらず部屋を見渡している教授に、僕は質問を投げかける。

「高内教授は近所に住んでいるとか、今回の事で何か知りませんか?」

「ご近所というか、隣部屋だけど……特に見てないなぁ」

「他の住民にも聞き込みをしましたが、同じですね。彼らも知らないと言っていました」

「だからって護符……?」

 ああだこうだ、言いやがるなぁ。このガキは……。

 僕の様に優しい奴でなかったら、怒られている所だぞ。

「この護符は陰陽術にも用いられる、由緒正しい護符なんだぞ? 死んでも剥がすなよ」

「護符はともかく……捜査に進展はないみたいだね」

「いいや、進展はありましたよ」

「無いでしょ」

「ある。進展が無かったという進展があった」

 見ればこの部屋の窓から、この部屋を覗ける様な背の高い建物は無い。

 鍵は去年の一月に変えているらしく、鍵を盗まれた訳でも無いだろう。

 その上でこの家をピッキングで開けている、不審者も見られていないとか。

「つまりこの部屋は密室だった訳だ」

「だから幽霊対策かい?」

「言いたい事は分かるけど……」

「最初は霊道……幽霊の通り道があるのかと思ったけど、アワナが感じる症状と霊障が違う。モノや君に執着するとしたら、それは生霊だ」

 僕の言葉にアワナは納得しがたいようだ。

 窓の外のベランダを見て嫌そうな顔をする。

 何を考えてるのか……と思ったら、答えが分かり切った事を聞いてきた。

「洗濯物は?」

「コインランドリーで脱水して来いよ」

「脱水って、乾く事じゃないんだけど?」

「僕は洗濯なんてした事がないから、そんな事は自分で考えてくれ」

 アワナがやんややんやと騒ぎ出す……僕がこの世で嫌い物の一つは、姦しい事である。

 思考の一部を切ると、文句を聞き流す。

 すると高内教授が話を逸らす為、タンスの上で倒れている掌大フレームを指で指した。

「あの写真建てが倒れているのも、幽霊対策かい?」

「アレはさっき倒したんだけど……」

 アワナが座りながら行儀悪くフレーム……写真立てを手に取って僕達に見せる。

 写真には景義大を背景に、珍妙な格好のアワナが映っていた。

 肩を丸出しにした、紫色のレースを付けた純白のウェディングドレス姿である。

 手足にはウェディンググローブ、頭には半透明のベール。

 他には優勝の文字が書かれた安っぽいタスキを肩に結んでいた。

「干泥さんが去年優勝した、ミスコンの写真かい?」

「うん。ボクの事情を話したら、同期の皆が手伝ってくれて……」

「私もスピーチを聞いていたよ。母子家庭で育ったから、実の父を探してるとか?」

「探して何かするって、訳じゃないけどね」

「ルーツを知りたいのは、民俗学者なら笑う人は……相倉さん、どうかしたのかい?」

 顔をそらしていた僕に、高内教授が不思議そうに問いかけて来た。

 僕は写真が視界に入らない様に、手で視線を遮って答える。

「僕が元も苦手なのは、悪夢と女なんだっ!! 頼むから写真を下げてくれっ!!」

「ボク。女の子の部屋で、それ言う人初めて見た……」

「ケバい香水や化粧の匂いも、過装飾も無いから平気なだけだっ!」

「相倉さん。私が聞いたとはいえ……本人に言っちゃいけないよぉ?」

 アワナは肌を見せない服を着ている上に、スレンダー体型だから平気なだけである。

 言っておくが女体が嫌いとか、憎んでる訳じゃない。生理的な嫌悪があるだけだ。

 そんな僕にとって、肩を出して女を前面に出した写真はキツい。

「先輩って……」

「なんだよ言えよ」

「うぅん、やっぱり良いや」

 僕と知り合った人間のほとんどが、同じ反応をする。

 何を言いたいかは分からないが、気になる発言があった。

「父親を捜してると言ったな。父親が生霊を飛ばして、君を見ているとかどうだ?」

「流石にそれは無いと思う」

「ボクも無いと思うな……」

「分からないぞ。刀印護符の力で被害が起きなければ、推理が合ってる事になる」

 その時、ボクをアホを見る目で見た二人に次の日謝罪を求めようと心に誓った。

 そしてこの刀印護符の効果について、結論から言おう。

 その日の夜。アワナがコインランドリーに行っている間に、初めて部屋が荒らされた。

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