告白ドッキリして六年経つが、あれがドッキリだと未だに打ち明けぬまま婚姻届を提出してしまった。

そらどり

告白ドッキリ

初めはほんの出来心だった。

いつも一人で本を読んでいる男子が教室の端の席にいて、名前は真壁誠まかべまことという。

いつも仮面を被ったように無愛想なので、クラス内で彼に近づこうとする人は現れず、最終学年に進級して半年が経てども未だに独りぼっち。というかそもそも友達がいるのだろうか。

一度だけ日直が一緒になった時に話したことがあるが、私の問いにはイエスかノーの二択。

どんなに私が優しくフォローしても、それを平気で投げ捨てる彼。正直イラついてしまったのを覚えている。

だからこれは、ほんの八つ当たり。慌てふためく彼を見て、愉悦に浸ろうと思索した結果だ。


だというのに―――


「うん、いいよ」

「へ?」


私の告白を微動だにせず受け取る真壁君。

片手に添えた本から目を離し、涼しげな表情でこちらを覗き込んでいた。


「え、付き合うんでしょ?」

「あ、い、いや、そうなんだけど……」

「? 俺変なこと言った?」


意味が分からない。どうして、どうしてが告白したのに、こいつは平然としていられるのか。

容姿端麗で類稀なる美貌を持ち合わせ、誰にでも分け隔てなく優しく接する姿はまさに女神。

この須藤未希すどうみきが道を歩けば皆が見惚れるほどの麗しさであるのに、どうしてこいつだけは……っ!


