第2話

                                  

 ◇ ◇ ◇ 五月二二日 午後三時 二八分

                                  

「成程。高内教授から、そんな話を受けていたな」

 僕は大鍋で千体の人形を煮込んで作る、第四回人形神の作成中である。

 この儀式は蒸気が顔に触れ汗と交わり、服が肌にひっつくので酷く不快な作業だ。

 だが更に不快なのは、背後で椅子に座る女学生の存在だった。

「心霊現象が起きている女学生が居るから、相談に乗って欲しいと」

「うん……いや、ストーカー被害だけど?」

「三回目の質問でも同じ答えという事は……あのジジイ、僕を騙しやがったかっ!」

 僕は民俗学の中年教授である、ジャガイモ顔を思い出して舌打ちを弾く。

 それは人形神の作成が、上手くいかない苛立ちも含まれていた。

 人形神は鍋から人形が浮かべば完成なのだが、浮かびあがる様子が無い……失敗か。

「ストーカー被害ぃ~? おいおい僕は警察でも、ラグビー部主将でも無いんだぜ?」

「それは見れば分かるけど……」

 僕が鍋の火を止めて振り返ると、変わらず背の低い女が居た。

 同年代の男性に比べて背の小さい僕より、尚小さく発育も悪い女である。

 黒地の制服に赤いスクールリボンの所為か、高校生にしか見えない。

 代わりに顔立ちは整っており、表情には天真爛漫さが滲み出ていた。

「それでえぇと、干泥 淡菜(ひどろ・あわな)だっけ? 先生から聞いているよ」

「そういうあなたは、相倉有馬先輩で合ってる?」

「あぁ……君、何処かで見覚えがあるな。学科は何処だい?」

「ボクの専攻は精神科だよ」

「なら僕と接点は無いか……何処で見たんだ?」

 医療学科と僕が専攻する民族学科は校舎が違う。

 道ですれ違った可能性はあるけれど、もう少し記憶にひっかかる……まぁ良いか。

「ふぅん、それで?」

「え? 手伝ってくれないんじゃ……」

「おいおい、ストーカー事件と決まった訳じゃないだろう? この僕からオカルト事件を奪うつもりか? さっさと話せよ」

 アワナは眼を白黒させた後に、言葉を飲み込むと被害の話を始めた。

 一人暮らし中のアパートで、視線を感じる事がある。

 家の中の物が、勝手に動いている時がある。

 自分が捨てたゴミを、勝手に開けられている時がある……等々だ。

「おいおいおいおい、ストーカーだろ。警察に行ったらどうだ?」

「だからそう言ってるじゃんっ! 行ったけど、見回りを強化するだけで動かないんだ」

「実害が無ければ、公僕なんてそんなものだろ。それじゃぁ高内教授との関係は?」

「教授は隣の部屋に住んでて、困ってたら声をかけられた」

「そして僕の所を紹介されたと……高内教授と喋った事なんて、僕は数回だけだぞぉ」

 あの中年、もうボケ始めたのか? こんな雑事は頭の軽い奴らにやらせろよ。

 僕は溜息を吐くと、海よりも広い寛大さで話を聞いてやる。

「違和感を覚える前後に、何かあったかい?」

「去年の十二月……だから特には無いかな」

「知らない奴に声をかけたり、かけられたりは?」

「えーと、学園祭であったミスコンに出た後に……」

「それかっ、既視感はっ!」

 僕はミスコンなんて文化に興味は無いが、研究会の奴らが騒いでいたな。

 その時の優勝者の名前が干泥淡菜だっ! 

 名前しか知らなかったから、顔を知らないのも無理は無い。

「って……それじゃ無いのか?」

「う、うーん、そうかなぁ。ボクはマスコット枠みたいなもんだし」

 ボクは人間の美醜なんて興味はない。だが世間一般では魅力的な顔立ちだと思う。

 ただそうなると……。

「景義大の学園祭が原因なら……範囲は広いぞ」

「全国放送されてるからね」

「だが大学関係者の線が濃厚だろう」

 全国放送されているからと、たかが大学の美人をストーカーするか?

 するとしたら実際に見て、身近に感じた奴だろうよ。

「勿論、大学関係者以外の可能性もあるが……」

 仮に大学関係者だとして、その人数は千人は超える。

 この部屋で話を聞いて、ストーカーはコイツですと教える事は無理だろう。

 アワナも気づいたのか、顔を俯かせると立ち上がった。

「無理だよね……それじゃ」

「おいおい、どこに行くんだ!?」

「警察にもう一回話してみるよ。先輩の手を借りるのは難しそうだし……」

 アワナは僕にお辞儀をすると、ありがとうと微笑んで踵を返す。

 彼女がドアノブに手をかけた時、僕は驚いて言った。

「ちょっと待てよ、誰が手伝わないって言った?」

「えっ!? さっき先輩が、ストーカーなら警察にって」

「誰がストーカーだなんて言ったんだっ!?」

「それも先輩が……」

「そんな事はどうでも良いんだ」

 貸し家に住み付いた家鳴が、家を揺らしているのかもしれない。

 ぬらりひょんが物を盗んでは、返しているのかも。

 塵塚怪王がゴミを開けては、盗んでいる可能性だってある。

「ストーカーじゃないなら、この超神秘研究家……相倉家長男。相倉有馬に頼らないで、誰に頼るってんだい?」

 人形神の作成も失敗したし、良~い頭の運動になりそうだ。

 僕はアワナの童顔が驚愕に染まったのを見て、大きく頬を吊り上げて頷いた。

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