次の日、僕の教室の机には手紙が入っていた。花柄の模様がついた可愛らしい便箋には、律儀そうなまとまった文字で、今日の放課後、みんなが帰ったあとにこの教室に来てください、とだけ書いてあった。


 「それは愛の告白だろう。素敵じゃないか」

授業後、僕は社会科準備室に飛び込んだ。クラスのみんなが帰宅して、あの教室にだれもいなくなるまでには少しだけ猶予がある。

「僕、どうすればいいのかな」

「俺は恋愛インストラクターじゃないよ」

「でも、こんなこと初めてで」

「君はもうそろそろ、自分を見つけた方がいい」

彼は、脈絡もなくそう言った。僕は口ごもってしまう。

「君がその告白にどう返事するかで、君のあり方が見えてくるかもしれない。君のあり方が行動を規定するのではなく、君の行動があり方を規定するんだよ」

すると、窓から覗く空の色がいつの間にか濃くなっていることに気がついた。もうそろそろ約束の時間かもしれない。そう思ったのは彼も同じらしく、こちらを向き直してこう言った。

「とにかく、君が正しいと思う答えを出せよ。優しい島田くん」

そして手を振って、教室から追い出すように僕を促す。廊下から閉じられたドアを見ながら、彼が僕のことを優しいと言ったこと、ムルソーと呼ばなかったこと、「また明日」と言わなかったことに、無性に腹が立っていた。


 僕がクラスの教室に戻ると、やはりそこにクラスメイトは誰もいなかった。一人を除いて。有栖さん。南側の大きな窓を背景にして、小さな身体をさらに縮こませている。僕が彼女に近づくと、彼女はゆっくりと顔を上げた。眼鏡のレンズ越しに瞳が揺れていた。教室の世界は紅く染まっている。


「えと、島田くん、来てくれてありがとう」


 後半は尻すぼみになりながらそう言う。陽がさらに落ちて、夕陽が直接目に差し込む。眩しい。


「あの、島田くんに、ずっと伝えたいことがあって」


 眩しい。眩しい。もう目も開けていられない。


「その、私、島田くんのことが好きです」


 夕陽で熱病に浮かされたように、思考と視界がぼやける。


「三年前から、助けてもらったときから、ずっと、優しい君が好き」


 途端、僕の腕が高く振り上げられているのが見えた。白くて細い、弱々しい腕だ。だけど、一人の女の子を傷つけるには十分な腕だ。僕は、腕を振り下ろした。

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