「須藤さん、ボーッとしてどうしたの?」

「! べ、別になんもないけど?」


あ、危なかった、つい本性が……以後気をつけねば。

取り敢えず腕を組み、少しでも優位性を取り戻そうと余裕な笑みを向けて、


「じゃあそういうことで。今日から宜しくね?」


そう言い残して、私は真壁君の席を後にする。

彼を慌てふためかせ、私が愉悦に浸るという当初の目的は果たされなかったが、まあ、まだ時間はたっぷりとある。

ここからゆっくりとだ。ゆっくり追い詰めて、私の美貌に酔いしれさせてあげる。

ゆっくりと私を意識させて、そして私しか考えられないと盲目になった瞬間、耳元でこう囁くのだ。


―――告白なんて初めから嘘だったんだよ、と。


楽しみだ。告白がドッキリだと分かった途端の彼の表情が今にも脳裏に浮かぶ。

でも恨まないでよ? なんてったって真壁君、貴方自身が悪いのだから。

皆が私を可愛いともてはやすのに貴方だけはしらけ顔。そんなの……私のプライドが絶対に許さない。


だから分からせてあげる。

いつまでもすまし顔をしていられると思ったら大間違いってことを――――――







「ねえ、マー君! なんでキスしてくれないの!?」

「ちょっと未希……キスなら今したでしょ? するならせめてもう少し時間を置いて―――」

「何でそんなに冷たいのよ!? ねえっ、やだやだぁ~! もう一回だけぇ~!」

「ちょっ、抱きつくなって……」


でも違った。分からされたのはむしろ私の方。

あの告白をしてから早六年。いつの間にか、私は彼の魅力にハマってしまっていた。

時刻は朝の七時だというのに依然として凛々しい瞳を覗かせ、長袖の寝間着でも隠し切れない胸板や上腕二頭筋、そして何といってもやはりカッコいい面付き。

溢れ出るフェロモンに中てられて、今にも彼の胸に飛び込んでしまいそうになる。もうしちゃってるけど。


「はぁああ~いい匂いするぅ~♪ あぁ、マー君が理想の彼氏過ぎてツライ……」

「未希……俺そろそろ朝ご飯食べないと。会社遅れるのはマズいし」

「そんなのいいでしょ!? マー君は私と仕事どっちが大事なの!?」

「仕事だよ」

「あぁああん~~っ! 今日もマー君が冷たいよぉ~~っ!」


マー君に冷たくあしらわれてしまった。でも、そんな彼にもまたときめいてしまう。

同棲を始めてからというものの、彼がより一層カッコよく見えて仕方ない。

今だってそう。あくびをしながらキッチンに向かう彼の後ろ姿が愛おしくて、気がつけば私もベッドから起き上がり、彼を追いかけていた。


「未希、ちょっといい?」


キッチンに着くと、マー君はキョロキョロと何かを探している様子。

膝を付いて棚扉を開閉したり、冷蔵庫の中に隈なく目を通していたが、その手中には何かを大事そうに掴んでいた。


「しゃもじが見当たらないんだけど……昨日どこに置いたか覚えてる?」

「もう、マー君のうっかり屋さん♪ しゃもじなら手に持ってるでしょ?」

「え? ああホントだ」


そう言うと、マー君はさも何事もなかったように白米をよそり始めた。

でも私には分かる。薄っすらと赤くなった耳たぶ、これはつまり……彼は恥ずかしがっているのだと。


「もうもう~♪ ドジなマー君も相変わらず素敵よ?」

「……別に。単に寝ぼけてただけだから」

「ふふっ、恥ずかしがり屋なんだから~♪ このこの~」


後ろから頬をウリウリすさせると、マー君はうっとおしそうに背中を丸めてしまう。

正直まだまだ物足りないが、本気で嫌がっているようなのでまあ今は抱きつくだけで許してあげよう。

そう思って私が背中から離れると、彼はホッと少しだけ安心した表情を覗かせていた。


「仕方ない……今日分のイチャイチャは帰って来てからたっぷり消化してもらうからね?」

「はいはい、分かったよ」


そう言って、彼は白米を盛った茶碗を片手にキッチンを去ろうとしている。


「マー君、おかずは?」

「……あ」


しかし彼はうっかり屋さん。昨晩に予め作って置いた野菜炒めを手に取らず、白米だけで朝ご飯を迎えようとしていたらしい。


「もうもうもう~♪ ドジっ子キャラは今時流行らないわよ~?」

「だ、だから抱きつくなって……」


とまあ、こんなやり取りが毎朝続いているのだが、どうしてか全く飽きない。

毎回違った表情を覗かせる彼と一緒だからか、それとも愛が成せる力だろうか。事実は分からない。

でも一つだけ真実として言えることがある。それは……


「ふふっ、マー君大好き~♪」

「朝から元気だな……」


好きな人とずっといられること、これ以上に幸福なことはない。

無愛想? しらけ顔? はて、一体どこの誰がそんな低俗な意見を述べるのかしら? こんなにも感情豊かなマー君を見てどこが無愛想なのか、一度その節穴な目を持った哀れな御尊顔を是非とも拝んでみたいものね。


優しくて素晴らしい彼氏がいて……ああ、私はなんて幸せ者なのだろうか。


「……なあ」


そんな夢心地を噛み締めていると、何やら重たい口調で呟くマー君。

こちらに視線を合わせず、深刻な表情で俯いていた。


「え、どうしたのマー君?」

「少しだけ……いや、やっぱり何でもない」

「? そう……」


一瞬感じた違和感。

でもどうしてか、その時の私はあまり深く追求しようとはしなかった。

すぐにいつもの寡黙なすまし顔に戻ったのを見て、どうせ大したことではないのだろうと思ったからだろうか。

だから私も特段気にすることなく朝を過ごし、仕事に向かうマー君を見送り、それから在宅ワークに励み……と普段通りの日常を送っていたのだが、


……しかし、ふとスマホの画面に映ったメッセージを見た瞬間、私は目を見開いて戦慄した。


『今晩、大事な話がある』


今朝の不穏な雰囲気、そして今送られてきた“大事な話”というメッセージ……


「え、待って嘘でしょ……?」


いくら私でも、この言葉の意味くらい理解できる。

でも全く心当たりがない。だって今まで一度も私を嫌う素振りなど見せてこなかったのに。

朝の目覚まし代わりのキスの時も、朝食中にいつもアーンして食べさせる時も、仕事に出かける前に玄関でいってらっしゃいのキスをする時も、仕事中の彼を心配して三十分おきに連絡した時も、昼食用に持たせたお弁当の感想を聞いた時も、そしてまた仕事中の彼を心配して――――――


「……心当たりしかない」


今更ながら思う。これって結構、いや完全にヤバイ女ムーブしてない?

なんで今まで気がつかなかったのだろうか。こんなの流石に気づくよね、普通。


「あぁああああああやだやだやだやだ別れたくないぃいいいい~~~っ!!」


布団に包まって四方八方するが、現実はどうにもならない。

絶対に別れ話を切り出される。もうそうなる未来しか考えられない。


「うぅ……っ、やだよ……マー君と別れたくないよぉ……っ」


とうとう泣き出してしまった。こんな重い女じゃ愛想を尽かされるに決まってるのに。

でも仕方ないじゃない。

初めは単なる仕返しのつもりだったのに、彼の優しさに触れるうちにいつの間にか本気で心が惹かれていって、今では彼なしの人生なんて想像できないほどに依存しているのだから。

彼との出会いのきっかけがおかしかっただけで、今の私は純粋に恋愛をしている。

ドッキリの種明かしなんて、もうどうでもよかった。







「……未希、大事な話があるんだ」


その日の晩。夕食で使用した食器を洗い終えた私を待っていたのは、真剣な彼の姿だった。


「それって……さっきのメッセージと関係してるの?」

「ああ、大事な話なんだ」

「そ、そう」


私の横で洗浄済みの食器を拭いている彼は依然として寡黙で、それ以上は何も言わずに手を動かし続けている。

気まずくなった私はそのままキッチンを後にし、取り敢えずリビングのソファに腰掛けることに。


「…………」


でも緊張は収まらない。

もうすぐ彼から別れを告げられるのだと思うと、先程までの重い空気がより一層重圧差を増している気がした。


「よし、食器は全部棚に戻しといたから」

「! あ、ありがと」


キッチンから戻ってきた彼。そのまま私の傍にやって来て、そして同じくソファに腰掛ける。


「テレビ消してもいい?」

「あ、うん」


正直、テレビの内容など全く頭に入ってこなかった。

痛いほど鳴り響く心臓の鼓動のせいで、もう気が気でない。


そしてテレビの音が消え、僅かに布が擦れる音のみ。

この沈黙が耐え難くて、でも何も言えなくて、結局私は身体を強張らせることしかできなかった。

けど対する彼はそうではなく、少し深呼吸をした後に、ゆっくりとこちらに身体を向けて、


「……俺って無愛想だから、何考えてるか分からないって昔から馬鹿にされてきたんだ」

「え?」


しかし予想外の展開。困惑する私を顧みず、彼は再び深呼吸をして続ける。


「でも未希だけは違った。いつも俺のことを尊重してくれて……初めて一緒にいて楽しいと思える人に出会えたって思えた」

「マー君……?」

「だからこれからも……その、い、一緒にいられたらって、思いますので……」


口をまごつかせながらも言葉を綴る彼。そして懐から何かを取り出し、私に差し出しながらこう告げた。


「―――俺と結婚、してくれませんか?」


気がつけば、左の薬指には綺麗な指輪が。

けど私は何が起こっているのか理解できず、ただ目をパチクリとさせていた。


「今日って別れ話をするんじゃ……」

「別れ話? むしろ結婚話をしようと思ってたんだけど」

「けっこん……」


ケッコン……ケッコン……結婚っ!?


「な、なななななんでっ!?」

「なんでって……好きだから」

「……っ!」


そんな真っ直ぐな瞳で好きって言われたら私も―――ってそうじゃなくって!

いや待て一旦ストップ。ちょっと待って……ということはつまり、嫌われていると思っていたのは全部私の思い込みで、そもそも単なる勘違いってことになるんだよね? だからマー君も依然として私のことが好きってことで、えーと、求婚ってことはつまり……この先も一緒にいてくれませんかという意思表示だから……ん?


となると今のこの状況は紛れもなく、プ、プロポーズなんじゃ―――……


「未希、混乱してるところ悪いんだけどさ……できれば早く返事を聞かせてほしい」

「へ、へんじ?」

「だからその……俺のプロポーズ受け入れてくれるかどうか」


彼のそのセリフにハッとすると、ようやく事態が呑み込めてくる。

緊張した面持ちで返事を待ち続け、珍しく顔を赤くしている彼。

その姿に見惚れるが一度だけ、私は彼を緊張から解放してあげたいと思ったから。


告白の返事? ……そんなの、もうとっくに決まってる。


「……うんっ! マー君と結婚するっ!」

「おわっ! だから抱きつくなって……!」


だから私は、いつものようにマー君に抱きついた。

初めの頃は憎いと思っていたはずのしかめっ面はどこへやら、今の彼はホッと胸をなでおろしたような表情を見せていた。

でもドッキリの種明かしをする気なんて、今の私にはない。

このままの関係が一番愉悦に浸れる瞬間なのだと、既に知っているから。


―――その翌日、二人で役所に婚姻届を提出しに行ったのはまた別のお話である。








「お前……確か真壁って言ったっけ? そうそう、お前のこと。その……悪いことは言わねえからさ、須藤とは即刻別れた方がいいぜ?」


時は戻り、彼女からの告白を受けて数日のこと。読書に勤しむ俺の元にやって来たのは、同じクラスの同級生だった。


「あいつさ、“告白ドッキリ”とか何とかって自分の友人に言いふらしてたっぽいんだよ。それに普段は優しいけど裏では腹黒い女って噂もあるみたいだし……」

「え? そうなの?」

「そうなのってお前さあ! ……やっぱり痛い目見る前に別れた方がいいぞ? お前騙されてんだよ」

「うーん、でも別にいいかなって」

「……はあ!? いいかなって普通なら別れる一択だろ!? 何でまだ付き合う気満々でいるんだよ!?」

「何でって、そんなの……」


そんなの決まってる。

この学校で一番の高嶺の花だとか、噂では腹黒な一面を持っているだとか、そんなどうでもいい理由じゃなくって。

偶然日直が重なった時、緊張してまともに問答出来なかった俺にも彼女は優しく接してくれた。

それが嬉しくて、気がつけば心惹かれて、この気持ちに正直になりたいと思ったから。


だから、


「―――須藤さんが好き、だからかな」


名も知らぬ同級生へ、俺ははっきりとそう答えたのだった。

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告白ドッキリして六年経つが、あれがドッキリだと未だに打ち明けぬまま婚姻届を提出してしまった。 そらどり @soradori

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